「好きになった相手は、高嶺の花だった」。

もしもあなたが、手の届かないような存在の相手を好きになってしまったら、どうしますか?

石崎健人(27)が恋に落ちたのも、自分には釣り合わないと諦めていたような“高嶺の花”。

それまで身の丈にあった、分相応な人生を送ってきたはずの男が、憧れの女性を手に入れ、結婚まで漕ぎ着けた方法とは…?

◆これまでのあらすじ

健人が作ってきてくれたお弁当で、一気に恋心を加速させた花奈。さらに今回は、過去の健人の素顔が明かされる…?



−私、今夜こそ…。

花奈は、健人の到着を今か今かと待ちながら、ディナー後のことに考えを巡らせていた。

今日は、これから彼と食事することになっているが、問題はその後のこと。絶対に今夜は、健人と一緒に過ごしたいと思っている。

男の下心というものに辟易していた花奈は、こうしたことには本来ガードが固い。だが、今となっては健人は特別だ。

健人への気持ちが日増しに大きくなっていることを、きちんと言葉にして伝えたい。

それだけではない。花奈には、どうしても今日話したいことがあったのだ。

はやる気持ちを抑えながら、入口の方をぼんやり眺めていると、健人が入ってくるのが見えた。

ところが、彼の表情を見た花奈は、少し違和感を覚えた。表情は硬いし、何かを考え込んでいる。いつもと様子が違うのだ。

仕事でトラブルでもあったのだろうか。まずは、彼の話を聞こうかな。そう思っていたが、健人の口から発せられたのは衝撃的な一言だった。

「…ごめん、しばらく会うのやめよう」

「えっ…」

会った途端そんなことを言われて、花奈は足下の地面が崩れ落ちていくような感覚に陥った。

ーうまくいっていたはずなのに、一体どうして?何があったの…?


先輩・藍子から、思いもよらない健人の過去の話を聞かされて…。

本当のアイツ


花奈が健人にどうしても伝えたいことがあるというのは、実は今朝、尊敬する先輩・藍子と話したことがキッカケだった。

藍子から、思いもよらない話を聞かされたのだ。

「神谷さん。最近どう?」

出社前、花奈が会社近くのカフェで、購入したコーヒーに砂糖を足していると、藍子に話しかけられた。

藍子は人事部のイベントにもよく出てくれるので、業務で連携することが多く、こうして自然とやりとりをするようになったのだ。

最近の学生の就職活動についてなどを話しながら、2人は出口に向かう。店を出る前、花奈は振り返ってもう一度店内を見渡した。

それを見た藍子が、すかさず花奈に言った。

「…石崎は、今日ここにいないよ」

「えっ!?」

予想外に大きな声が出てしまい、思わず口をつぐむ。

「やっぱり探してたんだ」

すると藍子は、目線で自分についてくるように促した。先ほどのカフェから歩いてすぐの、別のカフェの前で立ち止まる。

「ほら、あそこ。週明けは混むから、勉強場所を変えてるらしいよ」

彼女が指し示した先には、確かに椅子に座った後ろ姿の健人がいた。煮詰まったのか、ペンで頭を掻いている。

その姿を見て、花奈の頬は自然と緩んだ。

「いい感じみたいじゃん。いやぁ、石崎と付き合うことになったって聞いた時にはびっくりしたけど」

会社へと歩きながら、藍子はそんなことを言った。社内では基本的には秘密にしているが、彼女だけは二人の関係を知っているのだ。

「そうですね。いい感じだと思います」

気づけば花奈は、そう答えていた。自分でもびっくりするくらい素直に認めていたが、健人のことを考えると、心が温かくなるのだ。たぶん、自分は彼に惹かれているのだと思う。

「何かあった?」

藍子に尋ねられ、花奈は思わず照れ笑いした。健人の計らいに感激した、先日のデートのことを思い出したのだった。

「実は…」



「へぇ、石崎がねぇ。意外な特技だわね」

花奈は先日のお弁当の話を藍子に披露した。あっと言う間に時間は過ぎて、エレベーターを降り、すでにオフィスの前まで来てしまっていた。

彼が自分にしてくれたことがいかに自分の心を掴んだのか、そしてそれがどれだけ嬉しかったのか、言葉では伝えきれないのだ。

藍子は、オフィスへと続く扉を開けながら花奈のほうを振り返る。

「意外といい男よね」

うんうん、と花奈はうなずいた。

「頭はいいし、背も高いしね。まぁ筋肉がないからひょろ長だけど、暑苦しくないという意味ではいい。料理もうまいしね」

再び、うんうん、と花奈はうなずいた。

「さらに見返りを求めないタイプだし」

うんうん…と、頷きかけたところで、首をかしげる。

−なんのことだろう…?

