男と女の、珠玉のラブストーリー。

秋の夜長、「その先」のことを語りましょうか。

この物語の主人公、あなたの知り合いだと気づいても、
どうか、素知らぬフリをして―。

▶前回:白金在住の美人妻。「禁断のアルバイト」が招いた誰にも言えない代償



第3夜「羨む男」


「なあ勝吾、俺、もう一度結婚することにした」

切れ者で、ときに冷酷とも評される同期の弁護士・和彦が、珍しく電話してきたと思えば驚きのニュースを口にした。

「こんな歳でいまさら披露宴もないけど…彼女のためにささやかなパーティは開いてやりたくて。おまえに挨拶を頼めないかな?」

休日昼間の恵比寿はのんびりとした空気が漂う。

とくに今日は、10月にしては日差しが温かい。最近購入した低層マンションの広めのベランダで資料を読んでいた俺は、驚きのあまりカウチから身を起こした。

「ほんとか!?そんな相手がいるならもっと早く言えよ。おめでとう、よかったなあ。42でバツイチのお前を貰ってくれるとは、どんな器の広い女性だ?」

軽口をたたくと、なぜか和彦は決まり悪そうに言葉を濁し、とにかく来週金曜の夜、紹介させてくれと言って電話を切った。

察するに、そう自慢したいような相手でもないのかもしれない。

俺も和彦も、超大手法律事務所の出世頭。パートナー弁護士で、自分で言うのもなんだが収入は申し分ない。とは言え、和彦の見た目はいたって普通で、最近ではうっすらと体に肉がついて輪郭もぼやけてきた。

しかし親友の慶事だ、どんな嫁でも会ったらうんと褒めて祝ってやろう。円満な結婚生活を送る先輩として、アドバイスしてやってもいい。

俺は上機嫌で、冷えたビールをとりにキッチンに向かった。

…この時はまだ、親友の結婚式を祝って祝杯をあげるほどには、余裕があったのだ。「彼女」を目にするまでは。


和彦の彼女に会った勝吾。あまりの衝撃に言葉を失って…!?

正体不明の違和感


「初めまして、美咲と申します。和彦さんからいつも話を聞いている、親友の勝吾さんにお目にかかれて嬉しいです」

指定された『レストラン ヒロミチ』は本格的なフレンチで、妻の瑤子もぜひと声をかけられていたため、連れてくるのがスマートだったかなと思ったが…。

―あいつがここにいなくて本当に良かった。

俺は美咲と名乗った和彦の彼女に、くぎ付けになっていた。

ヘーゼルの濡れた瞳と、桃色に光る唇、つんととがった鼻梁。鎖骨が隠れるほどの艶のある髪を持つ、圧倒的に若く美しい女がそこにいた。

「なんだ正彦…いつの間にこんな女優さんみたいな綺麗な女性を射止めたんだ?」

なんとか余裕を見せようと、努めて鷹揚に笑いながら、当然のようにぴったりと寄り添って座る二人を代わる代わる見た。

そういえば正彦の実家は神奈川の大地主だったと、頭の中は邪念でいっぱいになる。

「いや、もう女の人はこりごりだなんてお前に散々言ったからな…。今さら好きな人ができた、しかも24歳だなんて相談できるかよ」

「24!?」

俺はきっと正面の二人から見て、滑稽なほど驚いたことだろう。それがおそらく和彦の優越感をくすぐるに違いないと思ったときはもう手遅れだった。

和彦は司法浪人をしていて、俺よりも三つ年上の42歳だ。彼女とは18も離れていることになる。

俺はとっさに、妻の瑤子のことを思い出す。瑤子は34歳だから、和彦の彼女は10歳も年下ということだ。

首の下に広がる、白くすべすべとした胸元がやけに目についた。



「勝吾さんは、奥様と大恋愛の末にご結婚されて、5年経ってもとっても仲良しだって伺いました。私たちのお手本なんです。ね、和彦さん?」

彼女がにっこりと微笑むと、隣のテーブルの男がちらりとこちらを見たのが分かった。

―俺と和彦は、年齢も年収も大差ない。それどころか、見た目は俺のほうがいいはずだ。それなのにこいつだけ、こんな若くて綺麗なトロフィーワイフなんてそんな馬鹿な…!

和やかに食事は始まったが、俺はなんとか、この「夫婦」のアラを探そうと必死になった。

正彦の実家の金目当てに違いないと思うものの、美咲という女の話術や匙加減はなかなかのものだった。

俺たちの話を聞きながら、心地よい頻度で会話に笑顔で混ざってくる。自分のことには終始一貫して謙虚だった。

―完璧じゃないか、くそ。和彦の奴、ワインスクールでこんな拾い物してくるとはな。

アラ探しを諦めたとき、彼女がウェイターを呼ぶために、初めて和彦と反対のほうに顔を反らした。

その時、俺はあることに気が付き、息をのんだ。


勝吾が気づいた、完璧な女の「禁断の秘密」とは?

