スマートフォンが流通した現在、時計は単なるモノではない。

小さな文字盤の上で正確に時を刻みながら、持ち主の“人生”を象徴するものだ。

2020年、東京の女たちはどんな腕時計を身につけ、どういった人生を歩むのかー。

今週はどんな時計じかけの女と出会えるのか。

▶前回:「暇なら、稼ぎなさいよ」専業主婦に思わず毒づく、37歳やり手女経営者の苦悩とは



【CHANELプルミエール を身に着ける女】

名前:菜々美
年齢:26歳
職業:事務職
家族構成:婚約者(36歳)と2人暮らし
住まい:人形町


元港区女子・菜々美「経営者と結婚したいと常々思っていた」


「え、菜々美。サラリーマンと婚約したの?」

その質問に、私はにっこり微笑んで頷いてみせる。

いままで私が付き合ってきたのは、羽振りのいい経営者ばかり。

だから久しぶりに会った由利は、「何で経営者じゃないの」と言いたげな表情だった。

夫となる大也は普通のサラリーマンで、煌びやかさは一切ない。その分感情の起伏が激しくない、良い男だと思う。

自分で言うのも憚られるけれど、何で芸能人にならなかったの?と度々聞かれる容姿をもつ私は、彼と結婚を決める前まで、経営者と結婚したいと常に思っていた。

でも色んな経験を重ねていくうちに、人を愛するのに1番大切なことは、お金や肩書ではないと悟ったのだ。

今日は、2年ぶりに会う由利と『Balcon Tokyo』で近況報告会。

―あ、懐かしいな。

思わず由利の時計に目を向けると、その視線に彼女が気づき、「覚えてる?これ」といたずらっ子のような顔をして、切り出してきた。

2人の腕にはお揃いのCHANELのプルミエールが、今日も輝いている。

この時計は、4年程前に付き合っていた彼に香港旅行で買ってもらったもの。

そしてその旅行中に、私は、夫となる大也に出会ったのだ。


港区をウロウロしていた女子大生時代の生活ぶりとは?

