美は、お金をかければかけるほど育つ。

美容皮膚科に、ネイルサロン。それからサプリメント…。いくらあったって足りないの。

誰もがうっとりするような、手入れの行き届いた美貌。

ーそれさえあれば、魔法みたいに全てが上手くいくんだから。

そう信じて美に人生を捧げてきた27歳OL・ユリカの物語。

◆これまでのあらすじ

仕事で信頼を寄せられていない理由を「だって私、女だから」と答えたユリカ。その言葉に、後輩の淳也は「死ぬほどダサい」と辛辣な反応をする。

さらに次の彼氏も見つからず、仕事も上手くいかないユリカは…?

▶前回:「あなたが美しいせいで…」職場の後輩男子から受けた突然の告白に、女が狼狽えたワケ



―淳也くんって、ほんと意地悪なことばっかり言うのね…。

ユリカ以外の社員たちが慌ただしく活動している、昼過ぎのオフィス。

デスクでテレビ会議をしている淳也を、遠目に眺めながら「給料泥棒」や「生き方がダサい」といった、彼の失礼な発言を反芻する。

―ああ、もうイヤ!

その言葉を思い出すたびに、ユリカの頭の中で「仕事を辞めてしまおうか」という考えがグルグル回るのだ。

集中力がないこと、ミスが多いことは完全に自分のせいだとユリカは分かっている。でも「女だから信頼されない」なんて、今の時代だってよくある話ではないのだろうか。

その証拠にユリカはいつも、会議には呼ばれないのに、大事な会食の場には同席させられる。

―それって“女”として見てるからでしょう?

そしてユリカには、それが嫌ではないのだ。むしろ「ちょっと嬉しい」とすら思う。

だって自分のような美人が、その辺の女と同じ扱いをされるはずがない。そして丁寧に大事に、壊れ物のように扱われると、ユリカは「君は特別」と言われているような感じがしてホクホクするのだ。

ふと、ユリカは顔を上げる。

―それにしてもあの子。言っちゃ悪いけど、ちょっと目障りだわ…。


“目障りな後輩”に話しかけられたユリカは…?

