あなたの暮らしに彩りをあたえてくれるものって何ですか?

日常を豊かにし、気分を上げてくれるモノ。

これはそんな“モノ”を見つけた主人公たちのオムニバスストーリー。

▶前回:遠恋の彼と4か月ぶりに過ごした翌朝、26歳女が目にした驚きの光景とは



―元夫と離婚してから3年か。

今でも時々思い出す。

わずか1年で終わりを迎えた結婚生活のことを。

12歳年上で人材会社を経営していた元夫と結婚したのは25歳の時。

社会人になってから参加した食事会で出会い、2年間交際した後、入籍した。ここまでは順調だったのに、人生とは分からないものだ。

荷物を持って泣きながら実家に帰った時に見た、両親の悲しそうな表情は今でも脳裏に焼き付いている。

元夫は俺様気質なモラハラ男だったが、そのことには、結婚するまで気が付かなかった。

『年上でイケメンだし、財力もある…これを逃したら、こんな出会いはもう無い』

当時25歳で世間知らずだった理恵は、ハイスペックな男が自分を選んでくれた事に舞い上がり、彼の本質を見抜くことができなかった。

結婚してから、モラハラ気質は様々なところに表れた。

例えば家具一つ買うにしても。

突然家に大きなマッサージチェアが届いたときだって。

「…何これ。マッサージチェア?置き場所に困るし、家具買う時は相談して欲しいよ」

「煩いなぁ。お前より俺の方が稼いでるんだし、家賃だって殆ど俺が払ってるんだから文句言われる筋合い無いね」

交際中は、いつもリードしてくれて、羽振りが良い人だと思っていたが…結婚すると、ただ金遣いが荒くて自分勝手な人だったということに気づかされた。

―少し私が我慢すれば済むことよ。

最初はその違和感に目を瞑ろうとしていたが、次第にその俺様振りに拍車がかかっていった…。


「自分がちょっと我慢すれば…」そう思っていたが、離婚に至った決定的な出来事とは?

最終的な離婚の決め手は、彼の一言に反論した際、遂に手を上げられたことだった…と当時の苦い記憶が思い出される。

「理恵。どうしたの、ぼーっとして」

ハッとして顔を上げると、心配そうな表情で理恵を見つめる現在の婚約者・晴彦の顔がすぐ近くにあった。

3歳年上の晴彦とは、離婚して2年後に友人の紹介で出会った。1年間の交際を経て3月に婚約したばかり。今日は、彼が住む茗荷谷のマンションで新居探しをしている。

「ごめん何でもない。確かにこのマンション良いね。東京駅から近いし」

「だよね。今後のためにも部屋は2つ以上あったほうが良いでしょ?ここは2LDKだし」

まだ続く在宅勤務に備える為、お互い仕事場所を確保できる空間は必要というのが2人の意見だった。

それに理恵が勤めるIT企業も晴彦が働く外資系投資銀行も丸の内にあるので、東京駅近辺は最高の立地だ。

―ねえ、晴彦はなんで私を選んでくれたの?

晴彦に心の中で問いかける。

次こそは失敗したくないと思うが、短期間で破綻した結婚生活を思い出すと、次の結婚にも慎重になってしまう。

「ねえ、理恵…ずっと思ってたことがあるんだけど」

理恵をジッと見つめる晴彦。

何てことない会話なのに、何を言われるんだろうと少ビクビクして身構えてしまうのは過去のトラウマから来る癖だ。

「これから家で使うちょっと良いモノを新調するってどうかな?」

再婚ってこともあるし世の中の事情もあり、結婚式を挙げるつもりはない。予定していたサントリーニ島へのハネムーンもキャンセルしている。

その代わりに、ちょっと良い家具をという晴彦からの提案だった。

「素敵♡それ凄く良いね」

「理恵は何か欲しいものある?一緒に決めようよ」

晴彦は何の気無しに言っているのだろうが、その“一緒に”という言葉に理恵は感動してしまう。

―前の夫だったら、絶対こんなに優しい言葉はかけてくれなかった。



幸せを噛み締めながら会話をしていたとき、向こうの方でスマホがなっている音が聞こえてきた。

ブーブーブー…

「ねえ、携帯ずっと鳴ってるけど電話じゃない?」

机の上に置かれた手帳型カバー付きのiPhoneは晴彦の物だ。

「ああ。別に出なくて良いや」

チラリと番号を確認し、そんな風に言っていたが…あまりに長いコール音だったからか、渋々といった様子でiPhoneを手に取った。

「…もしもし」


不安になる理恵だったが、晴彦の電話の相手は意外な人物だった!?

