“思い出”はときに、“ガラクタ”に変わる。

ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。

捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。


合言葉は、ひとつだけ。


「それ、あなたの明日に必要ですか?」



徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザーだ。

“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、新人アシスタントの樋口美桜とともに、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。

今回の依頼人は…主婦・泉果穂(41)と、証券マン・泉悟史(47)の夫婦。

骨董品の収集癖がある夫と、それに我慢ならない妻。衝突する二人が出した結末は?

▶前回:「これが、略奪女の末路です」二番手にしかなれない女の、屈折した日々とは



「お片づけをするにあたって、絶対にしてはいけないことが一つだけあります」

雅矢は、青ざめた顔の果穂に向かってきっぱりと言った。

「他人の物を勝手に捨てること。たとえ家族でも、それは断じて許されることではありません」

「それがゴミやガラクタでもですか?」

果穂は眉をひそめて、ため息をつきながら言った。雅矢はゆっくりと頷き、今度は言い聞かせるように話す。

「はい。たとえ、ゴミやガラクタでも勝手に捨ててはいけません。それに…ご主人の趣味のコレクションは、ゴミでもガラクタでもありませんよ」

雅矢の言葉を聞き、果穂はがっくりと肩を落とした。

「この家に物が溢れているのは、全部夫が原因です。私の荷物は片付いているので、処分する必要も、片付けを依頼する必要もありません。依頼はキャンセルしますので、お引き取りください」

果穂が雅矢のことを睨みながら言った。

「キャンセルを承ることはできますが、本当に良いのですか?ご主人の物を勝手に処分する以外にも、解決方法はあるはずです」

雅矢が食い下がるも、果穂は表情をこわばらせたままだ。

「ありません。主人はガラクタを捨てるつもりはないので」

果穂の態度は頑なであり、そしてとても辛そうだった。どうにかして解決に導きたいのに、うまく言葉が浮かばない。

―こんなとき、美桜さんだったらどうするだろう…。

雅矢は自然と、ここにはいない人のことを考えていた。


雅矢が思い出す、自分の発言とは?

「アシスタントを増やすので、美桜さんは独り立ちの準備を本格的に始めてください」

あの日、雅矢は、美桜にそう告げたのだ。

助手席にいた美桜は、視線を落とすと消え入るような声で「わかりました」と言い、すぐに取り繕うような笑顔を見せた。

「頑張って、一人前の整理収納アドバイザーになります」

あの笑顔を思い出すたびに、雅矢の胸は激しく締め付けられる。これまで味わったことのない痛みだった。

美桜と共に仕事をするようになり、雅矢は変わった。そのことを自覚し、困惑もしていた。

一緒に現場を共にするのは楽しく、新たな気づきもたくさんあった。美桜が依頼人に寄り添って一喜一憂する姿は雅矢にとって新鮮で、お片づけコンシェルジュとして、学びもあった。

一緒に食べる食事はおいしく、お酒も進んだ。あまり誘いすぎるのもいけないと、自分をたしなめるほどだった。

雅矢自身も、よく笑うようになった。明るくなったと言われることが増えた。その自覚もある。

ただ…一方で困惑することも多かった。

前回の愛美の依頼を受けたときもそうだ。必要以上に感情が乱れるのだ。

少しのことで苛立ったり、必要以上にきつい態度に出てしまったり、その度に美桜を困らせ、傷つけているだろう。

―もう、美桜さんと離れた方が良い。これ以上側にいても、彼女を傷つけるだけだ。

彼女のために…と、自分に言い聞かせるように、雅矢は心の中で繰り返した。

しかし。

美桜とあえて距離をとっても、気持ちは不安定なままだった。

そのせいか、仕事でもスランプを感じ始める。整理収納アドバイザーの仕事は天職だと思っていたし、だからこそ挫折など感じたこともなかった。

それが今、一番のピンチに陥っていた。

依頼人の果穂と、アンティークトイのコレクターである夫の悟史は深刻な顔をして、雅矢の前に並んでいた。



「離婚します。もう、それしかありません」

そう言ったのは、悟史だった。果穂はただ青ざめた顔で俯いている。

「悟史さん、コレクションが大切なお気持ちはわかりますが、それでは奥さんよりアンティークトイの方が大切だという風に取られても仕方ありません」

想像していなかった展開に雅矢は青ざめるが、悟史はきっぱりと言い切った。


離婚という言葉の真意は?

