誰にだって、人生の中で選択を迫られる瞬間があるだろう。そんなとき、何を軸にして進むべき道を選ぶ?

登場するのは、一見輝かしい人生を送る28歳の女たち。彼女たちには、迷ったときの道しるべとする「人生の羅針盤(コンパス)」があったー。

心に闇を抱えた女たちは、どんなコンパスを頼りに、逞しくしたたかに生き延びるのか。

先週は、「彼と一緒にいられるかどうか」というコンパスの女だった。

今回登場するのは28歳の独身OL、本郷 亜美。総合商社の一般職として働く亜美の、胸の内とは…。

▶前回:お寺に嫁いで4年。義両親との同居、後継ぎ問題。それでも「幸せ」な女の意外なワケは?



『ひさびさ!昨日、令子とオンライン女子会したんだけど、亜美げんきかなーって』
『近々3人で集まりたいね!』

とある木曜日の夜。

亜美が次の日の食事会に備え、自宅でお気に入りのパックをしながらアラームをセットしていると、2通のLINEが届いた。

“RMA♡”というグループ名のLINEグループに、数年ぶりに届いたメッセージ。

読モ時代の同い年の友人、令子とミユと3人のグループだ。

令子のR、ミユのM、亜美のAの頭文字をとって、当時は自分たちをRMAと呼びよくつるんでいた。

−懐かしいし会いたいなぁ。でも、もう私のスケジュールは1ヶ月先までギッシリよ…。

そんなことを思いながらスマホをもてあそんでいると、またしても新しいLINEが届く。

『亜美ちゃん!明日はここに20時でよろしく!』

銀座のお店のURLと共に届いたメッセージは、“堀さん:外銀”からのものだ。

亜美はハッと我に返り、思わずニヤリと笑みを浮かべた。

ーそうよ、明日は期待大のお食事会…!

フットワーク軽くありとあらゆる出会いの場に顔を出してきた亜美のLINEの友達は、総数1,000人を超える。

その人の特徴をLINEの名前に入れておかなければ、どこの誰だかわからなくなってしまうから、男性の名前には必ずその人の“特徴”を書いて保存するようにしているのだ。

−明日は外銀の人たちとお食事会、明後日は最近いい感じの弁護士とデート。明々後日は経営者とのお食事会。

ギッシリ埋まったスケジュール帳を眺めながら、亜美は満足げに頷いた。


食事会での、思わぬハプニングとは?

「お待たせ!」

翌日亜美は、勤める商社の一般職同期の食事会メンバー2人と、オフィスの1階で待ち合わせをした。

ヒールの音を鳴らしながら3人で肩を並べ銀座のお店へ向かっていると、同期の一人が亜美に問いかける。

「亜美、メーカー勤務の年上彼氏と付き合いはじめてどのくらい?こんなに食事会の幹事続けてて大丈夫?」
「付き合って半年くらいかな。うん、もちろん、まだまだ続けるわよ」

さすが亜美、と言って笑う同期2人とキャッキャと話しながら、亜美はちょっとおどけた表情をしてみせた。

お店に到着すること数分。少し遅れて男性陣が到着した。



ー…え?

