「恋愛では、男が女をリードするべきだ」。そんな考えを抱く人は、男女問わず多いだろう。

外資系コンサルティング会社勤務のエリート男・望月透もまさにそうだ。これまでの交際で常にリードする側だったはずの彼。

ところが恋に落ちたのは、6歳上の女だった。

年齢も経験値も上回る女との意外な出会いは、彼を少しずつ変えていく。新たな自分に戸惑いながら、波乱万丈な恋の行方はいかに…?

◆これまでのあらすじ

友人・大也によって、朱音に離婚歴があることを知った透。それでもなお、彼女のことが気になって仕方ない。ついに初デートを迎えるが…?

▶前回:悪友にそそのかされ、覗いてしまった彼女の姿。男がそこで知ったショッキングな事実とは…



−随分変わったな。

透は、人気のない大手町を歩きながら、朱音との待ち合わせ場所へと急いでいた。

この辺りには仕事で来ることもあるが、その際は街並みを見ている余裕がなかった。改めて見回してみると、高層ビルが一段と増え、雰囲気も随分変わったように思う。話のネタになりそうだと思いながら、ビル街を進んでいく。

今夜は、彼女との初めてのディナー。悩みに悩んだ結果、『ピニェート』を予約した。

新たにオープンしたレストランだったら、まだ彼女も来たことがない可能性が高いと踏んだのだ。

実際はここに至るまで、朱音を喜ばせようと相当な気合を入れて情報収集した。だが彼女の前では、“この機会に来てみたかったので”とあくまで自然に、涼しい顔をするつもりだ。

約束の20分前に着いた透は、化粧室で自分の身だしなみを確認した。

こういうと感じが悪いが、デートでは時々、仕事が押したりして遅刻してしまうこともある。どちらかといえば女性を待たせる側だった自分が、20分前行動なんてどうかしている。

店の入り口で自分の名を告げ、席に案内してもらうと、まだ朱音の姿はなかった。透は、緊張しながら彼女の到着を待った。

19時ちょうど。

店員に促されて入ってきた朱音は、透の姿を捉えると小さく手を振り、ニコッと笑った。


ついに食事することになった2人。ディナーは意外な方向に…?

初デート


「とっても素敵なお店。今日は、ありがとうございます」

目の前に現れた朱音は、黒のシックなワンピースに身を包み、クラッチバッグを携えていた。

カフェで見る姿も美しいが、今宵の彼女は一段と綺麗だ。ぐっと大人っぽく、色っぽかった。

自分なりに彼女の隣にいて恥ずかしくない程度にはおしゃれしてきたつもりだが、本当に大丈夫だろうかと不安になる。それほどに、朱音は輝いていた。

「いえ、こちらこそ。新しく素敵なお店が出来たと聞いて、僕も来てみたかったんです。…とりあえず、注文しましょうか」

彼女が席に着いたのを見計らって透が提案すると、「私、スパークリングにしようかな」と朱音が答える。

その後も、彼女はさりげなく「私、これ食べてみたいな」と可愛らしく言ってくるので、透は変に悩まずに済んだ。



「望月さんって、具体的には会社でどういう仕事しているんですか?」

グラスに口をつけた後で、朱音がにっこり微笑みながら尋ねた。

「そういえば、ちゃんと話したことなかったですよね」
「ええ、コンサル、とは聞いていたんですけれど」

透は現在、政府系の案件にアサインされている。一時期、色々とマスコミを賑わせていた案件でもあった。

とはいえ、社外の人に機密情報を話すわけにもいかないので、仕事の内容を差しさわりのない範囲でざっくり説明する。

これまで透は、女性との会話ではあまり仕事の話はしないようにしていた。

今までデートしたことのある女性は、身を乗り出して「外コン?すごーい♡」とは言うものの、それ以上深い話になると、わけがわからないというような表情を浮かべるだけで、会話がかみ合わなかったからだ。

