「たった一人の親友(バディ)がいれば、他には友達なんていらない」。

そう豪語する男がいた。

互いを信じ合い、揺るぐことのない二人の友情。だが、彼らが好きになったのは、同じ女性だった…。

◆これまでのあらすじ

小暮と片桐は、10年来の親友だ。二人が想いを寄せていた女性・舞が、婚約者・笠原と別れることになった。

片桐は「舞には小暮が合っている」とアドバイスして…。

▶前回:「婚約中の男に、何度も試されて…」女が彼とは結婚できないと悟った、本当の理由とは



「片桐君のアドバイスに従って良かった」

開口一番、舞が言う。

月曜日。俺たちは仕事の合間をぬって、銀座の『アポロ』で遅めのランチをしていた。

前日の日曜、俺のアドバイスに従った舞は、小暮を誘って水族館に行き、ディナーまで共にしたらしい。まるで10代のようなデートコース。

「水族館は小暮君の提案だったの。最初は、水族館!?なんて思ったけど、これが案外楽しかった」

舞に誘われてデートすることになった、とは小暮からも報告を受けていた。

俺のアドバイスが理由で舞が行動を起こしたことは言わなかった。恋のキューピットは、目に見えないから天使なのだ。

突然に決まった舞とのデートに小暮がとてつもなく緊張していることは、報告電話の震える声でよく分かった。

「すっ、水族館とか、行くのはどうかな…?」

「いいじゃん。そういうベタベタなデートは、舞も最近はしてないと思うから行ってこい」

小暮と舞がデートしていた昨日は一日中、俺もソワソワしっ放しだった。はたして、うまくいっているのか…。

だから今こうして喜色満面で「昨日のデートがどれだけ楽しかったか」を語る舞を見て、俺も嬉しくて仕方がない。

ーやったな、小暮。

しかし“昨日のデートに関して小暮がまったく真逆の感想を抱いている”とは、この時の俺はまだ知る由もなかった。


小暮が抱いた、真逆の感想とは…?

食後のコーヒーが運ばれてくると、舞は「実は…」と語り出した。

「実は…私、今まで小暮君を恋愛対象として見てこなかったの。それには理由があってね…」

「どんな理由?」

「もう5、6年前かな。酔っ払った小暮君が『世界中の男で舞にぴったりな男、第1位は片桐で、第2位は僕だ』って言ってたことがあるの」

俺も思い出す。記憶に残る発言だった。

「ああ、あったな。そんなこと覚えてるよ」

「あの時、認めたくないけど…心のどこかで小暮君のことが気になってたから、傷ついたの」

「…まあ、自分より、他人を1位に推すのがアイツらしいけど…」

「わかる。小暮君らしいよね。でも自分を1位にしない人が、いつか私と付き合いたいって行動を起こすとは思えなくて…」

「そうなるよなー」

「でも向こうが行動を起こさないなら、自分が行動を起こせば良かったんだよね。『女がデートに誘ってはいけない』なんて法律はないんだし」

そして舞は、小暮君との関係を前向きに考えてみようと思う、と言って、俺のランチ分の会計まで済ませて仕事に戻っていった。

“昨日のデートに関して、小暮がまったく真逆の感想を抱いている”と知るのは、店を出た直後のこと。

小暮からLINEが一通届いたのだ。

―ボクはやっぱり無理だ。舞のことは諦めようと思う。

頭がクラクラした。なにゆえ突然に小暮は自信を失くしたのか。

初デートを終えた舞の幸せそうな笑顔を、さっき見たばかりだ。その俺からすると、とてもじゃないが信じられない。

すぐに返事をして、小暮と会うことにした。



「丸一日、舞と一緒に過ごして、デートしてみて改めて分かったんだ。僕じゃダメだ」

小暮は震える声で言った。舞とデートが決まったという報告電話のとき以上に震えていた。

「小暮じゃダメって、どういうことだよ」

「…舞はやっぱり…片桐のことが好きなんだと思う…」

「はあ?」思わず声が大きくなる。「何言ってんだよ」

「デートの最中も、舞はしょっちょう片桐の話をするんだ…」

「そりゃ俺は、小暮と舞の共通の友人なんだから、二人の会話に俺が出てくるのは当たり前だろ。世の中、大体そういうもんだろ」

俺は努めて冷静に諭す。だが小暮は聞く耳を持たない。

「理屈じゃないんだよ…。感覚で分かるんだ。舞は片桐が好きなんだよ」

こうなると小暮はテコでも動かない。芯の通った意志の固さは小暮の長所で、彼の仕事にも好影響を与えているはずだが、プライベートでは短所にもなりうる。

「10年間ずっと黙ってたんだけど、ずっと分かってた…。舞は片桐のことが好きなんだと思う」

あらたまった感じで小暮は言い出す。

俺は「それはないって」と首を振ったが、小暮の声は大きくなった。

「本当に、そうなんだよ…!だから僕は、舞と笠原さんが結婚するって聞いたとき『本当は舞は片桐と結婚するべきだ』と思って、二人をくっつけようと作戦を立てたぐらいなんだから」

