結婚相手を見つけるのは、決して容易なことではないだろう。

仮に運良く生涯のパートナーに出会えても、結婚生活が常に平和とは限らない。他人同士が夫婦になるのだから。

だけどもしも、AIがあなたにぴったりの相手を選んでくれたなら…?

ここは、2030年の東京。深刻化する少子化の打開策として、なんと政府は「お試し結婚制度」の導入をした。

3ヶ月間という期間限定で、見ず知らずの男と「お試し夫婦」生活を送ることになった真帆の運命は…?

◆これまでのあらすじ

健吾の提案で温泉デートをした真帆。ふたりの距離は縮まったと思われたが…?



ーどうして今朝、健吾にあんなことを言ってしまったんだろう…。

温泉デートで健吾と一泊した翌朝。私は頭を抱えていた。

勢いでつい彼に、「本気で好きになったらどうする?」なんて言ってしまったのだ。思い返すだけで、耳まで熱くなる。

そして臆病な私は、そう言ったあとですぐに慌てて訂正してしまった。「ごめん、今のはなかったことにして」と。

そんなのもう、好きですと言っているようなものだ。

昨日の夕食と同じ、ウォーターバルコニー。ボリュームたっぷりの朝ごはんを前にしても、なかなか箸が進まない。

ところが、健吾は何事もなかったかのように聞いてきた。

「どうしたの?」

「ううん、なんでもない!」

私の今朝の発言を、健吾は何とも思っていないのだろうか。それにいつも家では寝室が別なのに、昨夜は同じ部屋で眠ったことも、どう感じているんだろう。

本当の気持ちが知りたくて、しばらく健吾を見つめてみる。

ーだめだ、考えると余計わからなくなる。食べることに集中しよう…。

再びお箸を手に取って、黙々と口に運ぶ。すると、健吾が私の顔を見ながら言った。

「真帆さんって、本当面白いね。何を考えているか顔にすぐ出るから」

「え!やだ...」

咄嗟に、真っ赤になっているであろう頰を両手で覆う。それを見た健吾は、声をあげて笑っていた。

その時、あることに気づいたのだ。

ー健吾も、敬語をやめてくれている。

それは、大きな壁を乗り越えたような変化だった。

まだ少し、頰が火照っているのが自分でもわかる。

健吾に気づかれないよう俯いたけれど、私はとにかく嬉しくて、口元から溢れる笑みを堪えられなかった。


確実に打ち解けはじめた二人。ところが、アイドル級に可愛い親友が家にやってきて…。

「なつめ、いらっしゃい!」

「お邪魔しまーす」

それからしばらく経った土曜の午後、友達のなつめが私達の家へ遊びに来た。

健吾は嫌がるかと思ったのに、友達を呼ぶことを許可してくれて、さらに意外なことに、なつめに会いたがった。

もしかしたら私の「親友」がどんな人物か、興味を持ってくれたのかもしれない。そうだとしたらすごく嬉しい。

こうして急遽私たち3人は、自宅でランチすることになった。

「健吾さんもお酒強いって聞いていたから、オーガニックワインと、フランスの仮想デパートで注文したチーズ持ってきたよ」

にっこりと微笑むなつめは、流行りのメイクで可愛さが際立っている。

美容師だからだろうか、髪も綺麗にアレンジして、ファッションセンスも抜群だ。その上サッパリしてて明るい性格に、アイドルみたいなハッキリとした目鼻立ち。

なつめを見て、可愛くないと思う男性はいないだろう。

「そのデパートって、ギャラリー ラファイエット?会社の女性社員が騒いでましたよ」

健吾はキッチンで、なつめの手土産のチーズを手際良くお皿に盛り付け、カンパーニュを切りながらそう尋ねた。

「そうそう、それです。普通の通販でもいいけど、バーチャルの買い物の方が楽しいし主流ですよね。そういえば健吾さんって、何の仕事されてるんですか?」

「大手人材紹介会社の営業です。でも父親が実家で老人ホームを経営してるから、いずれ継ぐことになるんですけどね」

ーお父さんが老人ホーム経営...

なんの仕事をしているかは聞いていたが、健吾の実家の話を聞いたのは、初めてだった。

「えー!すごい!!健吾さん、実は御曹司なんですね。将来は安泰だ」



私もまだ知らないことを、なつめに話していることに胸がざわつく。

ちらりと健吾の様子を伺うと、とても楽しそうだ。それは嬉しいことなのだが、二人の会話が弾めば弾むほど気が沈んでいった。

口数の少なくなった私をよそに、二人だけで話が盛り上がっている。しばらくして、健吾の方からこう言った。

「なつめさん、敬語じゃなくていいですよ」

「OK!そしたら、お互い敬語はなしね」

ーえ...

