「恋愛では、男が女をリードするべきだ」。そんな考えを抱く人は、男女問わず多いだろう。

外資系コンサルティング会社勤務のエリート男・望月透もまさにそうだ。これまでの交際で常にリードする側だったはずの彼。

ところが恋に落ちたのは、6歳上の女だった。

年齢も経験値も上回る女との意外な出会いは、彼を少しずつ変えていく。新たな自分に戸惑いながら、波乱万丈な恋の行方はいかに…?

◆これまでのあらすじ

透からのメッセージに、返信出来ずにいる朱音。彼女を動揺させた、一本の電話とは一体…?

▶前回:店で2人きりになった途端、年下美女が男に囁いた"大胆なお願い"とは...



−もう昼休みね…。

担当する役員の来客対応を終えた朱音は、その足でランチに向かった。

今日は朝から目が回るほど忙しかった。

少し前までオンラインミーティングが多かったが、最近は対面での来客や会議も徐々に増えてきている。役員が出社する日は、まさに分単位のスケジュールが組まれるため、秘書の朱音も忙殺されるのだ。

今でも週に数回は在宅勤務だが、いずれは出社中心の生活に戻るのだろうかと、ふと考える。

あのカフェに行く機会も、透に会う回数も、徐々に減っていくのかもしれない。ぼんやり考えながら、丸の内を歩き出す。

−そんなことより。

午後も仕事は山積みだ。スケジュールを思い出し、信号待ちしていると、スマホが鳴っているのに気づいた。

「もしもし、朱音?」

仕事の電話かもしれないと慌てて電話に出たが、その声を聞いた瞬間、すぐに後悔した。

−どうして。何があったの。

朱音の頭は、真っ白になった。


朱音を大きく動揺させた、電話の主とは…?

まさかの連絡


朱音は息を呑んだ。その声を忘れるわけがない。

思わず、一旦耳に当てたスマホを離す。

その時に、自分がいつのまにか仕事用ではなく、プライベートの携帯を手にしていたことにようやく気づいた。そして、ディスプレイも見ずに電話に出てしまったことにも。

消そうか消すまいか迷った挙句、まだ消せないでいた連絡先。画面には“空閑さん”と映し出されている。付き合っていた頃からの名残で、苗字だけで登録していたのだ。

「…」

相手が何かを喋っているのがわずかに聞こえ、慌ててスマホを耳に戻す。

「聞こえるか?」

「…ええ」

5年連れ添った男の声を忘れるはずがない。電話をするときにはなぜか腰に手を当てる仕草まで、ありありと思い出すことができた。

電話の相手は、朱音の元夫・空閑真一(くが しんいち)だった。



「元気だったか?」

なんでもない質問のはずなのに、うまく頭が回らない。

「ええ、まぁ…」

「何か緊張するようなことでもあるのか?」

曖昧に答えた朱音に、真一はそう尋ねた。

「どうして?」

「なんとなくだけど。声がよそ行きって感じ」

朱音の心臓がドクンと音を立てた。動揺している自分とは対照的に、真一の声は落ち着いている。

「だって、仕事中だもの」

少しぶっきらぼうに返すと、真一は「昼休みじゃないの?」と言って、電話の向こうで時計を確認しているようだった。

「ごめんなさい、私も忙しいのよ。また後で」

しかし慌てて電話を切ろうとした瞬間、真一は意外なことを口にしたのだ。

「朱音、君は大丈夫なのか?」

「…大丈夫って、どういうこと?」

「今回の世情の変化を受けて、やはり一番に心配だったのは君のことなんだ。それで電話をしてしまった」

「え…?」

彼の言葉に、心がかき乱される。これ以上電話を続けたら、午後の仕事に支障が出てしまう気がした。

自分ではもうとっくに乗り越えたと思っていたが、どうもそんなことはなかったらしい。

「ごめんなさい。失礼するわ」

一方的に電話を切った朱音は、ふぅっとため息をついた。

その後も真一から連絡がきていたが、それらを見ないようにして過ごしたのだった。



“2人で食事に行きませんか”

