都会に生きるOLの収入源は、ひとつじゃない。

昼間にweb編集者として働く水島結花は、副収入を得るための“夜の顔”を持っている。

―だけど、もう1つの姿は誰にも見せられない。

しかし彼女のヒミツは、ある日の出来事をきっかけに暴かれていく…。

◆これまでのあらすじ

周囲に内緒でネットアイドル活動をしている結花。ある時から、配信中に奇妙なコメントが届くようになってしまった。さらにストーカー被害にまで悩まされるようになる。

そしてついに、ストーカーの正体が柳井であると知ってしまった結花は…?

▶前回:「今から僕の家に来て」気になる彼との食事中、女がショックを受けた男の対応



「熱、下がったかな…」

手元の体温計を確認すると、結花は寝室のベッドから起き上がる。

先週、新聞社の柳井と2人で会った後から、結花は急に体調が悪くなり1週間ほど会社を休んでいた。

体調を崩してからは一度もSNSを更新していないし、もちろんライブ配信もしていない。

結花はサイドテーブルに置いてあるスマホを引き寄せ、久々にInstagramを開く。

DMやコメントは誰からも来ておらず「まるで自分が初めから存在しない人になったみたい」と結花は思った。

毎日ライブ配信やSNSの投稿をしていた頃、何か更新する度に送られてくるコメントに一喜一憂していたのが、バカみたいに思える。

「あれっ…?」

DMの受信トレイをさかのぼって見ていると、ひとつだけおかしな点に気が付いた。

履歴の中からレインボーブリッジのアイコンをタップしてみると「ユーザーが見つかりませんでした」というメッセージが表示される。…もしかして柳井は、あのアカウントを削除したのだろうか?

―もう、こんなことを考えるのも嫌になっちゃったな。


全てがイヤになった結花が、取った行動とは

必死になって作り上げてきた虚構の自分によって、リアルに生きる結花は結果的に苦しめられることになってしまった。

握り締めたスマホをゆっくりとした手つきで操作すると、画面には文字が表示される。

“本当にアカウントを削除してもよろしいですか?”

自分のファンから「可愛い」と言われなくなること。それに、投げ銭がなければこの生活を続けられないこと…。色々な懸念が結花の頭をよぎる。

しかし結花は、震える指で“はい”をタップした。

―これで、終わりにしよう。

スマホの中の私は、たった数秒で簡単に消去された。





その翌日。久々に出社すると、結花は自分の席に向かうだけでなぜか緊張を感じた。

「おはよう。大丈夫?心配したよ」

席に着くと一番に涼香が声をかけてくれ、内心ホッとする。

「本当にごめん。風邪こじらせちゃったみたいで…」

そう話すなりPCを開き、溜まっているメールをチェックし始める。すると、衝撃的な文面が目に飛び込んできたのだ。

“前任の柳井が急に退職したため、後任の挨拶をさせて下さい”