初耳だった。まるで俺の作戦と同じではないか。俺たちは互いに「アイツのほうが舞と合っている」と思い、相手のために動いていた。

でも、舞にふさわしいのは俺ではない。

小暮には打ち明けたことはないが、俺と舞はかつて一度付き合い、そして確認したのだ。自分たちは友達であって、恋愛や結婚のパートナーにはなれない、と。

が、ついに打ち明ける時が来たのかもしれない。なにしろ小暮は頑なに「舞と片桐が結婚すべきだ」と言っているのだから。


片桐はついに秘密を打ち明けて…。

やむをえず俺は、先日舞が「小暮君との関係を前向きに考えようと思う」と言っていた事実を、小暮に説明した。

内心で「舞、ごめんな。ルール違反するほどの緊急事態なんだから許してほしい」と謝りながら。

それでも小暮の心は動かなかった。

「だったら片桐も、一度でいいから舞と丸一日デートしてみてよ」

「俺が、舞と?」

「僕も舞とデートしたんだから、片桐も舞とデートして、それで平等だよ。それから判断しても遅くないだろ?」

俺は呆れて、ため息をついた。

「お前、バカか?最低男だったとはいえ笠原と婚約解消したばかりなんだぞ、舞は。なのに、次から次へと男とデートさせるのかよ。舞の気持ちも考えてやれよ」

「…たしかに、そうかもしれないけどさ…」

「それに…」

俺は決意する。小暮に内緒にしていてずっと辛かった事実を、いよいよ打ち明ける時が来た。

「舞とデートしたことならあるんだよ」

「え?片桐が、舞と…?」

予想通りではあるが、小暮はぽかんと口を開き、言葉を失っている。しばらくしてようやく声を発した。

「二人でゴハンした、とかじゃないよ。ちゃんとしたデートだよ?」

俺が頷くと、小暮は「いつ?」と食い気味に詰問してくる。

「デートだけじゃない。本当に一瞬だったけど、わずかな期間、俺と舞は付き合ってたことがある」

「…え?ウソでしょ?」

「ウソじゃない。本当のこと」

視線をあわせるのが気まずくて、俯いて語っていた俺は、恐る恐る顔を上げた。

小暮は目を丸くして、何から話していいか分からないようで、唇を震わせている。

「…僕、何も知らないけど…」

「ああ、お前には内緒にしたかった。お前には何でも話してきたのに、そのことだけは黙っていて、ごめん」

それから俺は、いつ頃、どれだけの期間、舞と付き合っていたか、丁寧に釈明した。



呆然としたまま小暮が口を開く。

「昔、舞が“片桐君には内緒にしてほしいんだけど”って前置きしてから、彼氏ができたことを教えてくれたんだ。それって、もしかして…」

「時期的に俺のことだと思う。俺たちが付き合ったことを小暮に伝えるのは、俺の役目だって舞は思ってたから…自分の口からはハッキリ言えなかったんだろうな」

「…そうだったんだ。ははは…僕、勘違いしてたんだ…バカみたいだ…」

小暮は乾いた笑い声をあげる。俺はあわててなだめた。

「バカじゃない。黙ってた俺たちが悪いんだから。でも俺たちは一度付き合ったから、友達としては良いけど、恋人としては向いてないって分かったんだ。でも、小暮と舞は違うから。二人なら恋人同士でもうまくいくはずなんだ」

そして俺は、先日に舞を説得したように「いかに二人がお似合いであるか」を力説した。感覚だけではなく、理屈も含めて伝えた。

「ありがとう」

小暮は静かに言った。でも感謝している表情ではなかった。俺と舞が付き合っていたこと。それを小暮に内緒にしていたこと。それらは予想以上に小暮の心をえぐってしまったようだ。

「なんか、ちょっと考えてみる」

小暮はそう言って席を立つと、怒ることもなく、感情的になることもなく、そのまま店を出て俺の前から去った。

その夜、心配になって電話したが、小暮は出なかった。

不安になってLINEもした。だが返事はない。既読もつかない。

その夜を境に小暮と音信不通になった。知り合ってから10年。こんな事態は初めてだった。

やっと小暮から連絡があったのは、1カ月後のことだ。

仕事終わりの時間に突然、スマホが鳴った。着信表示にある『小暮喜八』を見て、俺は慌てて電話に出た。

「片桐?」

「小暮…。元気にしてるのか?」

「うん。元気…」

「俺たちが最後に会った時のこと…ごめんな…」

「もういいんだよ。それよりさ…」

少し間を空けてから、小暮は言った。

「僕も、片桐に謝らなきゃいけないことがある。これから会って話せないかな?」


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小暮の謝罪に、片桐は感情を抑えきれず…。