私にはしばらく敬語だったのに。些細なことで胸がチクリと痛む。

「真帆、良かったね。こんないい人とお試し婚できてさ。ホント羨ましいよ〜」

白ワインを片手に私の肩をポンと叩くなつめは、お世辞ではなく、素直にそう思っているようだった。

「真帆とは高校生の時に出会ったの。転校生でね、美人が来た!って他のクラスの男子も皆見に行ってたんだよ」

「ちょっと、やめてよ。他のクラスの人が見に来てたのは、単に物珍しさからだよ」

私も会社では辛うじて美人扱いはされるものの、なつめとは違う。

前に一緒に飲んだ男性からはなぜか「なつめちゃんはキー局のアナウンサーぽくて、真帆ちゃんは地方のアナウンサーにいそう」だとか言われたことがあるのを不意に思い出した。

なつめはいつもアイドル扱いで、誰からしても、パーフェクトな可愛さを持っている。

複雑な感情が表に出ないように、私は精一杯の笑顔を取り繕って、健吾に尋ねる。

「それより、なつめ本当可愛いでしょ。自慢の友達なの」

「うん。男性に困ったことなさそう」

「えー、そんなことないよぉ〜」

ケラケラと笑い合う健吾となつめは、なんだか恋人同士のようだ。

ここは自分の家のはずなのに、居心地が悪くて、私はその場から逃げ出したい衝動に駆られた。


健吾がなつめに好意的だった本当の理由。それを聞いて、真帆が決意したこととは…。

私の方が健吾と距離が近いはずなのに、どうしてこんなに早く打ち解けているんだろう。

「真帆さん、食欲ない?このあと、パスタでも作ろうと思ったけど...」

ーパスタ…。

フミヤがしょっちゅう、家で作ってくれたことを不意に思い出す。大好きだったパスタは、いつの間にか切なさを思い出させる苦手な食べ物になっていた。

「ありがとう!私手伝うよ」

健吾と一緒にキッチンに立ちたくて、邪念を振り払ってそう言った。するとなつめがそれに気づいたのか、「おっ。共同作業だね〜!何パスタかなぁ」とはしゃいでみせる。

そうだ。彼女は決して出しゃばることなく、空気も読める女性。それなのに今日の私は、勝手に嫉妬して卑屈になってしまうなんて、どうかしている。

「真帆、今日はありがとう。真帆と健吾さんには、本当に夫婦になってほしいって思った。それにふたりを見ていたら、結婚も悪くないかもって思えたよ」

「なつめはモテるし、その気になったらいつでも結婚できるでしょ」

素直にありがとうが出てこなくて、ついこんなことを言ってしまう。

「わかってないな〜。私みたいなのが一番結婚できないんだよ。モテるのと、結婚できるのとは違うから」

そう言った顔は、どこか憂いを帯びていた。



なつめを見送ってからリビングに戻ると、食洗機にお皿を入れている健吾と目が合う。

「今日は、ありがとうね。疲れたよね?」

手伝いながら、顔を見ることができないままお礼を言った。

「こちらこそ、友達に会わせてくれてありがとう」

「なつめと気が合うんじゃない?ずいぶん盛り上がっていたし」

わかりやすく、トゲのある言い方をしてしまった。ハッとして健吾の顔を見ると、少し不機嫌そうにしている。

「あのさ、何か勘違いしてるようだけど、真帆さんの友達だから色々と気を遣っただけだよ」

「え...?」

思わず、お皿を落としそうになった。

「確かに綺麗な子だとは思うけど、僕は真帆さんのほうが楽」

私が不機嫌になっていたことも、卑屈になっていたことも、彼にはお見通しだったようだ。

「仮だとしても、僕の“妻”なんだから。もっと自信持って堂々としていてよ。もっとワガママになっていいし、周りを気にしすぎなのもダサい」

「…はい」

なつめに気移りするかもなんて無駄な心配をして、せっかくの時間のほとんどをモヤモヤした気持ちで過ごしてしまった。

健吾は、一枚上手だ。

そう感心してから、今日1日を振り返って、自分の子供じみた態度を心から反省した。

確かに、健吾が言ってくれたとおりだ。たとえ「お試し」の関係だとしても、少なくともこの3ヶ月間は、健吾は私の夫で、私は健吾の妻なのだ。

だから自信を失ったりしないで、彼のことを信じてみよう。3ヶ月後、果たしてどうなるかはわからないけれど、どんな形だとしても二人が納得できるように。

そのとき突然、彼のスマホが鳴った。

ーユイチャンカラ、チャクシンダヨ

画面にアバターが立体で浮き出て、通話要請をしている。

一瞬、ふたりの間に沈黙が流れた。

ユイちゃんとは一体誰だろう。そう思う隙もなく、健吾は応対していた。

「唯香?電話してくるなって言っただろ」



彼の表情で、わかってしまった。女のカンというやつだろうか。

「ごめん、ちょっと電話してくる」

ユイちゃんこと唯香は、以前に食事に出かけた元カノだろう。健吾は電話するために、わざわざ外に出ていった。

聞かれたくない内容だからなのか、気を使ったからなのかはわからない。だけど、どちらだとしても嫌だった。

玄関のドアが閉まる音に、私はビクッと反応する。なぜか急に、置き去りにされてしまったかのような気持ちになって、胸の奥が苦しくなった。


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健吾の元カノの非常識な行動に驚く真帆。その行動とは一体…。