“思い出”はときに、“ガラクタ”に変わる。

ガラクタに満ちた部屋で、足を取られ、何度も何度もつまずいて、サヨナラを決意する。

捨てて、捨てて、まだ捨てて、ようやく手に入る幸せがある。


合言葉は、ひとつだけ。


「それ、あなたの明日に必要ですか?」



徳重雅矢は、お片づけのプロ。カリスマ整理収納アドバイザーだ。

“お片づけコンシェルジュ”を名乗る雅矢は、新人アシスタントの樋口美桜とともに、まるで魔法のように依頼人の部屋を片づけ、過去との決別を促し、新たな未来へ導いていく。

今回の依頼人は…メーカー営業・早川里奈(25)と、商社勤務・高原洋一(28)の、結婚を控え、同棲を開始したカップル。

同棲開始早々、お互いの過去の恋愛の話で価値観がすれ違い…

▶前回:「僕のコレクションを、捨てようとするなんて」収集家の夫と潔癖の妻。衝突する夫婦の結末は



「なに、このマグカップ」

里奈が眉を吊り上げて、ティファニーのマグカップを洋一の目の前に突き付けた。

「え?誰かの結婚式の引き出物だろ。よく覚えてないけど」

「じゃあ、どうしてペアじゃないの?なんで食器棚の一番奥に押し込んであるの?元カノが置いていったものでしょ、どうせ!」

「そんなの、ただの言いがかりだぞ。どうして里奈の思い込みでキレられないといけないんだ」

依頼人が同棲をはじめたばかりのカップルと聞いて、「幸せのおすそ分けをしてもらおう」と期待していた美桜の心は、早速裏切られたようだ。

里奈と洋一が声を荒げるたびに、雅矢と美桜は目を合わせて苦笑いするのだった。

「もう、別れる!元カノに未練タラタラの洋一とは暮らしていけない!」

「過去に囚われてるのは里奈の方だろ!婚約破棄したければ好きにしろ」

“婚約破棄”という響きを聞くと、その経験のある美桜はどうしてもぎくりとしてしまう。それに気づいてか、雅矢はちらりと美桜に視線を送った。

「あの!未来に向かうために、過去と向き合いませんか?」

美桜の言葉は、言い争う2人の胸に響いたようで、同時にピタリと言葉を飲んだ。

雅矢はその様子を見て、美桜の頼もしさに感心するように、満足げに笑うのだった。


複座な事情の現場で、美緒と雅矢の対応は…?

里奈と洋一は、つきあって1年になるカップルだ。結婚を前提に同棲することとなり、里奈が洋一のマンションに引っ越してきた。

ただ、商社マンで多忙な洋一は、気を抜けばすぐに片付けや掃除といった家事全般がおろそかになってしまうのだという。当初は洋一の生活をサポートしようと意気込んでいたはずの里奈は、そんな洋一の様子を鼻息荒く美桜に訴えるのだった。

