多くのエリートを輩出している名門男子校。

卒業生と聞いてあなたはどんなイメージを持つだろうか。

実は、思春期を"男だらけ"の環境で過ごしてきた彼らは、女を見る目がないとも言われている。

高校時代の恋愛経験が、大人になってからも影響するのか、しないのか…。

前回:東大卒・IT経営者の29歳男が、女から受けた恐ろしい仕打ち



<今週の男子校男子>
名前:真司(27)
学歴:慶應義塾大学高等学校→慶應義塾大学経済学部
職業:総合商社
住所:麻布十番
彼女:恵梨香・ピアニスト(25)


初夏の風が心地よい日だった。日に日に緑は濃くなり、これから来る夏が待ち遠しくなる。

僕は友達との集まりで知り合った恵梨香と2回目のデートだ。上野にある東京都美術館の「日本三大浮世絵コレクション」を訪れていた。

ワンピースからのぞく華奢な手足。サラサラの長い黒髪に両手で包めそうな位、小さな顔。

「美術館付き合ってくれてありがとう。いつも1人で来てるから嬉しい」

大きな目をパチパチさせながら彼女はそう言って微笑んだ。

「僕は美術館にはめったに来ないけど、たまに来るといい気分転換になるね」

美術館に誘われた時、正直乗り気ではなかった。

だが北斎のダイナミックな浮世絵には美術に疎い僕でも圧倒されたし、恵梨香は満足そうでそんな彼女の笑顔を見ると心が安らいだ。

―俺も早く結婚して、子供ができたら一緒にキャッチボールして遊びたい。

帰り道に寄った夕暮れの上野公園で仲睦まじい家族連れを見て、ふとそう思った。



僕が卒業した高校は”慶應義塾高等学校”だ。

世間一般では塾高生は「派手で遊んでいる」と思われているらしいが、実情は汗臭い普通の男子校だ。

当時僕はサッカー一筋の部活少年で、大学でもラクロス部に所属してスポーツに打ち込んできた。

高校時代は部活ばかりで出会いがなかっただけで、別にモテなかったわけではないと思う。

部活を引退した後に渋谷のカフェでバイトして、女子校の子と数ヶ月だけ付き合っていたことはある。

今は総合商社で働いていて、来年から父親の会社に将来の後継者として入ることになっている。

僕の家は、横浜で祖父の代から倉庫業を営んでいる。世間的に見れば「お金持ち」と呼ばれる部類に入るだろう。


女子ウケ抜群の慶應卒・商社マンの肩書に興味がない恵梨香。真司が彼女に惹かれた訳とは

でも幼稚舎からの同級生には政治家一家や老舗の子息が珍しくないし、サッカー部では万年ベンチだった。

僕は、高校時代から「上には上がいる」現実を目の当たりにしてきた。

同級生は皆いい奴で、一生の友人だと思う。だけど心のどこかで劣等感を感じていたのかもしれない。



美術館を出て、僕の愛車のボクスターで『小笠原伯爵邸』へ向かった。

前回は銀座の有名な寿司屋でデートしたが、恵梨香は「個室のある店でしか食事をしたくない」と言って不機嫌になってしまった。

今回は念入りに下調べをして、ディナーコースを予約しておいたのだ。

歴史を感じる洋館の前に立つ恵梨香の姿は、まるで映画のワンシーンの女優のようだ。



ー恵梨香は何をしていても絵になるなあ。

目の前でホタテのアロスヴェルデを美味しそうに食べる彼女を見てそう思った。

僕は、恵梨香との結婚生活を勝手に想像した。

しばらくは麻布十番の僕の部屋に住んで、恵梨香はピアノに好きなだけ打ち込む。家族が増えたら横浜の実家近くに移ってのびのびと暮らしたいな。

メイン料理がくると、さっきまで機嫌よく食事を口にしていた恵梨香が急に何か思い出したように黙ってしまった。

そしてサフランがかかったスズキのプランチャを口にすると、俯きながらこう言った。

「私ね、友達がほとんどいないの。ずっとピアノばかり弾いていたから」

ころころと機嫌が変わり理解できないことも多いが、そこがまたミステリアスで魅力的に思えた。

「別にいいと思うよ。普通の女の子ってさ、会話がつまらなかったりするよね。ヨガとかネイルとかさ。正直そんな話興味ないし。それより恵梨香は自分の芯を持ってるところがかっこいいよ」