帰宅した朱音のもとに、透からそんなメッセージが届いた。最近はカフェに行っても、千晶がいて彼と話す機会もない。

こうやって連絡してもらえるのは嬉しいが、今はまだ真一の電話の衝撃が続いており、それに返信する余裕はなかった。

ベッドに入ったものの、なかなか眠ることが出来ない。久しぶりに出勤して疲れているはずなのに、頭はぐるぐると回り続ける。

考えないようにすればするほど、考えてしまうのだ。朱音は、ブランケットをすっぽりと被った。


久々に聞く旦那の声に心乱される朱音。透に誘われて出かけるが…?

傷つきたくない


「この辺りって、あんまり歩いたことなかったんですよね」

「そうね。私もだわ」

朱音は、透と一緒に台場を散策していた。

あの後はしばらく、真一からの連絡に動揺し続け、透の“2人で食事に行きませんか”というメッセージを放置してしまった。

ようやく気分が落ち着いたのは、連絡をもらってから3日経った夜。今さら連絡したところで断られても仕方ないと覚悟しながら、 “今から会えませんか?”と連絡を入れた。

すると透から“大丈夫です”とすぐに返信があり、散歩に出かけることになったのだ。

近くにあるが、ほとんど足を運んだことがなかった場所。道はかなり広く取られていて、舗装もしっかりとしている。海風もほどよく吹いて散策にはもってこいだ。

途中に見えた船は実は博物館らしいとか、そんな話をしているとあっという間に時間は過ぎていった。街頭の柔らかい光が広い街道と相まって、さながらドラマの風景のようだ。

2人の距離は自然と縮まっていく。すると透が、ふいに朱音の手を握りしめた。

突然のことに戸惑いつつも朱音が握り返すと、透は最初より少しだけその手に力を込める。

心に温かいものがじんわりと広がっていく、幸せなひととき。

だがその瞬間、朱音は急に怖くなった。これ以上関係を深めたら、自分が傷つくのではないか。そんな不安が頭をかすめる。

確かに、透は魅力的だ。それは自分のように彼よりも年を重ねている女がそう思うのだから、彼より若い子にはなおさらそう映るだろう。現に今、千晶のように透にアタックしている女性もいる。

しかしもし今、透が自分のことを選んでくれたとしても、果たしてうまくいくのだろうか。

彼と付き合ったとして、その先はどうなるのだろう。自分は35歳だが、彼はまだ20代で、結婚をどう考えているのかも分からない。それに出産のことなども…。

正直、不安なことだらけだ。

−もう、傷つきたくない…。

これが、今の本音だった。少しでも自分が傷つく可能性があることは、出来れば全て遠ざけたい。

一歩踏み出さなければ幸せは掴めないのかもしれない。それでも下手にリスクを負うくらいなら、このまま何も始まらない方が良い気もする。

朱音は透の手を握ったまま、どうしたら良いか分からず困り果てた。



透に見送られ帰宅した朱音は、元夫・真一の言葉を思い出していた。

“今回の世情の変化を受けて、やはり一番に心配だったのは君のことなんだ”

まさか彼から、こんなことを告げられるなんて。

−別れた相手と再婚する確率って、どれくらいなんだろう…。

ソファに腰掛け、天井を仰ぎながらふと考える。

結婚当時、多忙だった彼とは、家でもほとんど顔を合わせることがなかった。

それなりに裕福な暮らしはさせてもらっていたが、生活がすれ違うにつれて朱音の気持ちが離れてしまい、別れることになったのだ。

朱音はスマホを手に取ると、ずっと見て見ぬ振りをしていた真一からのメッセージを開いた。

“君のことが心配だ” “一度、会えないか?”

それを見た途端、自分でもわけがわからなくなるくらい、胸がきつく締め付けられた。


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元夫からの連絡に動揺した朱音が、目にしてしまった光景とは…?