およそ1,400万人が暮らす、現代の東京。

そのうちの実に45%が地方出身者で占められているという。

東京にやってくる理由は人それぞれ。だが、そこに漠然とした憧れを抱いて上京する者も少なくないだろう。

これは、就職をきっかけに地方から上京した女が、東京での出会いや困難を経験して成長していく「社会人デビュー」物語。

大都会・東京は、はたして彼女に何を与えてくれるのか…?

◆これまでのあらすじ

2019年4月。生まれ育った北海道を離れ、上京した美咲は、同期達の華やかさに圧倒されてしまった。

初めて参加した食事会にて、商社マンの翔平からデートの誘いを受けるが…?

▶前回:女は、自分より可愛くない子を出会いの場に連れていくのか?金曜夜、食事会で起こった出来事



土曜18時、表参道。今日は翔平との初デートだ。

ー上京したばかりのころは、表参道ヒルズの中で迷子になったりしてた私が、まさか表参道で素敵な男性とデートする日が来るなんて…。

美咲はドキドキしながら、ショーウィンドウに映る自分の姿をチェックする。

先日の食事会で翔平と再会して以来、LINEのやり取りは日課になっていた。

毎日、疑問形で終わるメッセージを送り合って、お互いのことを少しずつ知り始まっていく。そんな矢先、ついにデートに誘われたのだ。

彼が予約してくれたお店は、南青山の『L'AS』。洗練された雰囲気の店内で、コースとワインペアリングを楽しむ。

「へぇ、美咲ちゃんってスウェーデンに留学してたんだ!俺さ、行ってみたいんだよね、魔女の宅急便のモデルになった街があるんでしょ?」

「そう、ガムラスタンっていう街なんです。ぜひ行ってみてください!」

最初はガチガチに緊張していたが、会話をしているうちに、彼の無邪気さに心がほぐれ、いつのまにかリラックスしていた。

「美咲ちゃんの話し方、時々なんか可愛いよね。イントネーションとか。北海道出身だっけ?」
「えっ…もしかして訛ってました?やだな…」

方言は気をつけていたつもりだったが、アクセントはなかなか直らない。美咲は顔を赤らめた。

「え、なんで?可愛いじゃん。俺は好きだな」

瑠美から地方出身であることをバカにされて以来、東京の人らしくなろうと必死になっていたが、翔平からはまるで「そのままでいい」と言われたようで、心が温かくなる。

―翔平さん、優しいし素敵な方だなぁ。もっと会いたい…

デートを終えて別れた後も、余韻にひたっていた。

『美咲ちゃん今日はありがとう。またすぐ会おうね』

帰り道に届いた翔平からのLINEを見て、さらに有頂天になる。

ー翔平さんも、私と同じ気持ちかも?期待していいよね…。

この時の美咲は浮かれるあまり、翔平の本性など知る由もなかったのである。


イイ感じだったのに…。男の隠された本性とは?

