スマートフォンが流通した現在、時計は単なるモノではない。

小さな文字盤の上で正確に時を刻みながら、持ち主の“人生”を象徴するものだ。

2020年、東京の女たちはどんな腕時計を身につけ、どういった人生を歩むのかー。

▶前回:抱き合って寝ても、翌朝は1人ぼっち。「絶対タクシーで帰る」という男を3年半待ち続けた女



【Apple watch series 4を身に着ける女】

名前:光
年齢:37歳
職業:会社経営
家族構成:夫(38歳)息子(4歳)
住まい:代官山


マウンティング主婦は、気楽でいいなあ


「秋の新作のDiorのスカート可愛いよ!担当さんに勧められたけど、もうチェックした?」

隣にいる女たちの騒々しい会話が、耳に入ってくる。

今日は、先輩経営者・温美さんと『Ivy Place』でブランチの約束。

彼女たちの話は、新作のファッション話にとどまらない。旦那の愚痴に、海外に行けないこのご時世、いかに国内での夏休みを満喫したか…など話を次々と繰り広げる。

―はあ、優劣をつけるのが本当に好きだなあ主婦って。暇なら稼ぎなさいよ。

心の中で毒づきながらも、こういう人生も気楽でいいなあと思う。

―彼女達は子供との時間も、たくさんあるのだろうな。

席でメールをチェックしていると、『意思は変わりません』という旨のメールがやはり来ていた。

仕事は大好きだし、光は周囲から愛情と面倒見の良さを褒められることが多い。

だが社長業の大変さは想像以上だった。一難去ってまた一難、を延々と繰り返す。

仕事に夫、そして子育ての時間を考えると、1日が24時間なんかでは到底足りない。

「あれ、光さんなんか渋い顔してますね、今日」

夫の提案で、数年前から出勤前のヘアセットをスタイリストの“志寿ちゃん”にお願いしているのだが、今朝は彼女にも指摘された。

―顔に落ち込みが出るなんて私、最低…。

落ち込んでいる理由は、昨晩聞いた、若手社員からの驚くべき発言だった。


これが現代の新卒の価値観…?理解できない言動に、驚きが止まらない女社長が出した結論は・・・

新卒入社6か月目の彼女の衝撃的な一言


珍しく「社長にお話があります」と呼び止められ、嫌な胸騒ぎがしていたが、その予感は的中した。

「光さん。頑張ったのですが、自分には向いていませんでした。辞めます」

呆気に取られてしまい、彼女を睨みつけるかのように凝視してしまった。

向いていないって、まだ働き始めて間もないではないか。

―石の上にも三年は古いにしても、そんな簡単に今の子は辞めるの?

心の中の声を今、出してはいけない、と思いひとまず言い分を聞こうと決めた。

光の会社の社員は約30名、そのうち8割強は女性だ。そして「新卒を採用してみよう」と初めての試みで採用されたのが、彼女ともう1人。

一生懸命な新卒2人の姿に光は感心していた。それに周りも感化され、既存社員も以前に増して生き生きしているようだった。

出来る限り、彼女たちへ配慮した仕事や組織の仕組みを作ってきた自負が、光にはある。

―好き嫌いとかではなく、とりあえず結果を出すまでやってみる、という考えはもう古いのかなぁ…?

イライラする気持ちをぐっと抑えて、なるべく穏やかな声で投げかけた質問に対し、彼女は飄々と言ってのけた。

「もっとバランスよく生きたいんです。好きなものとか、向いている仕事したいし。あと、結婚もしたいし、子どもにもいずれ時間使いたいし。そんなに誰でも頑張れません、光さんみたいに」

バランスって…。まだ仕事らしい仕事、してないじゃない。それに、私に対して子どもに時間を使っていないとでも言いたいの…?