確かに、見返りは求めない実直そうなタイプではあるが、これといって思い浮かぶエピソードがない。

彼の行動をあれこれ思い返していると、藍子は、そんな花奈の心を見透かしたように言ってきた。

「…なんのことだか、知りたい?」

ニヤッと微笑む藍子の意地悪そうな表情は、この際気にしては負けだ。花奈はそう自分に言い聞かせ、言葉の続きを待った。


ついに自分の想いを確信した花奈。それなのに、突然どん底に突き落とされて…。

見返りはいらない


それは、入社2年目のこと。花奈は焦っていた。

1年間の新人研修を終えた花奈は、人事部の採用チームに配属された。主に新卒のイベントを担当していたのだが、思わぬハプニングに見舞われる。

人事部の先輩2人が同時期に転職してしまい、花奈は、急遽学生のインターンプログラムも担当することになったのだ。

花奈の会社のインターンプログラムは、実際に部署で業務を経験してもらうというもの。まずはその受け入れ先の部署を探さなくてはならない。

突然の出来事に困惑しながらも、必死で仕事をこなそうと奮闘していたが、早速壁にぶちあたった。

「うちの部署、忙しいんで。学生の面倒みてる暇はないよ」

「インターン!?去年やったよ。今年は、他の部署にあたって」

受け入れる側としては、多忙な業務にプラスでやらなくてはいけないため、積極的に引き受けてくれる部署はほとんどない。

入社2年目の若造の言うことになど、誰も聞く耳を持ってくれなかった。部長など、意思決定権のある人と話すことも出来ない。

焦った花奈は、同期に助けを求めた。社内チャットで事情を説明し、誰か自分の上司にお伺いを立ててくれないかと協力を仰いだ。

しかし、結果は散々だった。

“採用に直結するわけでもないから、受け入れたくないって”

“研究所に来れるならいいって言ってるけど…。九州だよ”

そんな言葉が並び、花奈が絶望する中、藍子から直接チャットが届いたのであった。

“学生インターンの受け入れについてお話があります”

そこからはとんとん拍子だった。

社内にも人脈が広い彼女は、各部署の課長以上との検討の機会を取り付けてくれたのである。

花奈の説得がうまくいかずに協力をとりつけられなかった部署もあったが、それでも学生を受け入れる態勢を整えることは出来たのだった。



「…まぁ、なんでその話を私が知ってたかって言うと、私が石崎から頼まれたからなんだけど」

そういうことだったのか、と花奈は得心した。あの時、なぜ面識もなかった藍子から突然連絡がきたのか分からなかったが、詳細を調べている暇もなかった。

自席に着いた花奈は、すぐに社内チャットを開いて、当時の同期たちとのやりとりを遡る。健人はそこで一度も発言していなかった。



花奈は、自分が異性に興味を持たれやすいということを自覚している。だから、些細なことに見返りを求める男が多いことに本当に辟易していた。

「これ、やっといたよ。君のために」

押し付けがましくアピールしてくる男は、たいがい下心がある。だから、藍子から聞かされた話は、真に花奈の胸を打った。健人は、他の男とは違う何かを持っていると確信したのだ。

健人に、惹かれている。心からー。


なのに今、まさに目の前で、その健人から「距離を置こう」と突然言われているのだ。

急に言われても、そう簡単に受け入れることは出来ない。だって、彼が好きなのだから。

−どうしてなの…?

花奈は、絶望感に襲われた。


▶前回:「初めて男の人に、こんな風にしてもらえた」。心を掴まれた女が、思わず彼にしたコト

▶︎Next:7月18日更新予定
突然、健人からのショッキングな提案。傷心の花奈に近づくのは、鼻持ちならないあの男…?