知りたくないのに、知りたい。

恋人と過ごす幸せな毎日に、突然あらわれた忌まわしい存在。

愛する恋人の過去を自分よりも知っている、妬ましい人。

「気にしなければいいクセに、どうしても気になる…」

これは“元恋人の影”に鬱々とする、男女の物語。

◆これまでのあらすじ

麻衣は復縁を迫られていた元カレ・旭に会いに行き、自分の気持ちを伝えた。本音を伝える大切さを知った麻衣は…?

▶前回:「今すぐ会いたいの…」彼氏と喧嘩した女が、元カレをホテルラウンジに呼び出した理由



京太郎の運転で、彼の部屋に向かう道中。車内の京太郎と麻衣は、ほとんど口を聞いていない。

麻衣はその間、冷静に自分の気持ちと向き合っていた。

意識しないでおこう、そう考えれば考えるほど頭の中を埋め尽くしてきた、京太郎の元カノ・梨子という存在。京太郎と付き合って以来、気付けば比較し、そのたびに自信をなくしていた。

―私、ずっと自分で自分の首を絞めてたな…。

麻衣はシートベルトをギュッと握った。

京太郎の彼女は麻衣であるはずなのに、無意識のうちに「釣り合っていない」と思い込み、京太郎と会話するのを避けてきた。そして、そのツケが今、まわってきたのだ。

運転席に座る京太郎を横目で見ると、彼も同じように何か考えごとをしているようだった。

麻衣が緊張でガチガチになっていると、車はあっという間に京太郎のマンションに到着してしまう。

―今度こそちゃんと話すんだ。でも、もしまた京太郎の家で梨子の痕跡を見つけてしまったら…?

麻衣は少しの不安を抱えながら、車を降りた。


不安を抱える麻衣が、京太郎の部屋で見たものとは…?

「どうぞ、あがって」

久しぶりに来た京太郎の家は、なんだか前よりもスッキリとしている気がした。もともと余計なものはないシンプルな部屋だったが、雰囲気が変わっているように思う。

麻衣は違和感をおぼえながらも、京太郎に促され、洗面所に向かった。…ドキドキと、心臓の鼓動が彼にまで聞こえそうだ。

―だけど彼女は私なんだ、緊張することない!

そう言い聞かせ、意を決して洗面所に入った。



―あれ?全部、変わってる。

麻衣は洗面所に入った瞬間、驚いて目を丸くした。

そこにはヘアワックスからハンドソープ、歯磨き粉に至るまで、すべてのアイテムが総入れ替えされた空間が広がっていたのだ。

そしてもちろん、その場所に元カノの私物と思われるクレンジングオイルは置かれていなかった。

麻衣はホッと安堵する気持ちと不思議な気持ちを両方抱えたまま、京太郎の待つリビングへと戻る。

「麻衣、そこに座って」

京太郎の声は、いつも通り柔らかくて優しいのに、どこか緊張している感じがする。麻衣は促されるまま、ダイニングテーブルの椅子を引いて座った。

「コーヒーはミルク入りだよね?」

「うん。ありがと」

そう言うと京太郎は、麻衣の好みに合わせてミルクがたっぷり入ったコーヒーをいれてくれた。2つのマグカップを持った彼が、麻衣の隣に腰を下ろす。

そしてフッと小さく息を吐いてから、麻衣の目をまっすぐに見た。

「あのね、麻衣。きっといろいろ話したいこともあるだろうし、俺も言わなきゃいけないことがある。でもね、ひとつだけ先に言っておくね」

「…うん」

いつもより真剣な眼差しに、麻衣は吸い込まれそうになる。だけど、旭のような威圧的な雰囲気はそこにはなかった。


京太郎が、麻衣に伝えたかったこととは…!?

