東京には、“出会いの引力”が働くバーがある。

同じ日、同じ時間、同じ場所に集う男女。

偶然となりに居合わせた人が、あなたの運命の人かもしれない…。

これは、出会えると噂の“東京のバー”で出会った男女のショートストーリー。

さて、今日出会った2人は…?



#1 ROOFTOP BAR アンダーズ東京


名前:彩香(29)
仕事:外資系通信会社勤務
相手:稔(32)広告代理店勤務


「土日はちょっとNGで…」

男の言葉に、彩香は「そうなんですか」と笑顔で返す。

―私は所詮、平日の夜にサクッと会う程度の女ってことね…。

金曜日の夜、彩香は虎ノ門ヒルズのカフェでお見合いをしていた。結婚相談所に入会して、3か月が経とうとしている。

彩香の様子に気づいたのか、男は話題を変えた。

「彩香さんは海外旅行がお好きなんですね。お気に入りの場所とかありますか?」

「2年前に行ったバンコクでしょうか…ルーフトップバーから見た夜景が最高でした!」

笑顔で答え、コーヒーを一口飲む。

お見合い相手は、35歳の公認会計士。条件はいいのに、本能的に全く惹かれない。会話に集中できないのは、そのせいだろう。

話が途切れがちになり、その度にコーヒーを口にする。

『お見合い相手に、トキメキなんて必要ない』

そう自分に言い聞かせ、気を取り直して笑顔で会話を続けてみる。

彩香はこれまで、結婚相談所なんて自分には縁のないところだと思っていた。

スタイル抜群で、自由奔放な性格。「目を離したらすぐ誰かに奪われそう」なんて言われ、彼氏が途切れたことがなかった。

別れを切り出すのは常に自分からだったし、その後も未練を残したりすることはなかった。

だけど、ある“過去の恋”が彩香を変えたのだった。


彼氏が途切れなかった彩香が結婚相談所に入会しようと思ったきっかけとは?

それは、半年前のこと。

ゴルフスクールで出会った弁護士と2年付き合った挙げ句「君にはついていけないから、結婚できない」とフラれた。

それ以降、すっかり自信を喪失してしまったのだ。

失恋の傷は想像以上に深く、次の恋なんて考えられなかった。

だから、恋愛はもう卒業して、結婚に向けて安定した付き合いができる相手を求め結婚相談所に入会した。

しかし、こうして実際お見合いを繰り返していると、ときめきを求めてしまう自分がいることに気づく。

「じゃ、またぜひ!」

お決まりの挨拶を交わし、お見合いを切り上げた。



ーはぁ……。疲れた…。

化粧室でメイクを直しながら、彩香はため息を吐いた。

今日のために新調したラベンダー色のワンピースを纏った自分が虚しく鏡に映る。

そもそも虎ノ門ヒルズは、彩香にとって思い出深い場所だった。弁護士の元カレと52階の『ROOFTOP BAR』でデートした帰りに付き合うことになったから。

その後も彼の職場に近いという理由で、仕事帰りに一緒にいくこともあった。だから否応なしに、彼のことを思い出し感傷的になってしまう場所なのだ。

時刻はまだ19時前。

このまま家に帰りたくなかった彩香は、無意識のうちに52階の『ROOFTOP BAR』に向かっていた。

別に飲みたかったわけじゃない、なんとなく覗いてみたかったのだ。思い出の場所を訪れて自分の気持ちを整理したかったのかもしれない。



「1名なので、テラスのスタンディング席でお願いします」

ちょっと覗くだけ…そう思っていたのに、スタッフに話しかけられ中に足を踏み入れていた。

1人でバーに入ったことなんて今まで一度もなかったが、この時間のルーフトップバーは意外と平気だ。

暑くなってきたけど、東京の夜風は心地いい。

1人で見るのには惜しい夜景と、桃を使ったフレッシュなカクテルをカメラに収めていたその時…。後ろにいた男性とぶつかってしまった。

「あっ、すみません」

彩香が顔を上げるとそこには背が高くて細身のスーツを着こなした優しそうな雰囲気の男性が立っていた。

「いえいえ、大丈夫です。それよりドリンクこぼれなかったですか?」

そして彼は自然な調子で、こう続けた。

「あの、お1人ですか?」

「そうなんです、バーで1人で飲むなんて初めてなんですけどね…。今日たまたまここで用事があって」

彼の名は“稔(みのる)”。近くの大手広告代理店に勤めている32歳だと自己紹介してきた。彩香の知っている自信満々の代理店男たちとは違い少し可愛らしく見える。


バーで声をかけてきた稔と飲むことに。偶然出会った2人のその後は……!?

いつの間にか日が落ちて、夏の夜のきらきらとした東京湾を臨む夜景が眼下に広がっていた。

「じゃ、改めまして乾杯」

美しい景色とともに味わう、冷たいカクテルの風味が心地よい。

稔に話しかけられ、そのまま一緒に飲む流れになったが、彩香は救われたような気分だった。元カレとの思い出に浸りたいわけでもなかったし、お見合いのモヤモヤから抜け出したかったから。

自己紹介もかねて、お互いの仕事の話や趣味の話など、たわいもない話を一通りする。

稔は、ガツガツした肉食系男子という感じではなかった。特に口説く様子も見せず、あくまで自然体だった。そのスタンスが心地よく彩香も変に気取ることなく話すことができた。

気づけば、元カレと別れて結婚相談所に登録した話や、今日もお見合い帰りなことまで話していた。もしかしたら、二度と会うことがないと思う相手だからこそ素直に話せたのかもしれない。

「こんなに素直に、自分の気持ちを話したの久しぶりかも…。稔さんが知らない人だからこそ話せるのかもなぁ。よく知ってる人だとどうしても自分をよく見せようとしたりしちゃうし…」

「実は僕も…」と言って稔も真剣な表情で話し始めた。

「自粛期間とかあって、改めて人に直接会えることってすごく貴重だなって思ったんですよね」

そう言いながら、彼はジントニックを口にする。

「たまたま同じ場所、同じ時間に居合わせて、しかも話してみたいと思える相手に出会えるって、奇跡みたいなことだなって思って。だから実はさっき、そう思いながら近づいたらぶつかっちゃったんです…」

照れ笑いしながら告白してくる稔をみて決して悪い気はしなかった。

確かに、こんなにお見合いを繰り返しても、いいなと思える人には出会えてないのに。こうして、出会ってすぐに打ち解けられる人もいる。

変なプライドは捨てて、自分の気持ちに素直に行動すればいいのかもしれない。



ちょうどよいタイミングで会計を済ませエレベーターに乗り込み地上まで降りた。

「今日はすっごく楽しかった。ありがとう!」



さっき、地上にいたときは、お見合いに疲弊していたし、元カレとの思い出の場所で少しセンチメンタルになっていたが、今はすっかり気持ちが楽になっている自分に気がついた。

人との出会いって不思議だ。

「駅まで送ります」

「…ありがとうございます。でも私、虎ノ門ヒルズ駅なので…ここで大丈夫です」

「じゃあ、ここで!」

彼は片手を上げてさよならの挨拶をしてきた。じゃ、と言って後ろを振り向こうとした時彼が口を開いた。

「あの、よかったら連絡先教えてもらえますか?」

彩香はニコリと微笑みながら「はい!」と返事をする。

まだまだ賑わう東京の街を、駅に向かって歩く足取りは軽やかだった。

思い出の場所が、新しい出会いによって上書き保存された日になった。



▶他にも:「マジありえねぇ」男がドン引きした美女の知られざる秘密

▶NEXT:8月19日 水曜更新予定
丸の内リゴレットでの忘れられない出会い