今年、私たちの生活は大きく変わった。

“ニューノーマル”な、価値観や行動様式が求められ、在宅勤務が一気に加速した。

夫婦で在宅勤務を経験した人も多いだろう。

メガバンクに勤務する千夏(31歳)もその一人。最初は大好きな夫・雅人との在宅勤務を喜んでいたのだが、次第にその思いは薄れ、いつしか夫婦はすれ違いはじめ…?

2020年、夫婦の在り方を、再考せよ。

◆これまでのあらすじ

仲直りしたかと思ったら、雅人の無神経な発言で再びピリつく千夏。話し合いを持ちかけると…?

▶前回:「家事も仕事も、ほどほどで良いよ」上から目線の夫に激怒した妻の仕返し



「父として、雅人にもきちんと協力してほしい」

千夏がこう言ってきた時、自分は信頼されていないんだと、雅人は裏切られた気持ちになった。

そんなことは当然のこと。言われなくても分かっている。だから、すぐさま反論した。

「そんなの、当たり前だろ?もちろん俺も手伝うよ。

それに、育児が大変だったら仕事は無理しなくて良いから。俺、頑張って働くよ!」

我ながら、なんて理解のある夫なのだろうと思う。きっと千夏も喜ぶ…と、顔を覗いて驚いた。

−俺、何か変なこと言ったか…?

目の前の彼女は、喜ぶどころか、唇をワナワナと震わせながら怒っているではないか。この状況で怒る意味が、さっぱり分からない。

「その考え方を改めて欲しいって言ってるのよ」

これ以上何を望むと言うのだろう。頭を捻るが出てこない。もはや、千夏のわがままの領域なのではないかと、穿った見方をしてしまう。

が、次の瞬間。

「例えば、雅人が育休を取ってみるとか。そういうこと、考えたことある?」

−俺が、育休!?一体、何を言い出したんだ…。

雅人は、口をあんぐりと開けた。


千夏の言葉に驚きを隠せない雅人だが…?

覚悟する時


「ほらね。考えたこともなかったんでしょ?」

驚きのあまり思考回路がショートしている雅人に、千夏は呆れたように言った。

男である自分が育休を取るなんて、生まれてこのかた考えたこともなかった。

そんな雅人に、千夏はぐいぐい詰め寄ってくる。

「私の都合が悪い時に、保育園の迎えを代わってやろう。そのくらいに思ってた?」

図星だ。よくもここまで自分の気持ちを代弁出来たと感心してしまうくらい、全くその通りだった。

返す言葉が見つからず黙りこくっていると、千夏が「責めてるわけじゃないの。ただ、きちんと話し合っておきたくて」と、静かに告げた。

落ち着いた様子で話を進めようとする千夏の姿に、これまでの彼女とは違う何か、覚悟のようなものを感じずにはいられなかった。

自分も覚悟しなくてはいけないのだと、雅人も背筋をピンと伸びした。



「育休はちょっと極端な例かもしれないけど。お互いの役割分担を、ある程度は決めない?

家事も育児も全部私は、無理。忙しいのは分かるけど、DINKS時代と同じようにはいかないと思うから」

これまで無関係だと思っていたが、振り返ってみれば、会社にも子どもの送迎だと言って、早めに帰宅するパパ社員がいる。

雅人の会社は、忙しいには忙しいが、働き方の自由度は比較的高い。

日系大手企業である千夏の会社と比べてみると一目瞭然だ。

環境的、制度的な話から考えれば、自分が育児に参加出来ない理由は、全く見当たらない。

要するに、参加する意志があるか、それが問題なのだ。

–妻がメインで育児をするって、無意識のうちに考えちゃってたな。

仕事では、よく“ゼロベースで考える”なんて口にしているくせに、全く恥ずかしい。

「千夏が育児をするの、当然だって思ってた。そうじゃないよな」

だが、しかし。実際に、会社にはどんな制度があって、どのくらい日々の生活の中で育児に参加出来るのか分からない。

これまで、知ろうともせず、無関心だったことを悔いた。

「改めて会社で確認しても良いかな。ここで息巻いて、出来もしないことを言っても迷惑だろうし」

恥ずかしさを抱きながらも率直な気持ちをぶつけると、千夏は「私も。まずはお互い、確認するところから始めようよ」と、笑った。

「千夏、変わったな」

つい口をついて、ポロリと本音が出てしまった。雅人の言葉に、千夏は「雅人も変わったよ」と、ぎゅっと手を握りしめてきた。


ついに内覧に出かけた2人。運命の物件に出会ったが、さらなる衝撃が襲う…?

