—“何者かになりたい”。

東京で生きながら、漠然とそう願ったことはないだろうか。

複雑に関係が絡み合う、“テラス族”の男女4人。彼らがいつも集うのは、とびきりの雰囲気の中でお酒や料理が堪能できる、東京のどこかのテラス席。

今ここに、熱くて切ないラブストーリーが始まるー。

◆これまでのあらすじ

麗華に対し、宣戦布告した優子。双方傷ついたが、裕太はどうするのか…?

▶前回:「おじさんの相手するのに飽きた?」年の差恋愛をしていた女が、友人から罵倒された出来事



裕太の場合。


—プルルル…プルルル…

日曜の朝10時。休日のこんな時間だというのに、鬱陶しく電話が鳴っている。出なくてはいけないと分かっているが、出る気は一切起きない。

親父の会社が倒産することになり、数週間。周囲があまりにもバタついており、やることが多すぎて、僕は誰かと話したい気分ではなかった。

それなのに、さっきから電話は鳴り止まない。

「何だよ。こんな朝っぱらから」

若干苛立ちながら、電話に出る。

「もしもし裕太?私だけど。朝早くからごめんね…今、お家の下にいるんだけど、どこか近くでブランチでもどうかなと思って」

何故だろうか。電話越しでその声を聞いた途端、とてつもなくホッとした。

そしてここ数週間張り詰めていた緊張が少しだけ解け、肩に重過ぎるくらいにのし掛かっていた何かが外れたような感覚だった。

「…心配してくれてありがとう。10分で用意するから、ちょっと待ってて」


裕太が聞きたかった声の主は、一体誰!?

麗華の場合〜先週の日曜〜


「という訳なんだけど…修二は知ってた?」

あれは、先週日曜のこと。父親から裕太のお父様の会社が潰れたと聞き、一人では抱えきれず、そうかと言って下手に言いふらすわけにもいかず、私が真っ先に頼ったのは修二だった。

「マジか…それは知らなかった。何かできることがあればいいんだけどなぁ。しかしそこまでとなると、相当経営がキツかったのかもな」

恵比寿にある『ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション』の8、9月限定プランテラス席でのフリーフロー。



修二もまさかこんな話だったとは思っていなかったようで、戸惑っている。

花と緑に囲まれた空間で優雅にシャンパンを飲んでいるものの、その雰囲気にそぐわぬ重々しい空気が私たちの間に流れていた。

「何て言葉をかけていいのか分からなくて…」

自分の手元に目を落とすと、先日買ったばかりのパールが3つ並んだTASAKIのリングが、太陽に反射してその輝きを増していた。

「まぁ、俺たちに出来ることは限られているからな。裕太というより、親父さんの問題だし。今はとりあえずいつも通り接しつつ、裕太が必要としていることがあれば全力で助けよう。たぶん本人の生活は何とかなってはいるだろうし」

こういう時、冷静な男性が一人でもいてくれると助かる。いつも冷静沈着な修二のアドバイスに、私は小さく頷く。

「他に何かできることはないのかな」
「そうだなぁ…金銭面で何か工面してあげることはできても、裕太はそんなの望まないだろうし。あと麗華には、特にそういう姿を見せたくないんじゃないかな」
「え…?」

思わずシャンパングラスを置いて修二を見つめた。

「男ってバカだからさ。本当に好きな人に、弱っている姿を見せたくないんだよ。別に頼ってもいいはずなのにな」

そう言って、ふと修二が空を見上げる。

「もう秋かぁ…今年の夏はどこにも行けなかったなぁ」
「そうだね。2020年の夏を振り返った時、私たちはどんな思いを抱くのかな」

二人の間に、優しい風が吹く。いつのまにか少しだけ涼しくなった昼下がりに、秋の到来を感じた。

「私、来週日曜裕太に会ってくる」
「何しに?」
「分からないけれど…何かできればいいなと思って」



—翌週日曜、AM9:30—

「青山までお願いします」

そう言って、私は携帯を握りしめながらタクシーに乗り込んだ。今の私には、何ができるのだろうか。

たぶん私は、考えが甘い。正直ずっと守られて生きてきたし、それが当たり前だと思っていた。だが優子に前回言われた“全然わかっていない”という言葉が、ガツンときた。

—今こそ、変わらないといけない。

誰かに見られたら恥ずかしいと思うような関係の彼氏なんて、もうやめよう。

恵まれているなんてそこまで考えたこともなかったが、世間知らずのお嬢様と言われたとしても、今日からは自分の足で力強く立っていきたい。だって今まで親が注いできてくれた愛情を、今度は私が誰かに与える番だから。