さみしげに俯く恵梨香は、僕がフォローを入れると顔を上げてにっこり微笑んだ。

「よかった。真司くんは、優しい人なんだね」

そう言って、今度は今日見た展覧会について1人であれこれ盛り上がり始めた。

「やっぱり『神奈川沖浪裏』は何度見ても構図と色使いに惚れ惚れするよね!北斎といえば、娘の葛飾応為の作品も艶があっていいんだよね〜」

音楽や芸術については、僕がついていけない話題も多いが、それも、その辺の女子たちとは一線を画している魅力の一つだ。

何よりも、恵梨香は、僕の慶應卒の商社マンという肩書に全く興味がないようだ。それに他のミーハーな女子は目ざとく反応するロレックスのデイトナを気に留める様子もない。

ー付き合うなら、自分を持っている子がいいな。

改めてそう確信した僕は、恵梨香の吸い込まれそうな大きな目をしっかり見据えた。

「結婚を前提に、僕と付き合ってください」

彼女は平然と、手に持ったワイングラスに口をつけた。一瞬の沈黙が流れる。

「はい…喜んで」

グラスを置いた彼女の口から出た言葉に、僕は大きく安堵した。


恵梨香が真司と付き合う理由とは?彼女の正体が明らかになる…

恵梨香の正体


食事が終わり真司はもう1軒行きたそうな様子だったが、レッスンの準備があるからと言って家まで送ってもらった。

彼の派手な車が去ると、私は安堵と疲労がまじった溜息をついた。

―真司と付き合う理由、それは彼の実家がお金持ちだから。私にとって恋愛なんてどうでもいい。それより早く家に帰って、ピアノを弾きたい。

おいしいご飯は好き。でも大勢の人がいる場所は苦手だから、個室じゃないと疲れてしまう。



目白にあるマンションの一室。ヨーロッパで集めたアンティークで揃えたこだわりの空間は、誰にも邪魔されない私だけのお城だ。

私は部屋に戻るとすぐにドレスを脱いで着替えると、ピアノの前に座った。

―今日は何を弾こうかな。

実家が一般家庭の私は、親に無理を言って音大に進学した。国内の有名コンクールの入賞経験がある。

今はコンサートに出る合間に生徒にピアノを教えている。コンクール入賞者の個人レッスンだからそれなりの授業料をとっている。

そのため自分1人で生きていく分には、多少贅沢をしても困らない程度には稼ぎがある。

まだ20代後半。もっとコンクールに出てピアニストとして名を轟かせたい。そして一流のメンバーと一緒に演奏したい。

―だから今は生徒に教える時間よりも、演奏に打ち込む時間がほしい。

それには裕福な男と結婚して、安定した暮らしを手に入れる必要がある。いわゆるパトロンがいない訳ではないが、結婚の方が手っ取り早い。

私は背筋を伸ばし、鍵盤に手を置いた。スクリャービンのピアノソナタ第5番、2年前のコンクールで演奏した曲だ。

―真司や彼の同級生たちはなにかと「慶應」「商社マン」って肩書の話をするけど、本当にくだらない。学歴や職業なんて、私からしたらどうでもいい。

真司と出会った集まりで彼が「来年実家を継ぐことになった」と言ったのを聞いたからデートの誘いに乗った。

よく話を聞くと、彼の実家は横浜で代々倉庫業を営んでいて、不動産も複数持っているみたいだ。一介のサラリーマンだったら、興味は沸かなかった。

―ピアノは私の人生の全て。「女の幸せ」や「結婚」に興味はない。私はただ、ピアノを弾いていたいだけだ。

気がついたら朝まで鍵盤を叩き続けることも珍しくはない。

私はピアノソナタを弾き終えると、スマホの通知画面に表示された真司のメッセージの通知を切った。

―さっきまで会ってたのに、しつこい。私の時間を邪魔しないで。

心と身体が一体となって、鍵盤から紡ぎ出される旋律を超える物なんて、存在しないのだから。


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