予期せぬ提案


「雰囲気、とっても良いね」

週末。2人は、先日発見した中古物件の内覧のため、清澄白河を散歩していた。

振り返れば、東京スカイツリーと青空が広がる街。歩いてみると、意外にもおしゃれなお店が多くて驚いた。

清澄庭園は、都心とは思えないほど緑豊かな景色が広がっている。

少し歩けば、公園の中にガラス張りのモダンな建物が現れる。昨年リニューアルオープンした東京都現代美術館だ。

さらにグルメやお酒も充実していて、予約が取れないことで有名なモダン中華の『O2』や、都市型ワイナリー『フジマル醸造所』もある。

日本でも人気のフランス発のブランジェリー『ルビアン』の工場があって、工場直営のパンも買える穴場スポットも発見した。

子育てに関する面でも、塾やインターナショナルスクールがあったり、広い公園があったりと充実していることが分かった。

散歩しているうちに、千夏は、この街に住みたいなという気持ちを次第に強めていった。



「良かったね」

物件は、想像していた以上に、“しっくり”きた。内覧を終えた後、2人は再び散策しながら感想を述べ合う。

夜景が一望出来るわけでもないし、コンシェルジュがいるようなキラキラした生活を送れるような物件ではない。

だが、足を踏み入れた瞬間に、ここで生活している自分たちがすぐに想像出来たのだ。

それは雅人も同じだったようで、「俺も良いと思う」と繰り返していた。



「私、反省してる。ごめんね」

帰宅した千夏は、ソファでルイボスティーを飲みながら話し始めた。

「反省って?」

雅人はピンときていない様子で聞き返してきた。千夏は、ここ最近のモヤモヤしていた気持ちを正直に吐露する。

「私は、“キラキラした生活を送る自分”が一番大事だったってこと。銀座に住む自分、優雅な生活を送る自分…。

熱海に移住するっていうのもそう。イメージに囚われてて、現実が見えてなかった。

それに…。そういうのに憧れるだけじゃなくて、雅人にも押し付けていたことに気づいたの。ごめんね」

「ううん、俺も反省することばかり。本当にごめんな」

頭を下げる雅人に、千夏は「お互い思っていることをちゃんと話すべきだったね」と、自戒の念も込めて応えた。

「そうだな…。でも」

雅人の顔が、クシャッとした笑顔になった。千夏は、雅人のこの笑顔がたまらなく好きだということを、ふと思い出した。

だが、急になんだろう。不思議に思っていると、彼はこう続けた。

「銀座でDINKSを満喫出来たのは、俺は良かった。

仕事して、買い物して、銀ブラして。本当に充実してたよ。若いうちに出来て良かったと思うけどなあ」

「そうだね。次のステージは、清澄白河…」

そこまで話したところで、千夏のスマホが鳴った。ふと画面に目をやると、母親と表示されている。

−お母さん…?

母が電話をかけてくるなんて珍しい。たまに電話するが、大抵の場合、千夏からかける。

事務的な用事であれば、普段はLINEで済ませることが多い。電話に出ると、母は一方的に話を始めた。

「もしもし、千夏?

ねえ。あなたたち、私たちと一緒に住む気はない?お父さんとも話したんだけど、良さそうな物件があったのよ」

千夏は驚きのあまり、なんと反応して良いか、全くわからなかった。


▶前回:「家事も仕事も、ほどほどで良いよ」上から目線の夫に激怒した妻の仕返し

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次週、最終回。最後の最後で発生した、引越し問題。母親の提案を呑むのか、それとも…?夫婦は生まれ変わることが出来るのか?