「金で買えないものはない」

愛だって女だって、お金さえあれば何でも手に入る。男の価値は、経済力一択。

外資系コンサルティング会社に入った瞬間、不遇の学生時代には想像もつかなかったくらいモテ始めた憲明、34歳。

豪華でキラキラしたモノを贈っておけば、女なんて楽勝。

そんな彼の価値観を、一人の女が、狂わせていくー。

◆これまでのあらすじ

プロポーズを断られた憲明は麻子を呼び出す。理由を追求すると、麻子がついに口を開く。

▶前回:プロポーズを断られ、250万をドブに捨てた男。自暴自棄な彼を襲うさらなる悲劇



「なんで俺が怒ってるのか、分かってる?」

憲明は、麻子をギロリと睨んだ。彼女はさっき、“250万払えば許してくれる?”という想定外のことを言ってきた。

にわかには信じがたい発言。呆気にとられていた憲明だが、気を取り直して、冷静に問いただすことにした。

すると麻子は、「憲明の怒りがそれで少しでも収まるなら…。ごめんなさい」と、これまた理解不能なことを言ってきた。

「いい加減にしてくれよ!」

冷静になろうと思ったのも束の間、再び声を荒げてしまう。今、自分が知りたいのは、なぜ麻子がプロポーズを断ったのか、その一点だけだ。

それなのに、麻子は謝罪の言葉を繰り返すだけ。この場から逃げようとしている。

「俺が聞きたいのは、なんでプロポーズを断ったのか、それだけなんだよ!」

憲明は、怒りに任せて声のボリュームをグッと上げる。すると麻子が、ジッとこちらを見つめて聞いてきた。

「どうして私と結婚しようと思ったの?」

「好きだからに決まってるだろ。そうじゃなかったら、250万もかけてプロポーズしない」

予期せぬカウンターパンチに驚いたが、なんとかうまくかわせた…と、思った次の瞬間。

「憲明は、私のこと何も分かってない」


麻子が放った予想外の言葉。その真意とは…?

こじらせ男の暴走


冷たく言い放った声とは裏腹に、麻子の目には涙が溜まっている。

「ちょっと落ち着いて。どうしたんだよ」

憲明は、急いでウエイターにお水を持ってくるように頼む。

「ありがとうございます」と、ウエイターに会釈した麻子は、水を一口飲んでこう続けた。

「ずっと言えずにいたけど、今の私にとって一番大事なのは仕事なの。だから、今すぐ憲明と結婚することは出来ない」

憲明は頭をガンッと鈍器で殴られたような気分だった。まさか、プロポーズを断られた原因が仕事だったとは。

麻子が、安定した損保会社での仕事を捨ててアートの世界に飛び込んだのは知っている。彼女が生き生きと楽しそうに働いていることも。

だが、しかし。プライベートを捨ててまで仕事を第一優先にしたいと思っていたとは想像していなかった。

「でも待てよ…」

さっき麻子は、“今すぐは出来ない”と言った。

ということは、もしかしたら。憲明は淡い期待を胸に、ストレートに質問をぶつけてみる。

「今すぐは出来ないってことは、少し時間をあけたら良いのか?待てば良いってこと?」



「…」

麻子は、何も言わずに俯いた。その様子から、憲明は期待が見事に砕け散ったことを察する。

「分かったよ。色々理由並べてるけどさ、要するに、俺と結婚したくないんだろ」

吐き捨てるように呟くと、麻子が「ごめん、でもこれだけは言わせて」と、懇願するような目で訴えてきた。

「仕事で一人前になったら結婚したい。そう思ってるの。

でもそれが、いつになるのか今は分からない。私のわがままな夢に憲明を巻き込むのは申し訳なくて」

麻子の目から大粒の涙が溢れ出る。だが憲明は、結局のところ体良く断られたのだと思い込み、冷たくこう言い放った。

「もういいよ。麻子の中で、俺は仕事よりも価値が低いんだろ。

別に250万のプロポーズだって俺が勝手にやったことだと思ってるんだろ。はいはい、俺の独りよがりでした」

すると麻子が、拳でテーブルをゴンッと叩き、唇をワナワナと震わせた。

「ちゃんと話を聞いて。私はあなたのこと…」

だが憲明は、プロポーズを断るという事実が変わらないのであれば、これ以上時間を使うのは無駄だと思った。

「俺、帰るわ」

麻子の話を遮り、おもむろに席を立った憲明は、「ここのカフェ代くらい出してくれ。餞別だと思ってさ。250万は、それでチャラで結構です」と、立つ鳥跡を濁しまくりの嫌味をたっぷりと言い放って、その場を後にした。


帰宅した憲明が、無我夢中で始めたのは…?