しかし次の瞬間。男性陣の中の一人の顔を見て、亜美は眉をひそめた。

現れた男性のその顔には、確実に見覚えがある。

相手もそうだったのだろう。じっと亜美を見つめていたかと思うと、気まずそうな様子で声をかけてきた。

「あれ、亜美ちゃん…?」

その声を聞いた瞬間、亜美も相手の名前を思い出し、ぎこちなく返事をする。

「あ…。啓介さん…?ですよね…」

予想外の出来事に、胸がざわつく。亜美は咄嗟に焦りをごまかすように愛想笑いをしたが、男性側の幹事はしっかりと異様な空気を感じ取り、二人を不思議そうに交互に見た。

「あれ?二人は知り合い?」
「いえ…、まあ、ちょっと」

踏み込んではいけない空気を察したのか、幹事の男性は「そうなんだ?」と軽く受け流すと、場を取り仕切り始める。

その後の食事会はいつも通りそこそこに盛り上がったものの、終始、啓介の顔色を気にしながらだった亜美は、気が気ではなかった。

ーヤバイ。終わったらさっさと帰ろう…。

ずっと心の中でそう繰り返していた亜美は、会がお開きになるやいなや、そそくさと店の外に出る。

しかし、逃げ去ろうとヒールを一歩踏み出した亜美は、一瞬たじろいだ。

すっかり頭の中から抜け落ちていたものの、天気予報が言っていた通り、夜を迎えた東京には大雨が降り注いでいたのだ。

ーはあ、ついてない…。タクシー呼びたいけど、ゆっくりもしてられないわ。

亜美はそうボヤきながらも、一刻も早くこの場から立ち去るために、顔を隠すように傘をさそうとする。

だが、その瞬間。後ろから追いかけてきた啓介が、さっと亜美の横に肩を並べた。

「亜美ちゃん、帰り道途中まで送ってくよ」
「あ、ありがとうございます…」

有無を言わせない雰囲気の申し出を断ることができず、亜美は観念する。

そしてそんな亜美に向かって啓介は、いぶかしむような表情を亜美を覗き込みながら、ボソっともらすのだった。

「雅人の彼女の、亜美ちゃんだよね?」


亜美の彼氏・雅人の友人。ピンチの亜美はなんと答える?

「…あ、はい。この間はありがとうございました…」

何と言うのが正解なのか。亜美は、少し挙動不審になりながらも、結局そう答えた。

啓介は、亜美の彼氏・雅人の大学時代の親友だ。つい1ヶ月ほど前に雅人に「このあと啓介と飲むから」と誘われ、交際中の彼女として挨拶したばかりなのだ。

雅人は、メーカー勤務で真面目・誠実・堅実を絵に描いたような彼氏。

とても彼女が奔放にふるまうのを良しとするタイプではないため、親友の啓介が、こうして食事会に現れた亜美のことを不審に思うのも無理はない。

「え、亜美ちゃん、雅人とは別れてないよね?今日の感じだと、けっこう食事会参加してるんだ?」

尋問のような会話に、亜美の鼓動が速くなる。

だが、あまりの気まずさに耐えきれない亜美は、半ば投げやりにこんなことを思った。

ーもう開き直って正直に言うしかないわよね。

そうと決めてしまった亜美は落ち着きを取り戻すと、啓介に向かってにっこりと微笑む。

そして、まるで挨拶をするかのような軽い口調で、はっきりと言い放った。

「まあ。だって、もっと良い人に出会うチャンスは逃したくないんで」

ポカンとした顔で面食らっている啓介に、じゃあ、と一言告げると、亜美は啓介を振り切るように早歩きでその場を去る。

雨が降る銀座は、じめじめとした湿気でむせ返りそうだ。

しばらくして赤信号にあたった亜美は、後ろを振り返り啓介の姿が見えないことを確認すると、ゆっくりと息を吸い込んだあと大きなため息をついた。



ーはあ。今日のことが真面目な雅人の耳に入ると、関係こじれるかもな。

そう思うと一瞬落ち込みそうになる亜美だったが、しばらく考え込んだ後、おもむろにスマホを取り出した。

「まあ、もう雅人のことは、いっか。明日の弁護士とのデート頑張ろうっと」

信号待ちのあいだ、亜美は手に持ったスマホで素早くLINEを打つ。

相手は“章吾さん:弁護士”。

送ったメッセージは、『明日、楽しみにしてます♡』という、たった今の修羅場など微塵も感じさせない軽い文面だ。

LINEを送り終えた亜美は、明日の弁護士とのデートに想いを馳せると、ウキウキと青信号になった横断歩道を歩き出す。

ーだって、しょうがなくない?これが私の羅針盤…コンパスなんだもの。

亜美の人生の羅針盤は『誰もが羨むいい男と結婚すること』。

就職先として商社の一般職を選んだのも、社内に出会いがあるかもと思ったから。

彼氏がいたとしてもほぼ毎日食事会やデートの約束を入れ、新しい男性との出会いを絶やさないのも、いつかいい男と結婚するためだ。

そもそも、今の彼氏・雅人との出会いも食事会だ。

人柄に惹かれ付き合いだしたものの、メーカー勤務、性格・容姿含めて全てが平均的、という特徴のなさに、物足りなさを感じ始めている。

「もっといい男が、絶対いるわ」

そう呟いた亜美は、ふと、雨がやんだことに気付く。

そして、傘をとじながら大きく頷いた。

ー今日の外銀との食事会は予想外だったけど、また別の知り合いにセッティングしてもらおう。

もう一度スマホを取り出した亜美は、まるでレストランでメニューを選ぶかのように1,000人の友達をスクロールする。

「女性陣も集めなきゃなあ。あ、キョウコなんてどうだろう?」

亜美は、ふと思いつき、大学時代の友人・キョウコにLINEを送信した。

「キョウコ、元気?再来週の金曜、食事会あるんだけどどう?」


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社長令嬢・キョウコ。食事会の誘いに返ってきた、予想外の内容とは?