—プルルル…

裕太のマンションが見えてきた。私は車内から、裕太の携帯に電話をかけた。


その時、優子は?まさかの同じ時間に…

優子の場合〜先週の日曜〜


「あ〜〜どうしよう。言いすぎた。やってしまった…」

麗華とランチをした翌日。私は言いすぎたことに対する後悔の念に駆られていた。

いつもは心弾むはずの、テラス席からの人間ウォッチング。だけど今日は、目の前にあるホットコーヒーの湯気をぼんやり見つめるだけ。



自分でも分かっている。私は何てひどいことを言い、どれほど麗華を傷つけたのだろう。

麗華と正面から対決したら絶対に負ける。だから自分を守るため、多少卑怯な手を使ってでも裕太を手に入れたかった。

そんな考えに囚われているうちに、いつしか私の心は鈍くなり、相手を傷つけても平気になっていた。

「麗華、怒っているよね…そりゃそうだよね…」

不意に、大学入学式の日のことを思い出す。

田舎から意気込んで出てきたものの、東京という場所は甘くない。地方にいた頃は自分だってそれなりの家庭で育ったと思っていたのに、ここでは全く通用しないことが恥ずかしくて、初日でかなり落ち込んでいた。

そんな時に最初に声をかけてきてくれたのが、麗華だった。

「カバン、お揃いだね」
「え?」

振り返ると、大学の入学祝いで両親が買ってくれた、当時の私にとっては一番高価で、唯一の武器だったシャネルのマトラッセが麗華と一緒だったのだ。

「本当だ…!!」

そこから、外部生の私を内部生の友人たちに紹介してくれ、事あるごとに何かと気にかけてくれた麗華。

当時、自分がその輪の中に入れたことが嬉しかったのだが、時に彼女たちの存在は眩しすぎたし、とにかく華やかすぎてついていくのに必死だったのかもしれない。

でもそれは、今も同じこと。

出会ってから10年以上経ってもまだ、私は麗華に追いつこうと必死になり、“同じレベル”に行こうともがき、自分を偽っていた。

「麗華と、ちゃんと話さなくちゃ…」

なぜなら、彼女は出会った時から何も変わらない。人に嫉妬することもなければ、変に仲間はずれにしたりもしない。誰に対してもオープンで、そして優しい。

そんな素敵な女性に、私がかなうはずがない。

変わったのは、私の方だ。勝手に嫉妬し、大人になってからもその差を埋められなくて自爆しただけ。

「…来週末、裕太とも麗華とも、ちゃんと向き合おう」



—翌週日曜、AM9:50—

青山一丁目駅の地下鉄の入り口を出ると、見事なまでに快晴で、降り注ぐ陽の光に私は目を細める。

裕太がどちらを選ぶのかは自由だ。だけど、麗華には絶対に謝りたい。だからこそ、先に裕太に会っておきたかった。

少しだけ小さくため息をつき、裕太のマンションへと向かう。

—プルルルル…

青山一丁目から裕太の携帯に電話をかけながら見上げた空は、少しだけ狭く感じて、でもとてつもなく綺麗だった。



【今週末の東京テラス族】

店名:『ラ ターブル ドゥ ジョエル・ロブション』
住所:東京都目黒区三田1-13-1 恵比寿ガーデンプレイス シャトーレストラン ジョエル・ロブション 1F



▶前回:「おじさんの相手するのに飽きた?」年の差恋愛をしていた女が、友人から罵倒された出来事

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次週最終回!壊れかけてしまった男女4人の関係は、どうなるのか。