思い出よ、さようなら


「あんな女、こっちから願い下げだ!」

帰宅した憲明は、段ボール箱に麻子の洋服や荷物を乱暴に詰め始めた。休日はほとんど泊まっていたので、彼女の荷物はやたらと多い。

お揃いで着ていたパジャマやマグカップは、一刻も早く自分の目につく場所から遠ざけたくて、マンションのゴミ捨て場にそのまま持って行った。

洗面台に置いてあった高級そうな化粧水も水道にドボドボと流してやる。

もう二度と会うこともないだろう。憲明は、早く麻子のことを忘れるためにも彼女を思い出させるものは全て処分しようと心に決める。

3時間以上、無我夢中で廃棄と掃除をくり返していたら、部屋の印象が随分と変わった。麻子を思い出させる、ありとあらゆるものを捨てていたら、かなりシンプルな部屋に様変わりしていたのだ。

「ふぅ、すっきりした」

ダンボールをまとめた憲明は、マンションのコンシェルジュにもらった着払いの伝票の品名のところに、“不要なもの(洋服など)”と書いて、コンシェルジュに送ってもらうよう、お願いした。



「げっ…。これ」

爽やかな気分で部屋に戻った憲明だが、自分のカバンの中に、指輪が入っているのを発見してしまった。

使いみちのなくなった婚約指輪の処理。皆、どうしているのだろう。

フリマアプリ?オークションサイト?返品?

いくつかパッと浮かんだものの、今は、忌々しいこの指輪を見るのは憂鬱だ。

とりあえず放置しておいて、時がきたら引っ張り出して換金してやろう。憲明は、クローゼットの奥深くに封印した。

ソファにゴロンとしていると、スマホが鳴った。画面を見ると、サークルからの付き合いで、今一番仲が良い友人・直樹から電話だ。

きっと麻子のプロポーズの結果を聞いてくるにちがいない。

サークル仲間からのLINEには、いまだに無視を決め込んでいる。皆、ヤバいことが起きたと、薄々気付き始めたのかもしれない。

一度は無視しようと、スマホを裏返した憲明だが、昨日からのやるせない気持ち、麻子への怒りを誰かに聞いてほしい気持ちもあり、電話に出ることにした。

「大丈夫か?」

直樹の呼びかけに、憲明は自暴自棄になりながら話し始めた。

「麻子にプロポーズ断られたよ。仕事が大事だからって。あんなに豪華なプロポーズした俺が馬鹿だった。笑ってくれ。

まあ、いいよ。もう終わったことなんだから。直樹、食事会でもパーティーでも設定してくれないか?」

自分でも痛々しいと思ったが、憲明は強がる以外の術を知らない。直樹は、「お前さ、もう少し素直になれよ」と、呆れたように笑った。

「いいんだよ、別に。麻子なんかと結婚しなくて良かったんだ。あんな自己中女」

すると直樹は、「どうせ暇だろ?これから一杯行くか」と、飲みに誘ってきた。

昨日のやけ酒の二日酔いはいまだ完治していないし若干気持ち悪いが、今は誰かに愚痴を言いたい、そんな気分だった。

「行く!」



「ってなことで、麻子とは別れました。絶交です」

昨夜の悪夢を全て打ち明けると、直樹は手を叩きながら大笑いした。気まずい空気になるよりは笑ってくれた方が良いが、そんなに笑わなくても…と、憲明の胸がチクリと痛む。

「まあいいじゃん。来週は、森永の結婚パーティーもあるし。運命の出会いがあるかもよ?」

−そうだった…。

俄然やる気モードになった憲明は、結婚パーティーでの出会いに期待して乗り込むことを決めた。


▶前回:プロポーズを断られ、250万をドブに捨てた男。自暴自棄な彼を襲うさらなる悲劇

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迎えた翌週。憲明に、サークル同期の結婚パーティーで運命の出会いが…?