2020年。今までの「当たり前」が、そうではなくなった。前触れもなく訪れた、これまでとは違う新しい生活様式。

仕事する場所が自宅になったり、パートナーとの関係が変わったり…。変わったものは、人それぞれだろう。

そして世の中が変化した結果―。現在東京には、時間が余って暇になってしまった女…通称“ヒマジョ”たちが溢れているという。

さて、今週登場するのはどんなヒマジョ…?

▶前回:「ねえ、私デキちゃったかも」女が打ち明けた直後、交際1年半の男が放った最低な一言



「あぁ、暇...」

私はさっきから、テレビ画面上でNetflixとAmazon primeを行ったり来たりしている。

グラスの白ワインは放置しすぎてぬるくなり、お皿の上の生ハムとイチジクは表面がカピカピに乾燥してしまった。

今年の2月に、インターネット通販会社を寿退職し、SEOマーケターとしてフリーランスに転向し8ヶ月。

あっという間に月日は流れ、季節は冬へ向かっていた。

私はソファに寝転び、左手薬指に光る1ctのダイヤの指輪を眺めた。

内側には、"A to E" …つまり"空(あお)から絵麻へ"というシンプルな刻印があり、確認するたびに結婚したことを実感する。

彼氏ができても、ワンクールほどで終わってしまうことが多かった私にとって、結婚は大きな安心を与えてくれた。

しかし、良いことばかりでもない。

仕事の案件が頻繁にあるわけでもなく、海外で挙げようと思っていた結婚式は、コロナの影響で、延期。

そのことは、私のモチベーションを下げ、主婦業をこなすだけの暇な日々を作り出した。

退屈な時間は、夫への依存度を高めてしまう。それは自分がよくわかっていた。

ーこのままじゃまずいな...

かつて、恋愛に依存しまくっていた私だ。

結婚したからといって、その性格はすぐには変わらない。いつでも構って欲しいし、会えない時間は寂しいし、嫉妬もする。

暇だからこそ、夫への興味がどんどん増してしまうのだ。


夫が帰ってきたのは、朝の5時。そして携帯には知らない女からの連絡が…

夫婦だからといって、絶対に壊れない保証など無い。でも結婚したからには、相手を "信頼しよう" と決めていた。

ーもう、昔のように暴走する絵麻ではない。

そう自分に言い聞かせた。

しかし、朝夕が肌寒くなってきたある日、事件は起こる。それは、空が会食に行った日のこと。

飲食店の深夜営業再開とともに、空の帰りも、コロナ前のように遅くなった。

「今日も遅くなるの?たまには早く帰ってきてよ。寂しいから」

「う〜ん、なるべくそうするけど、ちょっと難しいかもなぁ」

空が曖昧な返答をするとき、その約束は守れないことがほとんどだ。

その日もやっぱり、帰りは朝の5時を回っていた。

玄関の明かりがついた瞬間、私は反射的に起き上がり、足元がおぼつかない空に問いただす。

「ねぇ、今何時だと思ってるの?こんな時間までどこにいたわけ?」

「ちがうんだよ、帰りたくても帰れない雰囲気だったんだ... ごめん」

「帰れない雰囲気ってなに?もう、独身じゃないんだよ!」

「わかってるよ...」

空は、私の説教にウンザリした様子でバスルームへ行き、その後は寝室に来ることなく、リビングのソファに倒れ込んだ。

その横で仁王立ちし、大きくため息をついてみせたが、空からはすでに寝息が聞こえる。

ーこの状況で、よく寝られるよね...

無理矢理起こしてやろうかと思ったその時、空の携帯の画面が、パッと明るくなる。

"新着メッセージがあります"

「こんな時間に、誰なの?」

迷わず、空のスマホを手に取った。パスワードは、いつも横で指の動きを見ていたからわかる。



ー見ない約束だけど、そんなの知るもんか

『サキ:奥さんに怒られませんでした?笑 』

LINEのアプリを開くと、一番上に、私の知らない女性からのメッセージがあった。

ーサキ・・・?なにこれ。

お腹の底から、ぶわっと怒りが込み上げる。

まだ恋人だった頃、空が他の女性とデートしているところを目撃したことがある。

それが、昨日の出来事のようにフラッシュバックした。

あの時は、私のことを女友達に相談していただとかの言い訳をしていたが、今回は間違いなくクロだ。

『二階堂 空:すみません、誰ですか?』

空のスマホからそのままサキにメッセージを送り、「さっさと、返事して」と心の中で悪態をつく。

でも、何分待っても既読にすらならなかった。妻である私が送ったことが、バレバレなのだろう。

ーもっと考えてから送ればよかった...

