—理性と本能—

どちらが信頼に値するのだろうか
理性に従いすぎるとつまらない、本能に振り回されれば破綻する…

順風満帆な人生を歩んできた一人の男が対照的な二人の女性の間で揺れ動く

男が抱える複雑な感情や様々な葛藤に答えは出るのだろうか…

◆これまでのあらすじ

商社マン・誠一は、婚約者・可奈子が仕向けた刺客だということを知らずに、魔性の女・真珠(マシロ)にのめり込んでいく。誠一と真珠の間に芽生えてしまった恋心は留まることなく、遂に真珠のマンションまで来てしまう…

▶前回:「その発言、アウト!」高級レストランでの初デート。女が凍り付いた、男の“ありえない言動”



渇望


好きな女の手を握り、タクシーで家に向かう。それはさながらゴールまでのラストスパート。

—真珠が好きだ、真珠を手に入れたい

男の浪漫が破裂しそうなほど期待に満ちあふれ、体内で熱気が悶々と充満していることを悟られないように、涼しい顔で窓の外を眺める。

しかし、タクシーを降りて秋の夜風に触れながら彼女のマンションを見上げた時、火照っていたはずの身体が一瞬にして悪寒に包まれた。

「私こういう女なの。それでも好き?」

けやき坂にそびえ立つ六本木ヒルズレジデンスの前で、真珠は僕を試すように言い放った。

家賃は最低でも100万はするはずだ。

『どれくらい時間とお金を使ってくれたかで愛を測る』という彼女の言葉が、脳内で不気味にリフレインする。

妖艶なオーラ、一泊100万以上のプレジデンシャルスイート、ギラギラと輝く大粒のダイヤモンド…。

点と点が繋がり、僕は複雑な気分になった。

—でも…

燃え上がった恋心は、その程度のことでは鎮火しない。

「真珠…、僕はこんなことで君のことを嫌いになったりしない。僕の気持ちは変わらない。だから正直に言ってくれ、君はいわゆる“愛人”ってやつなの…?」

僕が意を決して真珠に問うと、僕を嘲笑うかのように、彼女は大笑いし始めた。


六本木ヒルズレジデンスに住む謎の美女・真珠の正体が明かされる?!彼女は何故誠一を嘲笑ったのか。二人の恋の行方は…?!

僕は、初めて真珠のことを可哀想な女だと思った。

真珠は、本当の愛を知らないのだ。心が通じ合えそうになると、彼女は途端に僕の前から消える。

僕たちの間には、紛れもなく恋心が芽生えているというのに。真珠はその事実に目を背け、何かを恐れている。

「誠一って本当に面白い。私が、誰かの愛人でも好きなの…?部屋に怖いオジさんがいたらどうする…?」

「そしたら、オジさんと縁を切ってもらう。あの時みたいに僕が君を連れ去るよ」

「あはは。じゃあ、もし私がハニートラップだったらどうする…?誠一の彼女が仕掛けた罠かもよ…?」

真珠は恐ろしいことを言い出したが、おっとりしている純粋無垢な可奈子が、そのような悪巧みをするとは考えられなかった。

それに、帰国子女でインターナショナルスクールに通っていた彼女と、可奈子に接点はなさそうだ。可奈子の友人は初等科上がりの数人のみ。こんなに華やかな友人がいるという話も聞いたことはない。

「僕の彼女は、そんな悪巧みしないよ。でもまぁ、本当にそうだとしたら、仕方ないね。僕は完全に君に惚れてしまったから」

「そんなに好きなの…?なんで、婚約者がいるのに私とキスしたのよ…。なんで、婚約者がいるのにホテルまで来たのよ…。ねぇなんで?」

そう僕に問い詰める真珠の顔が、みるみるうちに曇っていった。

真珠の真っ直ぐな視線が僕の本音を炙り出したように、僕の真っ直ぐな真珠への想いが、彼女の心に届くことを願った。

「結婚は家同士の結びつきだから、婚約者には初めから恋愛感情がないんだ。今までは割り切って適当に遊んできた。こんなに本気になってしまったのは、君が初めてなんだ。ずっと敷かれたレールに沿って生きてきたけれど、自分の中に芽生えたこの気持ちを大切にしたいんだ」



真珠「全ての真相」


誠一の言葉を聞いたとき、私は犯した罪の重大さに戦慄した。

大学時代の友人である可奈子から『婚約者を検証してほしい』とお願いされ、軽い気持ちで引き受けてしまったことを深く後悔した。

可奈子は大学時代にテニスサークルの先輩と初体験を済ましているというのに、身体の関係を持った後にすぐフラれてしまうということが相次いだせいか、誠一の気持ちを繋ぎ止める為に処女と偽って未だにお預けを貫いている。