最初に発した声のトーンでそれがどういう電話なのか何となく察してしまう。案の定、晴彦はiPhoneを耳に当てたまま早足で隣の寝室へ入っていった。

―あの話し方は、きっと女の人から…だよね。

晴彦のことは信用したいし、詮索するのは良くないと理解しつつも、どうしても寝室の方へ耳を傾けてしまう。

途切れ途切れではあるが、時折「ミカ」と呼ぶ彼の声が微かに聞こえてきた。

―もう15分以上経ってる。一体晴彦に何の用なの?

「…今の電話、誰から?」

電話を終えて戻ってきた晴彦に、そう尋ねずにはいられなかった。『ミカ』と呼ぶ声が聞こえた気がする、と。

「…2年前に別れた元カノ。連絡が来たのなんて2年振りだけど」

暗黙の了解で、お互い過去の恋愛や理恵の元夫についてはあまり触れることなく、ここまで来た。

「今度結婚するんだって、その報告だったよ!」

「そうなんだ…。わざわざ報告してくるなんてまだ未練あるのかな?」

ネガティブな考えが頭をよぎり思わず口にしてしまう。

「それはないよ。でも、俺が結婚するってことを、どこかで聞いたらしく。私も幸せになります的なアピールだったみたいだけど」

そう笑いながら話す晴彦の話を聞いていると安心した。

こうやって、いつも晴彦は理恵の不安を吹き飛ばしてくれるし、元カノのことさえも悪く言わないところを好きだと思う。

「幸せになれよって、最後に言ったから、お互い結婚前の最後の電話だよ」

そう言いながら、晴彦は理恵を抱き寄せて頭を撫でてくる。

思えば晴彦と過ごした1年間、心をすり減らして消耗したり、彼の交友関係にヤキモキしたことは一度もない。

理恵も晴彦も、温厚で争い事を好まない性格だったから。

「ねえ、ソファ買うのはどう?」

結婚生活において、元夫とは「話し合い」が全く成立しなかった。会話は常に一方通行、2人でソファに並んで座った回数なんて数えるほどしかない。

「何か迷った時や、一緒に決めたいことがあるときに、2人でゆっくり座りながら話せる場所が欲しいなって」

2人で一緒に歩んでいける家庭を作りたいというのが、今の理恵の願いだ。

ー晴彦となら、きっと大丈夫。

「ソファ良いね、早速今度の日曜日にでも見に行ってみようか」





―1ヶ月後―

「家具も殆ど揃ったし、引越し作業もようやく落ち着いたって感じね」

届いたばかりのカッシーナのソファに座り、部屋の中をぐるりと一望する。名義変更や転居転入手続きでバタバタしていた日々が既に懐かしい。

部屋には晴彦と選んだお気に入りの家具達が並んでいる。

「うん、ソファもカッシーナにして正解だったね」

レザーなのに重くないスタイリッシュなデザインと、絶妙な角度の背もたれ。2人で座ってもゆとりがあるし、何より座り心地がとても快適だ。

『一緒に選べて良かった』

2人の声が同時に重なり、驚いたように互いに顔を見合わせる。目の前で少し照れ臭そうに微笑む晴彦の事が、とても愛おしい。

―私と、同じ事考えてくれてたんだ。

今のこの気持ちをずっと忘れないようにしたいな、と呟いた晴彦の言葉に、理恵も大きく頷く。

「幸せになろうね♡」

引き寄せられるように重なった唇と唇。その感触は、いつも以上に温かく、そして優しく感じた。

家は家族の原点であり、帰る場所でもある。暮らしに彩りを与える「モノ」達と共に様々な思い出を刻み、歴史を築いていく…。

―この家が2人にとってずっと、“1番に帰ってきたくなる場所”でありますように。

晴彦の手を握り、そう心の中で願ったのだった。

Fin.


【晴彦と理恵が買ったソファ】
カッシーナのソファ


▶前回:遠恋の彼と4か月ぶりに過ごした翌朝、26歳女が目にした驚きの光景とは