「これ、どういうこと…?」

結花はまだ近くにいた涼香を呼び止める。

「ああ…。何か、柳井さんが先週急に新聞社を辞めちゃったとかで、連絡が来たみたい。ちょっと訳アリっぽいよね」

「へぇ。そうなんだ…」

「聞いた話なんだけど、柳井さんって元々結構なトラブルメーカーだったんだって」

「えっ…?」

涼香の話を詳しく聞くと、柳井は元々経済部の記者だったが、過去にも幾度となく複数の女性とトラブルを起こして異動させられていたらしい。

その対象は取材先関係者や社内など節操がないため、もはや常習犯とみなされていたようだ。

―初めから、そういう人だったんだ。私に見る目が無かったってことね。

結花はまた少し自己嫌悪を感じるのと同時に、もう柳井と顔を合わせることもなくて済むかと思うと、心が穏やかになった気がした。



その日の午後、結花は涼香をランチへ誘った。今まで結花のネットアイドルの活動のせいで、心配や迷惑をかけていたことを謝っておきたいと思ったからだ。

「こうしてランチに行くのも久々じゃない?」

「そうだね。結花、いつもバタバタしてて忙しそうだったから」

涼香はメニュー表をめくりながら相槌を打つ。

いつ切り出そうか迷う結花だったが、モヤモヤした気持ちを早く吐き出したくなって、唐突に話し出した。

「…今まで、涼香には頼りすぎててごめん。私のライブ配信のせいで心配させたりしてたこと、すごく迷惑かけてたなって思ったの」

「えっ、急にどうしたの?」

涼香は深刻な様子の結花を不思議に思ったようで、驚いた表情で聞き返す。

「私…。ライブ配信とか、そういうの全部やめることにしたんだ」

結花はライブ配信をきっかけに、社内で悪目立ちして悩んでいたこと。それから、ストーカーの正体が柳井だったことなどを、全て打ち明けた。

「まあ結局、全部自分のせいなんだけどね…」


結花の唐突な告白に、涼香は…

そう言うと涼香は首を横に振り、「大変だったね」と小さくつぶやいた。

「結花が本当に危ない目に遭う前に、気が付けて良かったよ」

結花はその言葉を聞いて、目頭が熱くなるのを感じた。

―ずっと、自分のことばかり考えていた自分が恥ずかしいな。

その時、結花は今までの自分を完全に捨てようと決心したのだった。

涼香とのランチ後、再び自分の席に戻って仕事を片付けていると、上司の三浦が手招きして結花を呼び止めた。

「水島、戻ってきたばかりで申し訳ないけど、ちょっといい?」

結花は理由もなくギクリとする。

―もしかして、柳井さんのことで何か問い詰められたりして。

「失礼します。何かありましたか…?」

会議室に入り、結花は緊張した面持ちで問いかける。しかし三浦に呼ばれた理由は、結花の予想とは全く別のものだった。

「実は今度、社内に新しい部署ができるんだけど、そこに異動してもらうのはどうかと思って」

三浦の話によると、新たに動画配信の事業が立ち上がるらしい。

その事業部でなら、結花のネット配信活動の知識を活かした仕事ができるのではないかと、考えてくれていたようだ。

「今の編集部に留まるか、それとも新しい部署に異動するか。どっちがいいか、来週くらいまでに聞かせてくれるかな」

「…私、新しい部署に異動したいです!」

三浦は間髪入れずにそう答える結花に、困惑の表情を見せた。

「本当にいいの?もうちょっとゆっくり考えてからでも…」

「いいんです。新しいこと、してみたくて」

結花はネガティブな気持ちではなく純粋に、新たな環境に飛び込んでみたくて、そう答えたのだった。





「あともう少しで、トラックが来ちゃう…」

翌月末の日曜日。結花は引っ越しの日を迎えていた。

ライブ配信での投げ銭がないと、目黒の家賃15万円のマンションで生活を続けることは難しいからだ。

ふとした瞬間に、物が何も無くなってがらんと空いたクローゼットをぼんやり眺める。

―まるで、私の今までの人生みたい。

結花は、投げ銭で購入したブランド物のバッグや服をほとんどフリマアプリで売り払った。

そして、自分を華やかな人間に見せるためだけに買った物を手放したら、着飾った自分の中身はからっぽだったことにようやく気付いたのだ。

「あれ、まだ棚の中に物が残ってる…?」

気を取り直して部屋の中の確認をしていると、しばらく使っていなかったスマホスタンドとライブ配信用のライトが、棚の奥の方に残っていた。

―これ、意外と高かったんだよねえ。

引っ越し先に持って行けば、またいつか何かで使える時が来るのではないかと結花は一瞬思いを巡らせる。

「…でも、いらない」

結花は、それらを“捨てる”と書かれた段ボールの中に入れて封をした。

―バイバイ。ありがとう。

その瞬間、インターホンが鳴る。引っ越し業者のトラックが、ちょうど結花を迎えに来たようだ。

「はーい」

結花は、吹っ切れた表情で玄関の扉を開けた。

Fin.


▶前回:「今から僕の家に来て」気になる彼との食事中、女がショックを受けた男の対応