一方で、誠一はイケメン商社マン。お預け状態を甘んじて受け入れるはずもなく、彼が適当に遊んでいるという話は夜界隈の人間に聞けば簡単に知り得る話だった。

興信所や探偵を使えば、真実が露呈して可奈子は傷つくことになるし、彼女が懸念しているように婚約が破断になってしまうかもしれない。

私は大学卒業後は海外を転々としていたし、遊ぶ相手も付き合う相手も経営者や外国人ばかりで顔が割れていない。可奈子は友達が少ないこともあり、『真珠ちゃんしか頼める相手がいない』とのことだった。

それならば、私が適当に検証して「何もなかったよ」と伝えれば穏便に済むのではないか。万が一、想定以上に軽い男であれば、私がコテンパンにしてやろうと思ったのだ。

しかし、初めて誠一と会ったあの夜、想定外のことが起きてしまった。


真珠が語る複雑すぎる本音とは…?!二人は身体の関係を持ってしまうのか

あの夜、私たちは磁石が引き合うように唇を重ねてしまった。男性経験は豊富な方だが、あの時感じた相性の良さは随一で、本能的に遺伝子レベルで惹かれ合うような感覚に陥った。

本能の海に溺れそうになったとき、誠一は咄嗟に私を突き放した。そして、私も逃げるようにその場を後にした。

間違いは誰にだってあるもの。夜中にバーで私みたいな美人に誘われたら、男の9割はキスしてしまうだろうし、6割は最後までいってしまうかもしれない。

だから、途中で理性的になれた誠一は甘く採点すれば合格点だと思った。

『誠一さんは理性的に私を突き放した』という事実を切り取った話を可奈子にすると、彼女は途端にはしゃぎ始め、恍惚とした表情を浮かべた。

そして、自信ありげな表情で『スイートルームに誠一さんを誘って欲しい』という無茶なお願いをしてきたのだ。

昔からワガママだった可奈子のお願いは、断る余地もなく渋々引き受けるしかなかった。

私は、誠一と身体の関係を持つ気はさらさらなかったから、『誠一さんはホテルに誘われても何もせずに帰った』という既成事実は作ることができる。

これで可奈子の心が満たされ、安堵することができるなら…と、自分を納得させた。

幸いにもそのホテルの部屋には大きなプライベートプールが付いていたため、プールで遊ぶように誘導し、ベッドで情事を犯すことなく誠一を突き返すことに成功した。

その事実を伝えると、可奈子は前回以上に喜び勇んだ。『もうこれで検証を終わりにしても良いか』と問うと、『私のことをどう思っているか聞いて、最後に嫌われてから終わりにしてほしい』とお願いしてきたのだ。

確かに、誠一からの好意は感じていた。会う度に熱が増していくことも。



本能的に遺伝子レベルで相性の良さを感じるキスに加え、偶然の出会いや神出鬼没な再会、連絡先を教えないこと、好意を示すが身体を許さないこと…、仕組んだことが全て仇となり、結果的に男心をくすぐり、誠一の心を揺さぶってしまったようだ。

私は妖艶な雰囲気があるらしいので、それを利用して誠一に嫌われるように仕向けた。ありったけの宝石を身に付け、予約の取れない高級店で高飛車な女を演じた。そして自宅である高層マンションの前で意味深なことを言ってみた。

それなのに、誠一は婚約者の存在を明かした上で『彼女のことは、好きではない、別れる』と宣言し、私のことが好きだと真っ直ぐに告白までしてきたのだ。

私は知らぬ間に、友情と恋愛感情の間で板挟みになっていた。

しかし、友人の結婚を邪魔するわけにはいかない。当初の計画通り、このまま何事もなかったかのように可奈子を喜ばせる報告をすれば良いのだろうか。

でも、このまま結婚しても二人はうまくいかない気がする。正直に、誠一は可奈子の婚約者として相応しくないということを伝えるべきなのか。

気付かない振りをしてきたけれど、もう限界。私たちの間には恋心が芽生えてしまっている。

ーでも、その恋心の正体って、紐解けば性欲なのではないか…

男性は狩猟本能があるから、なかなか手に入らない私を必死で追いかけているだけで、身体の関係を持てば瞬時に冷める可能性もある。賢者タイムにハッと目を覚まして正気に戻るかもしれない。

私が突き放せば、誠一は追い続ける。

相当悩んでいるようだったので、このまま叶わぬ恋に溺れて自暴自棄になってしまう可能性もある。

もう、どの道を選んでも可奈子を傷付けてしまう。

ただの性欲なのか、本当の恋なのか、証明できる方法はたった一つ。

複雑な思いを抱えたまま、私たちは部屋に向かった。

—ごめんね、可奈子…


▶前回:「その発言…アウト!」レストランで女が凍り付いた、男の“ありえない言動”

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二人の間に芽生えた恋心は本物…?遂に身体の関係を持ってしまうのか…