—“何者かになりたい”。

東京で生きながら、漠然とそう願ったことはないだろうか。

複雑に関係が絡み合う、“テラス族”の男女4人。彼らがいつも集うのは、とびきりの雰囲気の中でお酒や料理が堪能できる、東京のどこかのテラス席。

今ここに、熱くて切ないラブストーリーが始まるー。

◆これまでのあらすじ

同じタイミングで裕太に電話をかけた優子と麗華。裕太が声を聞いて“ホッとした”相手とは!?いよいよその三角関係の結果が出る…

▶前回:落とせそうな女か、手に入らぬ高嶺の花か。二人の女から同時に来た電話、男が取ったのはどっち?



裕太の場合。


「ごめんね。日曜の朝早くに、急に呼び出して」

僕は急いで支度をし、マンションのエントランスへ向かう。革張りのマンションのソファーに座って待っていてくれたのは、麗華だった。

「いや、全然。どうした?突然」
「ちょっと裕太の顔が見たくなって。ブランチでもどう?」

食欲はないが、麗華の笑顔につられて頷いてしまう。そして僕達はタクシーを拾うため外に出た。

「ごめんね。私、何も知らなくて」
「え?」
「お父さんの会社のこと。先日聞いたんだよね」

—“ごめんね”?どうして麗華が謝るんだろう?

そうか、僕は今麗華から見ると、“かわいそう”な存在なのか…。

そんなことをぼんやりと考えながらタクシーに乗り込もうとした時だった。

通りの向かい側に、呆然と立ち尽くす優子の姿があった。


二人の女に挟まれて、裕太が取った行動とは…!?

「優子…」
「ん?優子がどうしたの?」

麗華が不思議そうな顔で僕を見つめる。その時、僕の視線の先には優子がいた。

「ごめん麗華。先に行ってて。後で追いかけるから」
「え?裕太…」

困惑している麗華をとりあえずタクシーに乗せると、優子の方へ僕は駆け寄った。

「優子、どうした?」
「ううん、ごめん。麗華と一緒だったんだね。こんな朝早くから…」
「さっき連絡があって、急に来たんだよ。別に、朝帰りとかじゃないから」

—あれ?どうして僕は一生懸命弁明しようとしているんだろう…。

目の前にいる優子がとても小さく見える。麗華を先に店へ送り、僕は優子の元へ来たが、果たしてこの選択は正しかったのだろうか?

けれども、さっき麗華から言われた“ごめんね”という一言が、どうしても頭から抜けなかった。

麗華のことは好きだけど、一緒にいると苦しくなる。今の自分には不釣り合いだし、これからもずっと彼女の背中を必死で追いかけていくことになるのは目に見えている。

でも麗華は、僕にとってある意味、初恋のようなもの 。ずっと大切で、かけがえのない女性。それだけは変わらない。

だからこそ、僕の中で麗華はずっと、そんな特別な存在でいてほしいと思っている。

「優子、お腹空かない?三人でブランチしよう」
「え?一緒に?いいのかな、私お邪魔して…」
「なんで、いいでしょ。別に俺たちみんな友達だし」
「そうだけど…」

こうして、戸惑う優子と共に、麗華が待つ『オーバカナル原宿』へと向かった。



「え?優子?」

店にやってきた僕たちを見た途端、麗華は呆気に取られていた。そりゃそうだろう。二人でのブランチの約束だったのに、優子も連れてきたのだから。

微妙な空気に包まれて、僕は不意に考える。

男女の友情は、成立するのだろうか。

優子のことは友達だと思っているが男女の関係にもなったし、麗華も大切な存在だけど友達でもある。

アイスコーヒーの水滴を見つめながら、僕達の関係はなんなのだろうかと自問自答を繰り返さずにはいられない。

そんな中、優子が口を開いた。

「麗華、ごめんね。この前のこと、ちゃんと謝りたくて。本当にゴメンなさい」
「ううん、いいの。私の方こそ、知らないうちに優子を傷つけていたのかなと思って…ゴメンね」

女同士で謝りあっている光景を、僕は黙って見つめていた。

僕達4人の友情の形はいびつかもしれないけれど、この広い東京で出会えたこと自体が奇跡なのかもしれない。

そして愛する人がいて、大好きな友達がいて、平和にテラスでお茶をする。こんな日常が、何気に一番幸せなのだ。

「こうなったら、修二も呼ぼうぜ」
「そうだね。こんなにもいいお天気だし」

原宿の空は青く澄んでいて、見事な秋晴れだった。


結局裕太が選んだのは…。それぞれの道へ歩み出す…

優子の場合。


「ごめん、優子。優子のことは好きだけど、交際はできない」

タクシーに乗り込む修二と麗華を見送った後、裕太からきっぱりとそう言われた。“乗せていくよ”と言われたものの、私たちは断って何となく表参道方面へと二人で歩いていたのだ。



「ごめん。俺はやっぱり麗華が好きなんだと思う」
「そっか…」

分かっていたことだったが、改めてハッキリと言われるとショックでもある。

「曖昧なままでも良かったのに」

むしろ、曖昧にしてほしかった。

「うん。何かもう、そういう自分が嫌になって。今までの俺だったら物事をうやむやにして何となく逃げていたけど、仕事からも自分の人生からも逃げたくないんだよね。今のままだと、優子も麗華も傷つけることになるから」
「裕太…」