「もう、出鼻をくじかれてがっかりです。楽しい同棲生活が始まると思ったのに…」

一方の洋一も黙ってはいない。

「僕だって、同じ気持ちです。引っ越してくるなりこんなに怒られ続けて、げんなりです」

2人は顔を見合わせることなく、同時に重いため息をついた。



散々いがみ合いを見せつけられたレッスンが終わった後。

オフィスで軽食を取りながら、美桜は雅矢に問いかけた。

「雅矢さんは、どっちのタイプですか?別れた恋人との思い出の品って、すぐに手放せます…」

「はい」

想像していた通りの返事だが、質問が終わる前に即答するものだから、美桜は吹き出してしまった。

「男性は未練たらしいタイプが多いと思いますよ。それは片付けのレッスンでも実感します。というわけで、僕は例外かもしれませんね」

雅矢は眉一つ動かさず、淡々と答えるが、美桜の声はどんどん大きくなる。

「私の印象だと、男性って、別れた恋人のこともずっと自分の女だと思ってません?いつまでも自分のことを好きだって思いこんでるっていうか」

雅矢は美桜の顔を見据えると「何の話をしてるんですか?」と首をかしげる。美桜は急に我に返り、赤面した。その表情を見た雅矢は少し意地悪な笑みを浮かべる。

「美桜さん、元婚約者の思い出に囲まれて生きていましたもんね。僕はあの時のことをよく覚えていますよ」

「もう、忘れてください。私は引きずるタイプなんです。女の癖に」

美桜が頬を膨らますと、雅矢はさらに畳みかけるように言う。

「まだ、引きずっていますか?」

「…まさか。だから、2度目のレッスンをお願いするんです」

前回の依頼を終えた後、美桜が雅矢にした”お願い”。

それは、「雅矢にもう一度、部屋を片付けてほしい」という依頼だ。

雅矢は一瞬怪訝そうに眉をひそめたものの、結局、その依頼を承諾したのだった。

「それで、引越し先は決まったんですか?」

「まだです。せっかく会社勤めじゃなくなったので、都心にこだわらず、憧れだった海辺で暮らすのもいいかなって思ってます。親戚づてで縁があるので、葉山の方で開業しようかな…なんて考えたり…」

「葉山ですか。良いところですね…」

雅矢はぽつりとそう言い、美桜はうなずいた。

「まさか、こんなに早く独立するとは思っていなかったのですが…」

美桜はそのまま、口をつぐんだ。

離れるときが近づいている。離れなくてはいけないのだと、なぜか2人とも自分に言い聞かせていた。


2人で行うレッスンも残りわずか…?

里奈と洋一はケンカを繰り返しながらも、なんとか片付けのレッスンを続けていた。

世話焼きでしっかり者の里奈と、少々面倒くさがりな洋一は諍いが絶えないが、こうやって感情をぶつけ合うことも彼らなりのコミュニケーションなのだと、雅矢も美桜も理解するようになってきた。

「里奈さん、写真の整理を…」

「あー!ダメですよ、雅矢さん。私と洋一さんで片付けます」

「じゃあ、この開けてない洋服ダンスを…」

「ダメダメ!里奈さんはご自分の持ってきた荷物の仕分けをしましょう」

いたるところに元カノの形跡のあるこの家での片付けに美桜は肝を冷やすが、雅矢は“女心がわからない”タイプのため、無頓着だ。

「美桜さん、どうして僕のやりかたにそんなに口を出すんですか?少しは指示に従ってください!」

「いいえ。こればっかりは私の意見を受け入れてもらいます!お片付け歴は浅いですが、婚約中のトラブルについては、私は経験がありますので」

「里奈さんと洋一さんに、そんな重大なトラブルは起きていないでしょう?!」

「だから、起きる前に予防しているんです!」

むしろ、カップルの前で言い合いをするのは雅矢と美桜の方だ。

痴話げんかのような言い争いを起こしながらも協力して片付けを進めていく2人の姿を見て、里奈も洋一も満足そうだった。

「2人、なんだかお似合いですね」

里奈が笑うと、洋一も続いた。

「ケンカするほど仲が良いって言いますしね。僕たちに言われたくないでしょうけど」

我に返った雅矢と美桜は、急に恥ずかしくなり、2人で真っ赤になって俯いた。



数回のレッスンを経て、無事に片付けは終了した。

洋一も、決して未練があって元カノの物を残していたわけではない。むしろ「どうでもよすぎて」放置していた物ばかりだ。

それで里奈の気が済むならと、元カノの物の処分だけには飽き足らず、家具も新調するなどして新婚生活への準備は進んだ。

結果、里奈と洋一にとって満足の行くお片付けレッスンとなり、雅矢と美桜も充実感でいっぱいだった。

だが、それと同時に、美桜の独立も近づいたことになる。

充足感で満たされているはずの胸の隙間に、不思議な寂しさが溢れ始めているのだった。

最後のレッスンは午前中に終わり、2人は口数が少ないまま車に乗り込んだ。

「あの、雅矢さん。この後時間があったら、付き合ってもらいたいところがあるんです」


美桜と雅矢が向かった意外な場所は?