「コレクションを選んだわけではありません。変わってしまった妻に愛情を持てなくなったんです。これまでずっと僕の趣味を尊重してくれていたのに、急に、中古品なんて汚い、気持ち悪いって言い出して…。大切なコレクションや僕の趣味をそんな風に否定するなんて…」

悟史がそこまで言うと、隣にいた果穂は顔を覆い、小走りに部屋を出て行った。

「果穂さん!」

そう声をかけたのは雅矢で、悟史は振り返ることもなかった。

そして「どうして、あんなに変わったんだろう」と独り言のように呟くと、じっと雅矢の顔を見据えた。

「というわけで、雅矢さん。ご迷惑お掛けしてしまいすみませんでした。私たちは離婚しますので、今回の依頼はキャンセルさせていただきます」

雅矢は、なんと返事をして良いのかわからず、「わかりました。また連絡します」と絞り出すように言った。そして「力になれなくてすみませんでした」と詫びて、部屋を後にした。

雅矢にとって、はじめての仕事の失敗だった。

認めたくないが、そうとしか言いようがない。

味わったことのないショックに、思考が止まる。ふいにスマホを取り出して、LINEの履歴から美桜の名前を探していた。

―何してるんだろう。ダメだ…。俺が突き放したのに。

慌ててスマホから目をそらしたものの、溢れ出した感情が止まらない。

美桜の声が聞きたい。笑顔が見たい。話を聞いてもらいたい。

叱ってもらいたい。励ましてもらいたい。笑い飛ばしてもらいたい。力になってもらいたい。

―美桜さんに…会いたい。

暴走しそうな気持ちを抑えるように、雅矢はうつむき、歯を食いしばった。

思わず、名前を呟く。

「美桜さん…」

そのときだった。

「呼びました?」

聞き慣れた声に弾かれたように顔を上げると、そこには、美桜が立っていた。



「美桜さん。どうして…」

「どうしてって、今、私の名前呼んでいませんでした?」

美桜はいたずらっぽい笑顔を見せると、こう言った。

「雅矢さんの様子がずっとおかしいから、心配で待ち伏せしていました。顔真っ青だし、体調でも悪いのかなと思って」

雅矢は、全身の力が抜けていくのを感じる。自分の「会いたい」という思いが見透かされていたような恥ずかしさと、湧き上がるような嬉しさ。衝動を抑えるのに精一杯だった。

「大丈夫ですよ。ご心配かけてしまいすみません。…美桜さんと一緒にパフェを食べれば、きっとすぐに治ります」

雅矢が美桜に一歩近づくと、ひるむことなく、美桜も雅矢に笑顔を向ける。

「私が、ごちそうします」

雅矢もようやく笑顔を見せて「ごちそうになります」と少しおどけて言った。


急に現れた美桜が告げたことは?

『千疋屋フルーツパーラー』で、雅矢と美桜は一つのパフェを二人でつつきながら、話をした。

「…というわけなんです」

雅矢は、一気に今回の依頼について美桜に話した。普段、仕事の相談やグチなどを言うタイプではないが、もう、完全に美桜に心を開き、信頼しているということを、雅矢も実感していた。

美桜は話を一通り聞くと、何かを感じたように「私が依頼人と話します」と言い、あれよあれよといううちに、その場で果穂と美桜が会う段取りが進んだ。

「美桜さん、本当に頼もしいパートナーになってくれましたね。もう、とてもアシスタントとは言えませんよ」

雅矢の言葉を受けて、美桜も一つ決意を伝える。

「この仕事が成功したら、私のお願いも聞いてもらえますか?」

雅矢は「わかりました」と言うと、この依頼の結末と美桜の”お願い”について、期待と不安で胸を膨らませるのだった。



「果穂さん、ご懐妊でした」

「え?!」

雅矢さんが驚きのあまり素っ頓狂な声を上げると、美桜は少し表情を崩した。

「旦那さんも、同じような顔していました。どうも、まだ伝えてなかったみたいで」

「それで二人は?」

「もちろん、仲直りしましたよ。手を取り合って泣いていました。ずっと赤ちゃんに恵まれず、予期せぬ嬉しい妊娠だったそうで、果穂さん本人も知らなかったそうなんです」

「それを、美桜さんが気づいたんですか?僕の話を聞いただけで?」

美桜は頷くと「つわりで匂いに敏感になったり、衛生的にも神経質になるって聞いたことがあるので」と言う。

「僕には、まったく思いもよらないことです…。すごいですね」

「私も妊娠したことないので、聞いた話ですが。あ、ちなみにお片づけの依頼は再開することになりましたよ。子育てと、コレクションが共存できるおうちを目指しましょう!」

美桜は終始笑顔だったが、雅矢は複雑な感情が入り乱れ、うまく言葉を続けることができなかった。

「美桜さん。本当にありがとうございます。これは、僕にとって初めての失敗です。あなたがいなければ、みんな不幸になっていました」

「大げさですよ。片付けができないからって、不幸になるわけじゃないんです。ただ、散らかっているだけです」

雅矢は美桜の言葉にハっとする。

片付けられた部屋は幸せの象徴で、片付かない部屋は不幸そのものだと、思い込んでいたのは自分なのだ。

そんな思い込みで自分や人を追い詰めてしまったなら、片付けで不幸を生み出すことだってありえるだろう。

「美桜さん、このご夫婦のお片づけ、一緒に担当しませんか?果穂さんは妊婦さんということで、安静にしていてもらいたいし、僕にはあなたが必要です」

美桜は大きく頷くと、こう言った。

「もちろんです。ただ、雅矢さん。私との約束、覚えていますか?願いを聞いてくれるって…」

美桜は雅矢の目をじっと見据え、雅矢はゴクリと唾を飲んだ。


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美桜が雅矢に告げた「願い」とは?ついに2人は…?