こういう時に冷静になれない自分を責める。

LINEをくまなく詮索するが、女性とのやりとりは、このサキという女だけ。

InstagramのDMや、メッセンジャー、念のためメールやカメラロールも見たが、怪しいものは見つからない。

「ちょっと!起きて!起きてってば!!」

私は、ぐっすりと深い眠りについている空を、思い切り揺り起こした。


ついにあるものを破壊してしまう絵麻。暴走の行く末は…

「ん〜〜、なに。ちょっとやめて」

「ねぇ!サキって誰?浮気してんの?」

その言葉で、空はビクッと反応し、起き上がった。

「うわ、まじか。携帯見たの?」

「携帯見たことより、こんな時間まで他の女と一緒にいる方が罪でしょ。論点ずらさないで!ねえ、誰?サキって誰なの!?」

私はヒステリックに叫びながら、泣いていた。こうなるともう止められない。

「あっ、泣かないで!ごめん!!今日、実は取引先の人と会食で、女の子がいる店に連れて行かれたんだ」



空は、必死で言い訳をしている。

「でもそこの店、普通のショットバーだし、バーテンが女性なだけなんだよ」

「そんなの信じられると思う?そもそもどうして、連絡先を交換する必要があるの!」

ーバンッ!!

私は、空の携帯を床に思い切り投げつけた。

壊れてしまえばいい。この携帯も、女の連絡先も、私たちの築いてきた信頼関係も。

どうしていつもこうなのだろう。付き合った男とは3ヶ月と続かず、結婚してもこの有様だ。

この人だけは、今までの男とは違う。そう信じて、ようやく見つけたたった1人さえも失ってしまうのだろうか。

すると泣き崩れる私を、空はぎゅっと抱きしめた。

「もうやめるね」

ーやめる?...結婚生活を?

急に自分のしたことを後悔した。空が本当にいなくなったら、私はどうしたらいいのだろう。

「な、なに、何を...?」

泣き腫らした目で、恐る恐る空の顔を見る。

「お酒。あと、会食も減らす。仕事の話はシラフの時にすればいいし、会食とはいえ、お酒を飲み出すと時間を忘れてしまう、僕が悪いね」

...離婚しようと言われなくて良かった。

「もう店にも行かないし、連絡先も消すね」

ようやく落ちついた私の手を引き、空は寝室へ向かった。

画面の割れた携帯を見て、彼が笑っている。こんなことくらいで怯まない男性が夫でよかったと、改めて思う。

「久しぶりの暴走だったね〜!結婚式延期になっちゃったし、国内旅行でもしようか。絵麻、どこか行きたいところある?」

「うん...ある」

私の答えは決まっていた。去年、私達が喧嘩した時に空が1人で行った、海の綺麗な島だ。

写真を見せてもらってからずっと、次は二人で行きたいと思っていた。



その後、私たち夫婦は、北海道から沖縄の離島まで、いろんなところに旅行した。海外へ行けない状況が、日本の素晴らしさを再認識できる機会になったのだ。

私は国内旅行にハマり、旅ブログを始めた。暇な時間を有意義なものへと変えることに成功したといえる。

「なんだか絵麻、前より楽しそう。やっぱり見てて飽きないわ」

「そう?えへへ」

これまで事あるごとに、いろんな人から“メンヘラ”だと言われてきた。おそらく今後も、完治することはない。

どんなに気をつけていても、性格の本質は簡単に変えられない。でも、自分の意識次第で多少コントロールすることはできる。

私は空じゃなきゃだめだし、空も私くらいの女が刺激的だと思ってくれているといい。

ただ、携帯を壊すのはヤバすぎだったな、と少し後悔した。

Fin.

▶前回:「ねえ、私デキちゃったかも」女が打ち明けた直後、交際1年半の男が放った最低な一言