あなたの暮らしに彩りをあたえてくれるものって何ですか?

日常を豊かにし、気分を上げてくれるモノ。

これはそんな“モノ”を見つけた主人公たちのオムニバスストーリー。

前回は、結婚3年目、夫から離婚を言い渡された奈美を紹介した。



「私、結婚することになったんだ!」

久しぶりに開催された同期飲み。斜め前に座る紗季子が頬を赤らめながらそう言った瞬間、時が止まった。

「おめでと、良かったな」

景吾も祝福の言葉をかけたものの、心がチクリと痛む感覚は否定出来ない。

「うちの代の華、紗季子が選ぶ相手だもん、さぞかしイケメンエリートなんだろうなぁ」

同期の1人がそう言った。

しかし景吾は知っている。紗季子が今付き合っている彼氏はごく普通のサラリーマンだということを。

―紗季子、今の人と結婚するのか…ちょっと意外だな。

ビールジョッキを片手に、紗季子の表情をチラリと盗み見る。

「そんな事ないよ」なんて言いながらも彼女の表情は幸せそうで、再び胸の奥がぎゅっと締め付けられる。

紗季子は、彼女でも元カノでもないが、景吾にとっては特別な存在の同期だ。

同期の中でも一際目立っていた紗季子に、景吾は8年前、入社してすぐに好意を持った。

「2人って付き合っているのかな?」

周囲からそう噂されるほどに仲は良かったがお互いに「タイミング」が合わなかった。

入社間もない頃、紗季子には彼氏がいたし、その後、紗季子が彼氏と別れた頃には景吾には別の彼女がいた。

まるでボタンを掛け違えたように、2人の恋は交わらなかったのだ。

3年前の一夜を除いては…。

同期会がおひらきになり、程良くお酒が入った帰りのタクシーの中で、紗季子と過ごした夜のことを思い出していた…。


3年前の夜、2人の間に何があったのか?

3年前の7月。

ボーナスも入ったことだし飲みに行こうと景吾は、紗希子を誘った。浮かれ気分だった景吾とは反対に、紗季子はうまくいかない恋愛にとても落ち込んでいた。

「私、フラれちゃったよ…」

そう泣き笑いを浮かべる紗季子。その表情を見ていたら放っておけなくなってしまった。本来であれば、いつも通り程良く飲み、程良いタイミングで解散するはずだった。

これまでも仕事帰りに2人で飲みに行ったり、休みの日にたまに遊びに行くこともあったが、一線を越えたことは無かった。『仲の良い同期』の関係を保っていたいとお互い思っていたから。

でも、その日だけは違っていた。

人通りの少ない路地裏。気がつくと、紗季子を抱きしめていた。暫く無言の時間が流れる。言葉にはしなかったがお互い思っている事は一緒だったと思う。

タクシーに乗り景吾の家に向かい最初で最後、一夜を共にする。

翌朝、目が覚めた景吾はベッドの中で紗希子の柔らかい体を後ろから包み込んだ。

「ごめん…」

紗希子は景吾に背を向けたまま腕の中で小さく呟いた。その一言が、彼女の気持ち全てを物語っていたと思う。

『紗季子が好きだよ』

景吾は、言いかけた言葉を思わず飲み込んだ。

それから、あの夜のことはお互い絶対に触れずに、無かったことになっている。けれども、今でも忘れられない思い出として頭の片隅にずっと残り続けている…。

暫くして、紗季子は彼氏と復縁した。一方景吾は食事会で知り合った女の子と恋愛関係になった。

―あの時少しだけ勇気を出していたら、何かが違っていたのだろうか。

“今さら”そんなことを考えてしまう女々しい自分に対して笑いがこみ上げてきた。





「あ、景吾だ!これからお昼?」

紗季子との一夜を思い出した翌日だったせいだろうか。

ランチタイム、中々来ないエレベーターを待っていると背後から声が掛かった。振り向いた先に笑顔の紗季子が立っていて、思わずドキリとしてしまう。

「軽くコンビニでって思ってたけど、紗季子もこれからなら一緒に食べに行く?」

彼女の希望で、オフィス近くのイタリアン『grigio la tavola』に行くことにした。店について適当に同期らしい会話を交わした後、唐突に紗希子が結婚の話をふってきた。

「景吾、私の結婚、内心ショックでしょう?」

パスタをフォークに巻き付けながらにっこりそんな風に尋ねてくる紗季子。思わず動揺して、飲んでいたアイスコーヒーを吹き出しそうになる。

「…何だよ急に。てかそういう事、普通自分で言うか?」

「やだなぁ、冗談だよ!」

人の気も知らずに…。と恨みがましい気持ちになるが、紗季子は全く気にしていない。

「私ね、…景吾のこと、結構好きだったんだよ」

そして急に真剣な眼差しでそんなことを言われて、完全に狼狽してしまった。

ー“結構好き”って、どのくらい好きってこと?