それからも、翔平とは定期的にデートする関係となった。

そして、3回目のデートの日をむかえた。この日は、美咲が見たい映画を一緒に観ようという約束をしていたのだ。

―映画って、けっこう近いし緊張するなぁ。3回目のデートって告白されることが多いって聞くし…もしかして…

そんな淡い期待を抱きながら、六本木へと向かう。TOHOシネマズの入り口で待ち合わせしたのだが、まだ翔平の姿は見えない。

その瞬間、背後から聞き覚えのある声が突然聞こえた。

「やっぱり…あなただったのね」

驚いて振り返ると、そこにいたのは瑠美だ。怒りをあらわにし、ものすごい形相で美咲のことを睨んでいる。

「翔平さんの彼女は私なんだけど、何であなたがデートしてるの?」
「え…?」

すぐには状況が把握できず、美咲はただ目を見開くばかりだ。すると瑠美は、さらなる言葉を浴びせてくる。

「聞こえなかった?翔平さんの彼女は私なの」

なんとか落ち着こうと、美咲は大きく息を吸い込んだ。これまでは瑠美に言われっ放しだったが、今日はこのまま黙っているわけにはいかない。

不思議な衝動が美咲を突き動かし、気づけばこんなことを口にしていた。

「瑠美こそ、どういうこと?翔平さんから彼女がいるなんて聞いてない。私も、翔平さんのことが気になっているの」

彼女に対して初めて意見をきちんと言えたことには、自分でも驚いた。そして、美咲の毅然とした態度に、瑠美もたじろいでいる。

その時であった。

「瑠美?なんでここにいるんだ?」

そこには、遅れてやってきた翔平が、ひきつった顔で立ち尽くしていたのだ。

「…家にいるって言ったのに、私がここにいるから驚いた?私、あなたのスマホ見ちゃったの…」

瑠美は堰を切ったように、事の経緯を話し始める。

翔平は美咲とほぼ同時期に、瑠美ともデートを重ねていたのだ。瑠美はてっきり、彼と付き合えるとばかり思いこんでいたらしい。

しかし前回翔平とデートした際に、彼のスマホに美咲からメッセージが届いているのが見えてしまった。そして内容を盗み見たところ、今日のことを知ったのだという。



「だから今日は家にいるふりをして、この場に来たの…」

翔平は言い訳をすることもなく、うなだれた様子で黙って聞いている。

―瑠美と付き合ってるなんて、嘘だよね…?

翔平のことを信じたかった。だが、瑠美の深刻な表情からは、彼女が嘘をついているようにも見えない。美咲は思わず口をはさんだ。

「翔平さん、瑠美の話は本当なの?ちゃんと説明してください」

普段は温和な美咲だが、さすがの事態に語気を強める。すると翔平は何かを諦めたのか、重い口を開いて、信じられないことを語り始めたのだ。


翔平の本命は、美咲?それとも瑠美なのか?彼が口にした、驚愕の一言とは…

「どちらも…本命じゃないんだ。今回のことは、本当にごめん」

ーえ…!?

翔平の言葉に、美咲はショックで息が詰まりそうになった。瑠美は瑠美で、今にも泣きだしそうな顔をしている。

「それって…一体どういうこと?」「説明してよ翔平さん!」

2人の声が重なる。ライバルだと思っていた2人は、翔平の衝撃的な告白によって、今や同じ立場となってしまった。

「実は…2人とは別に本命がいて。本命というのは、結婚する予定の相手のこと。でも、2人のことは本当に可愛くて好きだった」

ここまで正直に事実を明かされると、もはや責める気にもなれない。

―無邪気なところが魅力だと思ってたけど…。バカ正直なだけ?

美咲の中で、みるみるうちに思いが冷めていく。その隣で瑠美は、唇をわなわなと震わせていた。

「私達とは遊びだったってことよね?私は翔平さんのこと、大学時代からずっと好きだったのに。ひどい」

必死にこらえていたであろう涙が、瑠美の頬をつたう。美咲は、FEILERのハンカチをそっと差し出した。



瑠美が取り乱している一方で、美咲はかえって冷静だった。

「別の本命がいるって、どういうことですか?結婚相手も決まってるのに、どうしてこんなことしていたのか説明してください」

翔平は、言いにくそうに口を開く。

「説明しても、きっと君には分からないと思う」

「どういう意味ですか?」

「美咲ちゃんには絶対に理解できないよ。そもそも俺が美咲ちゃんに興味を持ったのは、地方でのびのびと自由に育った感じがして、自分にはないものを持っていて羨ましかったから。俺は、東京の狭いコミュニティーに囲われて生きてきて、ずっと息苦しかった」

―私のことが羨ましい…?翔平さんみたいに完ぺきな人が…?

美咲は戸惑っていた。彼の生い立ちは、これまでのデートで少しずつ聞いてきた。

都心で生まれ育ち、小学校から私立に通って、実家もどうやらかなり裕福そうだ。一流企業に就職して社会人生活を謳歌しているだけでなく、プライベートも超充実。

友達がたくさんいて人脈も広く、まさに華やかな世界に身を置いてキラキラしている。地元にいたころの美咲だったら、恐れ多くて近づきづらかっただろう。

ー何でも持ってそうなのに…。

困惑する美咲に、翔平はさらに続けた。

「美咲ちゃんは、生まれながらにして、自分の人生が決まっているような状況を経験したことがないだろ」

翔平は寂しげな表情で、ふっと笑う。美咲は何のことか分からずに、ただただその場に立ち尽くしていた。


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「レールの敷かれた人生は楽じゃない」全てを手にしているはずの男が、胸の内を吐露する。