「俺は、麻衣のことが好きだ。もしかしたら、麻衣の心には気になってしまう女性が浮かぶかもしれない。でも俺が好きなのも、大切にしたいのも、ずっと一緒にいたいと思うのも、麻衣だけだよ」

「京太郎…」

京太郎はそう一気に言うと、麻衣の手を両手で優しく包んだ。

「だから、麻衣の本当の気持ちをもっと教えてほしい。それが俺にとって嫌なことだったとしても、麻衣を嫌いになったりすることは絶対にないから。安心して、感情をぶつけてほしいんだ」

人に本音をぶつけるということが、麻衣には苦手なことだった。本当のことを言ったら嫌われてしまうのではないか?そんな怖さがあったのだ。

だから自分の気持ちを後回しにして、我慢して溜め込んで、最終的にこの前のカフェで逆ギレしたように、悪い形で爆発してしまう。

でも今、京太郎はその“怖さ”を取り除いてくれた。京太郎の手から気持ちが伝わってくる。

「…麻衣?」

京太郎の手にぽと、ぽとと麻衣の涙が落ちた。麻衣にとって、京太郎の言葉はそれほどホッとして、嬉しいものだったのだ。

その様子を見た京太郎は、ようやく麻衣が心を開いてくれたのだと思ったのか、安心した表情を見せる。

「京太郎、あのね…」

ひとしきり涙を流すと、麻衣は口を開いた。

「うん。なあに?」

京太郎が返事をした直後、麻衣はガバッと顔をあげた。その目は、京太郎がギョッとするほど鋭い目つきだった。



「じゃあ言わせてもらうけどさ。京太郎、ほんっっとに最低だからね!?」

京太郎は、麻衣の豹変ぶりに目をパチパチさせて言葉を失っている。

「なーにが『リコは次、何にする?』よ。あれ以来、あのレストランの名前を見るだけで、私の心が死んでいくんだから!!」

付き合い始めた頃のデートで、京太郎が麻衣の名前を呼び間違えた事件。あれを忘れられないのは、もちろん京太郎だけではなかった。

「それは、ごめん。つい…」

「つい!?じゃあ京太郎は、元カノのクレンジングを捨てられずに“ついつい”置いたままにしちゃってたんだ?」

こうなるともう、麻衣は止まらない。

「クレンジングを捨てて、部屋の雰囲気も変えて『何もありませんでした〜』って感じにしてるけど、私ちゃんと知ってたからね?」

京太郎に反論の余地を与えないまま、麻衣は一気に言った。

「まだまだあるんだけど!?」

「いや、ごめん!自覚してるから…」

何が起きても冷静に対処できる京太郎だが、今はまさかの事態に戸惑いを隠せない様子だ。

「あとね。さっきも言ったけど…」

「う、うん」

完全に麻衣のペースに飲み込まれている京太郎を前に、麻衣は急にうつむいてつぶやく。

「元カレのことで嘘ついた件は、ごめんなさい!ちょっと仕返ししてやろうとか、そんな気持ちがあったのは事実だったし…」

「いや、それはもう大丈夫だよ」

京太郎も優しくフォローする。しかしその直後、麻衣はまたグワっと大きく目を見開いた。

「私は京太郎みたいに、自分のこと棚にあげたりしないからぁ!ちゃんと謝ったよ!?」

「ま、麻衣。落ち着いて…」

正直、麻衣自身も自分の言動に驚いていた。人に向かって、ましてや大好きな彼に向かって、こんな風に感情を剥き出しにしたことはなかったから。

大声でまくし立てたせいか、麻衣は少しハアハアと息切れしている。

「あー、スッキリした」

だけど、すべてを吐き出したおかげで、元カノのことは全く気にならなくなっていることに気付く。

「なんで私、あんなにクヨクヨ悩んでたんだろうね。バッカみたい」

麻衣はアハハと笑う。京太郎もつられて笑ったが、その様子を見て「悩んでたのは誰のせい!?」と、再び麻衣は怒りだす。

そして「ごめん…」と、しょんぼりする京太郎を見て、麻衣はケラケラ笑った。

麻衣はなんとなく、数十分前よりも京太郎を近くに感じている。そしてそれは、京太郎も一緒のようだ。

「よかった」

「え?」

「俺たちやっと、本物の恋人になれた気がするね」

「…そうだね♡」

麻衣はこれから再スタートする2人の幸福な関係に、胸を躍らせていた。


Fin


▶前回:「今すぐ会いたいの…」彼氏と喧嘩した女が、元カレをホテルラウンジに呼び出した理由