そんなバカげた質問をしたくなってしまう。

「でも景吾、いつもチャラチャラいろんな女の子と遊んでたし、私はその大勢いる候補の1人にはなりたくなかったからさ。今更こんな話しても仕方ないよね」

少し切なそうに笑う彼女に何て返せば良いのか分からない。考えあぐねているうちに、紗季子は既にパスタセットを食べ終わり、いつの間にか椅子に掛けたジャケットを羽織っていた。

「この後クライアントとオンラインで打ち合わせなんだ、お先に」

千円札をテーブルに置き、颯爽と店を出て行ってしまった彼女の後ろ姿を呆然と見送る。

たしかに紗季子の言う通り。女の子からモテている自分をステータスにしていたのは否めない。

自分に言い寄ってくる女の子となんとなく始まる恋愛は、その場の寂しさを紛らわすだけで短命に終わることが多い。そんなことを考えていると、ポケットのiPhoneが振動した。

彩芽:明日のデート、楽しみにしてますね♡


景吾に想いを寄せる彩芽とのデート。その結果は…?

土曜日の夜、『中目黒いぐち』のカウンター席で、にこにこと可愛らしい笑顔を見せるのは、5歳年下の彩芽だ。

何ヶ月か前に同期の男衆と飲んでいた時、誰かが呼んだ女の子の1人。

損害保険会社で役員秘書をしているという彩芽は、華奢な見た目と可愛いルックスとは相反して、景吾へのアプローチが積極的だった。

しばらく会っていなかった時期も頻繁にLINEがきていた。

―これは遊べる女の子かもな。

失礼ながらそんな風に考えていたのだが…。昨日紗季子から言われた「チャラチャラしている」「大勢の候補」という言葉がどうしても頭から離れない。

「えっ、景吾さん家って、プロジェクターあるんですか?良いなぁ、私映画好きなんです」

「本当?俺も映画見るの好きでさ。どうせなら大きいスクリーンで見たいと思って」

ホームシアターの写真を見せた時、彩芽が想像以上に大きなリアクションをしてくれたからかもしれない。

「良かったら、この後うち来る?」

気づけば、いつもの誘い文句が口をついて出ていた。

結局、店を出た後、彩芽の手を握りタクシーに乗り込み渋谷にある景吾の家に向かった。



彩芽のことが好きかも分からないし、2人でデートするのも初めてだというのに。このままでは今までと同じ展開を迎えるのが目に見えている。

「あ、私これ好き。夏に観たくなる映画といえばコレかも」

Netflixに入っているラインナップの中から彩芽が選んだのは、よりによって紗季子が気に入っていた洋画『Begin Again(はじまりのうた)』だった。

元々景吾が映画を好きになったのは紗季子がキッカケだ。彼女は色々なジャンルに精通していて、景吾に沢山のおすすめを教えてくれた。プロジェクターを買ったのも、元々は紗季子との話題作りのためだったとこんなタイミングで思い出してしまう。

―やっぱり俺は、ずっと紗季子のことが自分が思っていた以上に好きだったんだな…。

景吾も好きな映画のはずなのに、全然内容が頭に入って来なかった。隣に座る彩芽が、そっと肩を密着させてきても何も感じない。今までの自分だったら、それでも彩芽を家に泊めていただろう。

そして何となく朝を迎えて、頻繁に会う関係に発展する。

でも、そういう半端さがこれまでの恋愛が全て短命に終わっていた原因なのだ。本気で相手と向き合う恋愛をしてこなかった。

画面が暗くなり、エンドロールが流れ始める。時間はまだ夜の11時だ。

テーブルには空になったワインボトルと、食べ残しのチーズと生ハムが入った器が置かれている。

「彩芽ちゃん、送るから今日はそろそろ帰ったら?」

えっ、と意外そうな少し不満そうな表情を見せる彩芽。

しかし景吾に「その気がない」と察したのだろう。すぐに身支度を始めた。

彼女が手に持っているiPhoneが着信を知らせて振動している。チラリと見えた着信元は男の名前。

彩芽もまた、景吾と同じような恋愛を繰り返している子なのかもしれないと何となく察したのだった。



それから1週間後の出勤時。「朝ごはんでも買おう」とビル内にあるコンビニへ足を伸ばすと、紗季子の後ろ姿を見かけた。

パンツスーツを着ているからか、いつも以上にスタイルの良さが際立っている。

「紗季子、おはよう」

「あ、景吾じゃん、今日は出社?交代勤務になってから、顔合わせる機会明らかに減ったよね。景吾とは部署も別だし尚更」

軽く世間話をしつつ、途中まで一緒に行く事に。午前中のエレベーター乗り場はいつも以上に閑散としている。

「紗季子。幸せになれよな…」

あの後、ずっと言いたくて言えていなかった言葉。

「ありがとう」

にっこり微笑む紗季子はとても幸せそうな表情をしていた。

「じゃ、またね」

エレベーターを降りて小さく手を振り、颯爽と消えていく彼女を少し切ない気持ちで見送る。

恋愛はタイミング。紗季子とは縁が無かった。でも…紗季子には幸せになって欲しいから。

―俺も、紗季子みたいに心から愛せる相手を見つけよう。

そう思うと、それまで心の奥底に引っかかっていたモヤモヤとした気持ちは、すっと消えて無くなっていった。

エレベーターを降りると、赤坂の街並みが眼下に広がり、気持ちが引き締まる。

「今日からまた頑張ろう」そう決めた景吾の心は、窓から見える晴天の空のように曇り無く輝いていたのだった。


【景吾の家にあるホームシアター】

EPSON ホームシアター EH-TW8400W

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景吾にアプローチしていた女の子、彩芽。彼女が抱える秘密と、心の闇とは?