しかし、朱音は違った。

同業者でなければ伝わりにくいであろう話をしても、ピンとくるようで、会話のキャッチボールがスムーズに成立しているのだ。

「…すみません、専門的な話ばかりしても、つまらないですよね」

「いえ。普段聞けないお話ばかりで、すごく面白いです」と朱音はさらりと言ってのけたが、やはり彼女は、普通のOLとはレベルが違う気がする。

聞けば朱音は、とある外資系メーカーの重役秘書らしい。英語とフランス語を操るということも分かったが、それ以上自分のことを詳しくは話さなかった。

彼女は、透の話を興味深そうに聞いていて、時折鋭い質問を入れる。そんなやりとりが透には新鮮で、そうこうしているうちに時間はあっというまに過ぎ、閉店の時間となった。

「同じ方面だし、タクシーで帰りませんか。ご馳走になったので、ここは私が出します」

レストランを出た朱音は、車寄せに向かいながらそう言った。透も、帰りをどうするか迷っていたので、こう言ってもらえるとありがたかった。

「そうですね」

驚いたのは、タクシーに乗る直前の彼女の言葉だ。

「車内で会話は控えましょ。せっかく感染対策をしてくれているのに申し訳ないわ」

その言葉通り、朱音は静かに外を眺めていた。透は、その美しい横顔をちらりと盗み見ながら、何を考えているのだろうと思った。

同時に、数時間も一緒にいたのに、彼女のことをほとんど聞けなかったという後悔の念に駆られた。自分ばかりが話してしまって、彼女は楽しかったのだろうか。

−次も誘って良いのだろうか…。

ぼんやりと考えているうちに、タクシーはいつものカフェ前に到着した。

「ありがとうございました」

ハッとした時には、遅かった。気づけば朱音は、さっさと支払いをしてしまっていたのだ。

「今日は、とっても楽しかったです。じゃあ、また」

そう言うと朱音は、くるりと踵を返して自宅方面へと歩き出す。

「送りましょうか」と言う暇もなく取り残された透は、彼女の姿が見えなくなるまで、その場で見送ることにした。



家に帰ってからも、今日のことを思い出していた。

一言で言えば、とても心地良かった。勝手にあれこれ悩んでいたのがアホらしくなるくらいだった。

変なプレッシャーを与えられたりもしないし、気負うこともない。

−また会いたい。

この時初めて、透は自分の朱音への気持ちが確かであることに気づいたのだ。


一方の朱音。透との初デートを終えて何を思う…?

邪魔するプライド


デートの翌日。朱音は、友人の葵に会っていた。

「楽しかったなら良かったじゃん」

朱音の話を聞き終えると、葵はワイングラスを傾けながら笑った。

透との出会い、知り合って過ごす中で憎からず思っていたこと、そして先日ついに一緒に出掛けたことを報告したのだ。

「そうなんだけど。でも…」

「じゃあそれでいいでしょ。なにが問題なの?」

正面からそう聞かれると、答えに窮してしまう。

「うーん…」

なにが問題か。そう改めて問われると難しい。

透は、背も高いしルックスも悪くない。頭の回転もなかなか速いし、ユーモアのセンスに欠けるということもなさそうだった。この近辺に居を構えるのであれば収入も悪くないだろう。

彼のアプローチに尻込みをする理由があるとすれば。それは…。



「年齢のこと?」

図星だった。

黙りこくった朱音に、葵は畳み掛けるように言った。

「知ってる? 今の日本人女性の平均寿命は87.5歳で、男性は81.5なんだって。6歳差ならちょうど良いんだよ。片方に寂しい思いをさせないで済むよ」

あまりにも先の話すぎて思わず苦笑いしてしまったが、葵が透との今後を応援しようとしてくれていることは分かった。

「でも弟よりも年下なんだよ?」

「はぁ?」

葵は、思い切り眉間に皺を寄せ、声のボリュームを上げた。

「朱音がどう考えるのも勝手だけど。年齢差が嫌なら、はじめからディナー断れば良かったじゃない?」

朱音は口をつぐんでしまう。すると、彼女は見かねたようにこう言った。

「そんなに気乗りしないなら、もう連絡するのやめたら?」

「…それは、いや」

半ば反射的に、“いや”という言葉が口をついて出る。そのことに自分でも驚いた。

彼に時間を使わせるのが悪いと思っているのも事実だが、一方で透のことが気になっているのも事実だった。

はっきりしない朱音に、葵はさらに語気を強める。

「彼のこと、気になってるのが本心なんでしょ?それなのに、朱音が“時間を使わせるの悪いし”って、無理に引き下がろうとする理由ってなに?」

葵はいつもこうやって、人の心の中にずかずかと踏み込んでくる。

「傷つきたくない、プライドでしょ」

がん、と頭をハンマーで殴られた気分だった。朱音が俯くと、葵は少しバツの悪そうな顔をする。

「…ごめん。ちょっと言い過ぎた」

「ううん。ありがとう。おかげで、自分の気持ちに気付けた」

彼女の言葉は衝撃的だった。しかし、それがなければ朱音は自分から動けずにいただろう。多少のダメージは覚悟の上で、葵に相談したのだから、やはり思い切って話してよかった。

「いずれにせよ、彼じゃなくたって男は探すべきよ。私たちの年齢だと、今後出会いだって少なくなるでしょ、絶対」

葵は、その場の空気をとりなすように言った。

「まぁ、それはそうかな」

こうして葵に背中を押された朱音は、その夜、透にメッセージを送ったのだ。

“先日はありがとうございました。また今度、食事に行きませんか?”



ようやく、お互いの気持ちに気づいた透と朱音。

だが、本当の闘いはここからということに、後から気付くのだった。


▶前回:悪友にそそのかされ、覗いてしまった彼女の姿。男がそこで知ったショッキングな事実とは…

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透にきちんと向き合うことを決めた朱音。しかし2人のもとに現れる、1人の女の正体は…?