「あなた、気がつかなかったの?」


彼女の形よくとがった顎が、笑いながら横を向いた瞬間、なにかとってつけたような、別物のように見えたのだ。

正面から見ると、ほれぼれするほど美しい鼻筋も、横からみると…何といったらいいのか、付け根から筋がとおりすぎているようにも見える。

そして、一番はっとしたのが、目頭の切れ込みが深すぎて、横から見ると粘膜がむき出しになり、グロテスクにも感じられることだった。

整形だ。これはつくりものなのだ。俺は直感した。

「…じゃあ、お二人さんはワインスクールで出会って半年、けっこうなスピード婚てわけだな。美咲さんに逃げられないように必死だろ。美咲さんは今、お仕事してらっしゃるんですか?」

さりげなく話題を美咲に振ってみる。考えてみれば今日は美咲を紹介する会なのだ。食事の中盤になるまで、美咲そのものの話が不自然に少なすぎはしなかっただろうか。

「青山の画廊で働いているんです。結婚したら、和彦さんのサポートに専念したくて、今月でそれもお終いです」

「それはもったいない。お勤めはもう長いんですか?今は結婚して家庭に入る時代でもないでしょう」

美咲は問いかけに答えることなく、その話はこれでお終いとばかりに、にっこりと笑った唇の形を変えぬまま、メインの肉を咀嚼した。

結局、美咲の出自に関することはほとんど何もわからぬまま、会食はお開きとなった。



「それでさ、和彦の彼女とやらに会ったんだけど、あれは絶対整形だな。間違いないよ。あいつ、司法修習中に前の奥さんにつかまってすぐ結婚したから、女を見る目がまるでないんだ。

また変な財産目当ての、よりによって整形女にひっかかって。いくらキレイでも偽物じゃないか。子供ができたら、似ても似つかないかもしれないぞ。おまけに素性も怪しいときた。助言してやろうかと思ったけど…今は何を言っても聞いちゃいないよな」

家に帰り、熱いシャワーを浴びてからリビングに行くと、起きて待っていた瑤子が笑いながらうなずいて、冷えたペリエを差し出してくれる。今日は同窓会に行くと言っていたが、ことさら機嫌がいいようだ。

「まあ、そんなにキレイな奥さんなの?和彦さん、いいわね」

ふんわりと笑いながら、キッチンに戻る瑤子の後ろ姿を眺める。彼女を34歳と言い当てる男はまずいないだろう。まだまだ20代と言っても通る美しさだ。

しかし、それでも24歳の美咲とはやはり比べるべくもない。瑤子も付き合っていたころは丸顔が愛らしく、男好きのする顔だったものだが…。

「瑤子ももう、34か。そろそろ子供、本気で考えたほうがいいかもな」

この恵比寿のマンションを買ったとき、広めの2LDKでありながら、仕切りを変えれば3LDKにもなるタイプを選んだのは、将来子供ができたときが頭をかすめたからだ。

瑤子も趣味のポーセラーツ講師の資格を取ったりヨガに通ったりと忙しくしていて、タイミングが合わなかったが、いつの間にか34歳だ。そろそろ本格的に子づくりをしたほうがいい。

「あら、私ね、子供はいなくてもいいと思ってるの。今の生活で十分幸せよ」

俺は思わず、身を浮かせて瑤子のほうを見た。コーヒーを沸かしているのか、顔は見えない。

「そんなこと言ってお前…今はどっちでもいいと思っても、後から欲しくなっても難しいぞ」

「どっちでもいいなんて思ってないわ。いらないのよ、子供」



歌うように、ほがらかに宣言する瑤子のコーヒーを淹れる手元が、むしろ楽し気に見えるのはなぜだろう。

湯気の向こうの瑤子の素顔をじっと見る。

この女は、こんなに肌が白かっただろうか?

ピンと張った肌は、むしろ7年前に出会ったころよりも張りつめているし、いつのまにか、気にしていた八重歯もきれいに収まっている。

昼間はパーソナルジムに通っているから、スタイルは昔のままに、よく見ると筋肉がついている。おまけに目元がやけにくっきりしているのは気のせいだろうかー。

「…湯気が、花を枯らすぞ」

何か軽口をたたこうとするがうまく舌にのらない。ケトルから噴き出た蒸気が、活けた花にあたるのを見て咎めると、瑤子がさもおかしそうに笑った。

「あら?あなた、これは造花なのよ。ずうっと前から、全部偽物。…気が付かなかったの?」

さっきまで暑いほどだったリビングに、床暖房を切ったのか、いつの間にか冷たい空気が漂っている。

和彦、と、俺は親友の名を小さく呼んだ。


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第四夜「呟かれる女」。小学校お受験を控え、とあることを恐れる女。恐怖はやがて、現実となり…。