美桜がそう切り出すと、雅矢は「いいですよ。このまま車で向かえばいいですか?」と、とても穏やかな口調で言う。

「自宅兼サロンの、内覧をしたいと思っていて。一緒に見てもらえれば、すごく心強いです」

「葉山ですか?いいですね」

都心から葉山までは、長いドライブになる。無茶な誘いかもしれない。そう美桜は思ったが、心のどこかで、「きっと断られない」という不思議な確信もあった。

車内で交わす他愛のない会話も、ラジオに合わせて口ずさむ小さな歌声も、この空間のすべてが愛おしく感じる。

海が近づくにつれ、2人のテンションは上がり、窓を開けて潮風を吸い込んだ。

「きれい…」

午後の高い日差しをいっぱいに浴びた波打ち際が、キラキラと光っていた。

2人は海の近くに車を駐め、砂浜へと足を踏み入れる。

「雅矢さん、海が似合わない」

ふと、隣を見て美桜は楽しそうに笑った。

「ここまで送ったのに、失礼ですね。置いて帰ろうかな」

雅矢も、そう言いながら笑う。

「で、内覧するサロンっていうのは?」

美桜は海風になびく髪を押さえながら言った。

「あれ、嘘です。ごめんなさい。内覧の約束なんてしていません」

「え?」

「ただ、このあたりにサロンを持ちたいっていうのは本当ですよ。…今日は、雅矢さんと一緒にドライブをして、海を見たかったんです。ごめんなさい。…怒ってますか?」



自分でも、どうしてこんなに大胆なことができたのか分からない。雅矢に初めて出会ったあの頃。ボロボロに傷つき、自分に自信が持てずに卑屈になっていたあの頃に比べると、雅矢から見た今の自分はまるで別人のようだろう。

それでも、美桜は怖気付かずに雅矢の瞳の奥を見つめる。

そして、確信するのだった。

ー分かるの。私が雅矢さんの事を想っているように…雅矢さんも、私の事を好きでいてくれている。

でも…。

雅矢はその気持ちに、蓋をしているように見えた。

今、2人が共有しているこの気持ちに、怖気付いているのは雅矢の方だ。

美桜はしばらく雅矢の瞳を見つめながら言葉を待ったが、穏やかな視線でこちらを見返したまま何も言わずにいる様子を見て、小さなため息をつき瞳を逸らす。

ーやっぱり、私のうぬぼれなのかな…。

身もだえるほどの切ない気持ちを振り切るように、美桜はおどけた声を出した。

「それにしても、海、綺麗ですね。あーーお腹空いた。ビールも飲みたい」

風を浴びながら両手を伸ばす。

「あ。雅矢さん、車なのにごめんなさい。ビール飲みたいだなんて」

奇妙な沈黙を打ち消すために、何の気なしに言った言葉だった。しかし、雅矢はそんな美桜の軽口にふっと微笑みをこぼすと、穏やかな口ぶりで言う。

「飲んじゃいましょうか。車は、パーキングに置いて帰ります」

「え?電車で帰って、明日また電車で取りに来るんですか?それなら、私も明日付き合います」

「それならお酒飲んで泊まって、明日一緒に帰る方がまともですよね」

「それもそうですね」

冗談のやりとりが、たまらなくもどかしい。これが現実だったら。本当に、そんな関係になれたら…。

雅矢と美桜は、視線を交わし合い、笑った。

海を目の前に見つめ合う2人の想いは、やっぱり一つであるように感じられた。


太陽の光が赤みを帯びて、夕暮れが迫りつつあることを告げる。

「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」

しばらくぼんやりと海を眺めていた美桜だったが、そう言いかけてもう一度雅矢の顔を振り返った瞬間、ハッと息を飲んだ。

どれだけ冗談を言い合っていても、どこか取り繕ったような印象だった、雅矢の彫刻のように美しい顔。

その顔が、光の反射の中でいつになく真剣な表情を浮かべて、美桜のことをまっすぐ見つめていたのだ。

「美桜さん。大切な話があります」

そう言う雅矢の顔は変わらず美しかったが、彫刻のようなよそよそしさは感じられない。

射るような雅矢の視線を受け止めながら、美桜も覚悟を決める。

「はい…」

美桜は高鳴る胸を抑えると、どうにか返事を絞り出し、静かに頷いた。

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試練を乗り越え、2人望む未来へ迎えるのか…?