―楽して、何でも手に入れてきたなんて思わないでよ。

確かに、人より子どもにかけられる時間は少ないが、愛情表現は人一倍しているし、一緒にいることが子育ての全てだとは思っていない。

仕事だって苦労して、やっとここまできたのだ。結婚だって継続が難しい中、お互いを思いやりながら何とかやっている。決して楽ではない。

きっと若い彼女は、インスタグラマーやYoutuberで稼いでいる人を見て、好きな仕事だけで楽に稼げると思っているだろう。

だがこうして思うことはあるにせよ、一度社員になった以上、簡単に諦めさせたくない。

―世代間の働くことや人生への価値観の違いは、本当に難しい。

彼女は、薄手のパステルカラーのワンピースの裾をなびかせて「お先に失礼します」と席を立った。だからそれ以上は追求せず、ひざの上で組んでいた手を、右手は頬杖、左手は机の上へ伸ばした。

視界に入ったのは、最近お気に入りのApplewatch。



高級時計も飽きたし、3歳になったばかりの息子と思いっきり遊ぶときに着けられる時計はないかな、と探していた。

そんなとき温美さんに「初めて新卒を採用した」と報告すると、「頑張っているね」とプレゼントしてくれたのだ。

若い子の価値観が分からないなんて温美さんに相談したら、なんて言うだろう。


アラフォー女社長の、意外な回答とは・・・?

諦めることも大事だったりする


モヤモヤと考えごとをしていたら、温美さんが来た。

「ごめんね!電話が長引いちゃって、お待たせ」

温美さんは、太陽のようにいつも周囲を明るく照らす。今日もトレードマークのYOKOCHANの黒いワンピースを身にまとい、栗色のミディアムヘアーを無造作に巻いていた。

アイラインで強調された目を細め、じっくりとメニューを吟味する彼女の姿にしばし見惚れる。派手な印象だが、そのゴージャスな雰囲気は美しく、とても40過ぎには見えない。



温美さんとは昔仕事で一緒になり、今はお互い社長で、しかもご近所だ。そして彼女の下の子が、光の子どもと同い年と分かり、急速に距離が縮まった。

光が昨日の新入社員の話をすると、彼女はこう言った。

「諦めることも、大切なんじゃない」

―いつも何事も諦めないって言うのに珍しいな

さっぱりした回答にそう思っていると、温美さんは面白いことを言い出した。

「…実は15歳下の彼氏ができて、その子もそんな価値観なんだよね」

―さすが恋多き女。温美さんが42歳だったはずだから、彼氏は27歳くらいか。

温美さんはたしか、上の子のパパが元旦那。そして下の子のパパとはすぐに別れていたことを思い出した。

話を聞くと、温美さんの会社も若手社員が定着せず、15歳年下の彼氏に深夜のデートで相談したらしい。

「諦めも肝心だと思うよ。粘るだけが全てじゃないし。それに、同世代のYoutuberとか見てたら、何とも言えない気持ちになる」

彼氏からそう言われ、その時に“諦める”という選択肢を知ったのだという。

「でもさ、必死だったよね。分かってくれない人に分かってほしかったし、何事も“諦めたら終わりだ”と思っていたから、ここまで来れたもの」

その温美の言葉に、ものすごく共感した。

会社を立ち上げる前から、仕事も恋愛も全部手に入れたいって必死だったし、とにかくすべてに焦っていた。

―……でもそっか。諦めるっていう価値観を知ろう。

彼女は惜しかったが、仕方がないと割り切ろう。きっとまた別のご縁があるはず。

「たまには、仕事休んで子どもと遊びな!」

別れ際、“またね、と言っても近所だけど”という言葉とともに、温美さんに言われた。

時計を見ると、まだ11時少し前。

―今日は子供と遊んじゃお

重要な会議や仕事がないことを秘書に確認し、「今日は休む」と告げる。

みんなごめん、と思いながらも、たまのわがままを許してもらうことにした。

このツケは明日明後日で降ってくるが、仕方がない。今日はどうしてもこうしたいと思ってしまったのだから。

退職相談のメールには、「分かりました。手続等の諸々は上司に相談してね」とだけ返信した。

―新しい価値観を受け入れることも必要、か。

確かに、Applewatchだってアップデートされている。

わたしもアップデートが必要だな、そう反省した。


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