次にユリカが遠目で観察し始めたのは、チームに入ってきたばかりの女性社員・香山 麗だ。

今日の麗も無造作なヘアスタイルに、まるで素肌なのかと思うくらいに自然なベースメイクを施している。軽くアイシャドウは入っているが、化粧っ気はあまりない。

―あれだけなのに、なんだか綺麗。雰囲気美人ってズルいわ。

その時、麗が視線に気付いて顔を上げた。ユリカは思わず目をそらしたが、麗はユリカにほほえみかける。

「ユリカさん、天使の輪がありますね!」

「…えっ?」

「ツヤツヤで羨ましいです。ユリカさんって、ヘアサロンどのくらいの頻度で行くんですか?」

「カットは月1で、トリートメントだけだと月2回は行くよ」

「へえ。私にはそんな時間も、お金もまだないです。仕事がんばろうっと」

そう言ってはにかみながら、麗は腕まくりをして再びキーボードを叩き始めた。

「ああ、そう…?」

ユリカは思わず曖昧な返事をしてしまう。

―やっぱり苦手だわ。無駄にイキイキしてるっていうか…。

麗には何を言われても、どこか小馬鹿にされているようにしか感じないのである。

ユリカは周囲に聞こえないように小さくため息をつくと、PCのメールソフトを立ち上げ、仕事に戻ったフリをした。



その日の夕方。

ユリカがいつものように、オフィスのトイレでイオン導入器を使っていると、個室から麗が出てきた。

「あ!ユリカさん。お疲れさまです。」

「ああ、お疲れさま」

麗は、ユリカが握っている導入器をもの珍しそうに見たが、特にそれには触れなかった。そして洗面台横の小物入れから、自分の小さなメイクポーチを取り出す。

ササっとに頬にパウダーをはたいてから眉を描き直すと、唇に赤いクリアリップを塗る。

1分もかからずに終わってしまった麗のメイク直しを、今度はユリカがもの珍しそうに見つめた。

そんなユリカの視線に気付いたのか、麗は「化粧直し、適当だなあって思いました?」と、少し恥ずかしそうに笑う。

ユリカが慌てて首を横に振ると、麗は笑顔で続けた。

「だって、疲れちゃったんです。私」

「…疲れた?」

「ええ。美容に、疲れたんです。…たとえばこの目」

麗は、自分の目元を指差す。

「今って“二重まぶた至上主義”みたいな雰囲気ありませんか?私もハタチまで、この切れ長の一重にすごく苦しんで。アイプチは何種類も試したけど上手くいかなくて、もうプチ整形しようかなって思ったんです」

「はあ…」

「それでクリニックまで行ったんですけど、いざ手術を受けるとなると怖くて。改めて『自分はなんで二重にしたいんだろう?』って考えたら『世間では二重の方がいいとされているから』ってだけの理由だったんですよ」

麗は長い髪をかき上げながら笑った。

「女の子は二重の方がいいとか、美白でなきゃダメとか、胸が大きくなきゃとか、そういう価値観に、私の見た目はことごとく外れてるので…」

寂しそうに苦笑いする麗の風貌を、ユリカは遠慮なく見て冷静にジャッジする。

―確かに…。よく見たらこの子、ことごとく持っていないかも。


麗がユリカに伝えたかったこととは?

「でも、もうキリがないじゃないですか。世間の理想像を追い求めても。だから辞めたんです。追うことに疲れちゃって」

ユリカは心の中で「なんかかわいそう…」とつぶやいたが、反対に麗は嬉しそうな表情を浮かべた。

「で、アイプチもやめて“モテメイク”を研究するのも終わりにしました。見た目に悩んでる暇があったら、もう好きになっちゃおうって」

そう語る麗の目は、キラキラと輝いている。

「『自分は可愛くて、美しい!』って、鏡に向かって自己暗示をかけるようにしたんです。そうしたら、本当に自分を好きになってきたんですよ!」

「そうなんだ…」

「目つきが悪いって言われるこの目も、意外とアジアンビューティー風で好きだなって、本心で思うようになったり。雑誌にモテないって書かれてたから避けてた、クールなメイクに挑戦したりして」

ユリカはイキイキと話す麗から、次第に圧倒されるようなエネルギーを感じだした。

「そんな風に自分の見た目を好きになったら、学業も、サークルも、恋愛も、全部楽しくなりました。積極的になれたんです」

「へえ…」

「20年ちょっとかけて私が分かったのは、綺麗になって自信がつくと、やれることが増える。だから、“美”はゴールなんかじゃなくて、何かを達成するときの手段なんだなってことです」

麗は、鏡に向かって軽くうなずくと「じゃあ、お疲れさまです!」と仕事へ戻っていった。



1人になった洗面台の前で、ユリカは頬に手をあてる。

「美は手段、か…」

ユリカは大学時代の自分を思い出す。

美容に目覚めた頃は、自分に自信がついてどんどん生きやすくなって、本当に楽しかった。確かに、美容は魔法みたいな道具だと思った。

―でも、今はどうだろう?美容が手段だとして、その先にある目的は?仕事?恋愛?

その問いに、ユリカは答えられなかった。

だって、綺麗になること以上に重要なものなんて、この世にないのだ。

仕事も恋愛も、すべて美容にかけるお金のためにやってきたのだから。

美容はユリカにとってゴールだ。それ以外の目標なんて、ユリカにはひとつも思い浮かばない。

「私って、ヤバイのかな…」

ユリカのため息交じりの声と共に、定時を告げるチャイムが鳴った。


▶前回:「あなたが美しいせいで…」職場の後輩男子から受けた突然の告白に、女が狼狽えたワケ

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「試しに美容をやめてみよう」そう決めてみたユリカが見た世界とは?