その時、私は悟った。裕太はもう、前を向いて歩み始めていることに。今隣にいる裕太は、私が知っている今までの裕太よりずっと強い。

強くて、自分の人生にちゃんと責任感を持って生きている。

「裕太、何か変わったね。悔しいけどカッコイイよ」

裕太が麗華を選んだのは、ある意味必然だと思う。

私は正直、心のどこかでいつも思い描いていた。

裕太と交際し、結婚したら人生大逆転になるかもしれない。自分の力ではなくて、結婚という切り札さえあれば人生が変わると本気で信じていた。

だけどそのままでは、私は一生幸せにはなれないだろう。それだと、永遠に幸せの基準が他人と比較することにあるから。

「私も、もう無理をするのはやめようかな」

ずっと、背伸びをして生きてきた。

素敵な彼氏に、年収1,500万以上の夫。港区や渋谷区にある自慢できるような住まい。インスタのフォロワー数10K以上、高級ホテルで可愛い女友達とアフタヌーンティー。エルメスのケリーに幼稚舎受験…

この東京でキラキラした人達が持っている必須アイテムを集めたくて、必死にもがいてきた。

何者かになりたくて、いつかみんなから存在を認識されるような、特別な誰かになりたくて。

「みんなのような世界に憧れて、少しでも自分をよく見せようとしてきたけれど…これからは、自分らしく生きようかな」

必須アイテムを全て手に入れることなんてできないけれど、そもそも、そんなアイテムは必要ない。

東京でもがいて、必死に頑張っている私も案外悪くはない。それも自分だし、与えられた場所でちゃんと花を咲かせたい。

「そっか。っていうか、優子お前無理していたのか?ごめんな、気づかなくて」
「本当に裕太って、世間知らずというか鈍いよね…そもそも、電車の乗り方とか知っているの?」
「それくらい知ってるわ!」

すっかり人の気配が戻ってきた表参道では、行き交う人が背中を丸めながら全員マスクをしている。それは異様な光景ではあるものの、今日もこの街は美しい。

「ちゃんと麗華に好きって言いなよ」
「いや〜麗華の前に立つと緊張するんだよなぁ…」



「なぁ、俺たちこのままでいいのかな」

数ヶ月前に裕太が放ったこの言葉が、全ての始まりだった。時に傷つき、ケンカもしながら駆け抜けたこの3ヶ月。

私の中で何かが終わり、そして新たなスタートとなった2020年の夏。10年後に振り返った時、この光景をどう思い出すのだろうか…

ただこれだけは言える。

どんな瞬間もかけがえのない時間であり、そして人生に無駄な時間など何もない、と。


あの人の存在を忘れていませんか…?番外編!

おまけ 〜修二の場合〜


—裕太:修二、今何してる?優子と麗華の三人で原宿の『オーバカナル』のテラス席にいるんだけど。

日曜、朝10時。

二日酔いの頭を抱えながら携帯を見ると、裕太から連絡が入っていた。

「また“テラス族”してんのかよ。というか、裕太も呑気だな〜」

シャワーを浴び、ぼうっとする頭を少しだけスッキリさせて車に乗り込む。

「にしても、あの三角関係は結局どうなったんだろう」

原宿へ向かいながら、素朴な疑問が浮かぶ。優子も麗華も、同じ男を争っているはずなのに、普通に友達としてやっていけるのが不思議でたまらなかった。

そういえば、優子の僕への変なアプローチは何だったのだろうか。

「あれ?まさか俺、当て馬にされた…?いや、そんなはずはない」

一人で呟くと、僕はアクセルを踏み込んだ。



「よっ」

原宿駅の目の前にあり、人が行き交う様子を見下ろせる広々としたテラス席へ到着すると、なぜか優子と麗華が手を取り合っていた。

「どういう状況??」

裕太に目配せをしてみるが、お気楽な裕太は全く気がつかない。

「修二、遅いよ〜」
「相変わらず本当に遅刻魔だなぁ」

—いやいや、お前らが急に呼び出したのにも関わらず、結構早く来たよ?

僕は呆れて三人を見つめる。正直、やっていることは幼稚だし、狭い世界で好きだの嫌いだのを繰り返し、仲良しごっこなのかとも思う。

だけど僕は案外、このメンバーが好きなようだ。

「まぁよく分かんないけど、とりあえず今日もいい天気だな」

「出た!修二っていつもそうやってカッコつけているよね」
「そうそう。こいつは昔からそういうところがあってさ」
「修二は自分のことをかっこいいと思ってそう」

また三人が何か言っている。けれどもそんな彼らを眺めながら、開放的なテラスで飲むコーヒーが特別旨く感じるのは、気のせいだろうか。

「東京テラス族、かぁ」

もう一度空を見上げて、僕は微笑んだ。秋が終われば、冬がやって来る。本格的に寒くなる前に、もう少しテラス席を楽しもうと思いながら。

Fin.



【今週末の東京テラス族】

店名:『オーバカナル 原宿』
住所:渋谷区神宮前1-14-30 WITH HARAJUKU 3F



▶前回:落とせそうな女か、手に入らぬ高嶺の花か。二人の女から同時に来た電話、男が取ったのはどっち?