あれは卒業を目前に控えた、大学4年生のとき。

私と彼氏、そして由利とその彼氏の4人で、香港旅行に行ったときのこと。

私と由利は、彼氏たちより先に出国手続きを済ませ、空港ラウンジで食事をしていた。

「ラウンジの写真もいい感じに撮っておこう♡」と、由利が角度を変えて何度も写真を撮るのを横目に、昼から冷えた薄いグラスでビールを飲む。

―はあ、最高。

「菜々美、今度視察で香港に行くんだけど、由利の彼氏も行くことになりそうだから4人で行かない?」

由利の彼氏は、私の彼氏である“優ちゃん”の後輩。先週、そうやって誘われ香港に来た。

先輩の誕生日会や、視察、近場の温泉や1週間程度の海外旅行にもよく一緒に行ったものだ。

優ちゃんは、大学を卒業した数年後に起業し、飛ぶ鳥を落とす勢いでいまの会社を人気企業へと成長させた、現在も注目されている経営者。

年齢は40歳を優に超えているが、ゴルフで焼けた肌と鍛え上げられた体は、30代前半にも見える。

元々ベンチャー企業の秘書をしている友人からの紹介で知り合い、すぐに付き合い始めた。

―……色んな人がいるなぁ。“こちら側”でよかった。

ラウンジを見渡しながら思う。貯まったマイルでここにいる人と、ビジネスのチケットでここにいる人は、風格がまるで違うのだ。

人のお金だけれどビジネスのチケットでここにいる自分は、やはり特別な存在なのだと、大学生ながらもそう思っていた。

おしゃべりや考え事をしているうちに時間が経ち、4人での旅行が始まった。


幸せを身に染みて感じた香港旅行のはずが…


香港に到着すると優ちゃんは仕事で、会うのは夜、ホテルの部屋でのみ。

3日目でやっと4人で一緒に行動できることになった。

滞在しているインターコンチネンタルの朝食は、メニューも豊富で味も確か。

なんとなく優ちゃんからピリピリした空気を感じはするが、美味しい朝食とホテルの雰囲気で、優雅な時間が流れている。

そして朝食が終わるや否や、買い物に繰り出す。

沢山のショップを見て回ったが、最初にCHANELで見たプルミエールをずっと忘れられなかった。ジュエリーのような華やかさのあるあの時計。

高いけれど、もうすぐ社会人になるし買ってしまおうか。

そんな決意を胸に秘め、「CHANELに戻ってもいい?」と声をかけ、戻った。

すると優ちゃんがこれだろ?と指をさし、卒業祝いと言って買ってくれたのだ。

そう言ってくれるだろうと、もちろん少し期待もしていた。自分で買う決意と、勝ってもらう打算は半々だった(いや、いま正直に思い返すと打算のほうが強かった)。



それを見て、由利の彼氏も渋々だが買ってあげており、私たちはお揃いの時計を手にしたのだった。

その後、しつこいと言われる位に御礼を言い、再度ご機嫌になって街に繰り出した。

飲茶を食べ、安くて上手なマッサージを受け、ディナーをした。

―なんか、最高の旅行だなあ…、幸せ。

そう思った矢先に、信じられないトラブルが勃発したのだ。


突然、初めて訪れた国で別行動を提案する男

ホテルとかはとってあるから、じゃあね。


―なんでこうなったのだろう…。

夢のような日の翌日、セントラルの駅で迷子になって、私は今にも泣きそうになっていた。

本来ならばマカオに向かう予定だった日。4人で乗ったタクシーの中で、些細なことで優ちゃんと口論になり、男性2人がタクシーを降りてしまったのだ。

「もういいよ。ホテルとかはとってあるから、俺らは先に帰るわ。じゃあね」

タクシーに残された私たちは、ひとまずセントラルの駅でタクシーから降りた。

どうやら今回の視察と交渉はうまくいっていなく、優ちゃんたちはイライラを募らせていたらしい。

私たちの痴話げんかに巻き込まれる形になった由利には、本当に申し訳なかった。

でも、「菜々美、謝りなよ、戻ろうよ」という由利の言葉は、あまりの衝撃と悲しさで私の耳に入ってこない。

―こんなにひどいことするのは、やっぱり遊びだったの…?

とりあえず電車にでも乗ってホテルの方に戻ろうか、と由利に伝え、路線図をぼうっと眺めていると声をかけられた。

「これ、落としましたよ」

包容力のある低い声。私はハンカチを落としてしまっていたのだ。

声をかけてきたのは日本人で、彼は自分が怪しい者ではなく、駐在をしている会社員だと身分を明かした。

ひとまず御礼を伝え、路線図の話をすると、さすがは住んでいるだけあり、的確に教えてくれた。

そして何かあったらケアすると連絡先も教えてくれ、帰国後も連絡を取り合う仲になったのだ。

彼が日本に来る度にデートを重ね、優ちゃんとも帰国して以来自然消滅のようになっていたこともあって、交際まで半年とかからなかった。

交際をするのは、正直迷った気持ちがなかったわけではない。

彼はサラリーマン。そして10歳も年上で、離婚歴もあった。

―でも、もう私は知らない国で痛い目にあったりする関係にはこりごりだ…。

最初はそう思い、交際に踏み切った。

でもこれが正解だった。

経営者じゃなきゃ…なんて思っていた昔の自分を恨みたくなるくらい、大事にされることの心地よさを知った。

そして心から愛されることで、私も初めて、人を”愛する”ことの喜びを知ったのだった。

そんな彼から、先週ようやくプロポーズを受けた。

“結婚を前提に付き合ってほしい”と言っていた割に、約4年の時を経たことに、いつなのかとイライラを募らせたこともあったが、やっとゴールインできた。



プロポーズをされる前に、決めていたことがある。

それは。大した金額にならなくても構わないので、優ちゃんからもらったプルミエールを売り、自分で新たにプルミエールを買うこと。

人生最悪だと思った日が、彼との出会いで人生最高になったから、やはりこれは思い出の時計なのだ。

そう思い、プロポーズの翌日に自分でプルミエールを買いに行った。

―女性らしく、煌びやかでも穏やかに、夫になる彼と時を刻めますように

そんな願いを込めて。


▶前回:「暇なら、稼ぎなさいよ」専業主婦に思わず毒づく、37歳やり手女経営者の苦悩とは

▶NEXT:10月4日 日曜更新予定
「幸せなはずなのになぜか虚しい」セレブ妻が下した決断とは?