「一人のひとと、生涯添い遂げたい」。結婚した男女であれば、皆がそう願うはずだ。

しかし現実とは残酷なもので、離婚する夫婦は世の中にごまんといる。だが人生でどんな経験をしたとしても、それを傷とするのかバネとするのかは、その人次第。

たかが離婚、されど離婚。

結婚という現実を熟知した男女が、傷を抱えながら幸せを探していくラブ・ストーリー。

◆これまでのあらすじ

友梨は、真由子の不倫デートを目撃する。パートナーを裏切っていたのは真由子のほうだった…。

▶前回:「私の旦那を、たぶらかしたでしょ?」男と2回食事したら、彼の妻が職場に殴り込んできて…



『妻が、尾形さんのところへ行ったよね?』

大友将人は躊躇しながらも、尾形友梨へLINEを送った。

別居中の妻・真由子がスマホの位置情報を使って、自分のことを監視していると知ったのは、つい最近のこと。

以来、将人も将人で、真由子の位置情報をこっそり覗き見していた。そして、妻が友梨の職場へ向かったことを知ったのだ。

『妻は、何か変なことを尾形さんに言わなかった?』

既読はつくが返事はないままに一週間が経ったころ、将人はもう一度、友梨にLINEすることにした。

『重ね重ね申し訳ありません。どうしても妻のことで相談したいことがあります。森美術館に行きがてら話をさせてもらえませんか』

意外なことに友梨からの返信がすぐに来た。一週間も既読無視していたとは思えない速さで。

『どうして森美術館なの?』

高校時代、将人と友梨は共に美術部に所属していた。十数年ぶりに再会した際に友梨が「森美術館の新しい企画展に行きたい」と呟いたことを、将人は覚えていたのだ。

その旨を伝えようと将人がスマホに入力していると、将人の返信を待たずに友梨が新たなLINEを送ってきた。

「え、どういうこと…?」

彼女から届いたLINEの内容に、将人は混乱した。


友梨のメッセージ、どこか様子がおかしい…。将人が気づいた驚愕の真実とは?

『今はダメ!』

将人は「相談したい」とは言ったが「“今すぐ”相談したい」とは伝えてない。なぜ急に“今”と彼女が強調したのか理解に苦しんだ。

『返信ありがとう。相談は今じゃなくてもいいよ。』

そうLINEすると、友梨からすぐに返信が来た。

『それなら良かった。安心した。』

将人はあらためて、日程を決めるために彼女の予定を尋ねる。すると途端に友梨から返事はなくなった。

変な感じがする。

将人はもう一度、友梨のLINEを見返した。

『どうして森美術館なの?』『今はダメ!』

ある可能性が頭に浮かぶ。

―ウソだろ…。もしかして…。

勘違いであってくれと願いながら、位置情報アプリを開く。将人の予感は的中した。

真由子が、森美術館にいたのだ。

―森美術館で、真由子と尾形さんは、また会っているのか…?

将人は、咄嗟に家を飛び出した。

自宅前でタクシーを拾って、急いでもらうと30分もかからずに森美術館に着いた。

エスカレーターをあがり、順路を急ぎ足で進むと、エントランスの隅っこで小さくなっている友梨がいた。

鮮やかなオレンジ色のシャツは、壁際に隠れていてもすぐに見つけることができた。『まもなくそちらに着く』という将人のLINEを受け、身を潜めて待っていたのだろう。

だが近くにいるはずの真由子の姿はない。

「来ないでってLINEしたのに、なんで来たの?」

呆然と立ち尽くす友梨に、将人は息を切らしながら事の次第を説明した。何もかもすべて説明した。別居していた1年間、スマホの位置情報によって、自分の居場所をすべて真由子に知られていたことも。

「そして今、ここに妻がいるはずなんだ」

将人が勢いのままに言うと、友梨は押し黙る。

「尾形さんが働いてるホテルにも妻は行ったんだよね?今日もまた妻が、尾形さんのところに行ったんじゃないかって慌てて」

友梨は頭を抱えていた。文字どおり頭を抱えて「えっと、どうしよう…」と小さく漏らした。

将人は友梨の言葉を待った。だが友梨は黙りこくった。

じれったくなり将人が口を開いた、その瞬間だった。視線がその先の一点に釘付けになる。



見覚えのあるワンピース。

真っ白なレースのそれは真由子の白い肌によく馴染み、髪の美しさを際立たせていた。真由子が将人との特別なデートのときに着ると言っていたワンピースだった。

そんなお気に入りの服に身を包んだ真由子が、知らない男と腕を組み、笑顔を向けている。

―ああ、そういうことだったんだ。

すべてが繋がった。友梨は、この現場を見てしまったから「今は森美術館に来るな」と伝えてきたのだ。

「尾形さん、申し訳ないけど、帰ってもらえる?」

将人は視線を真由子に合わせたまま、口だけを動かして、そう伝えた。

「俺、ちょっと用事ができた」

そこまで言って、ようやく将人は友梨を見た。言葉で説明せずとも友梨はすべてを理解しているようだった。

「ごめん…」うつむいたまま友梨は言った。「気が動転して、どう伝えていいか分からなくて、結局何もできなかった…」

「また今度、話をさせて。今は妻と話すよ」

自分でも驚くほど、静かな声だった。声と同様に頭も冷静で、この状況を俯瞰して見ている自分がいた。

「とにかく尾形さんは帰った方がいい。また妻が何かしら面倒をかけるかもしれないから」

「でも…」

「大丈夫、トラブルにはしないよ」

不安げに瞳を揺らす友梨にそう言い残し、将人は遠ざかっていく真由子と見知らぬ男を追いかけた。

真由子は将人に気づかず、濃紺のスーツを着た男性に身を寄せ、歩いている。その距離は他人や仕事先の人ではもちろん、仲の良い友人でもありえない距離であった。

やがて二人はトイレの前に到着し、真由子だけが中に入っていった。

男はポケットから出したスマホをいじりながら、その場で立ったまま真由子を待っている。

その背中に、将人は「あの」と声をかけた。


将人と間男が、まさかの対峙!そのとき、真由子は…!?

急に声をかけられた男は、ゆっくりと顔を上げ、将人を怪訝そうに見てくる。

「何か?」

「大友将人と申します。大友真由子の夫です」

一息にそう言うと、男は目に見えてうろたえた。

「真由子と、とても仲が良いように見えたのですが」

静かに語る将人に、男は「ああ」だの「まあ」だのと、もごもごとしている。

「このあと、夫婦で時間を取りたいのですが、外していただけますか?」

将人が作り笑顔で告げると、男は「そういうことなら」とばかりに、そそくさと離れていった。

それから数秒もしないうちに、真由子が現れた。男の代わりに待っていた将人を見て、真由子の顔がみるみる青白くなっていく。

純白のワンピースよりも白いのではないか、と錯覚するほどだった。

「真由子、こんなところで何してるんだ?」

すると真由子は微笑んだ。しかし、歪んだ笑顔だった。あからさまに狼狽を隠している。

「奇遇ね。将人も来てたの?」

さっきの男は誰なんだ?という将人の質問を予想したのだろう。真由子はすぐに言葉を続けた。

「さっきね、係の方に案内を頼んでいたの。将人も来るなら誘ったのに」

「係の人と腕を組む必要はあった?」

「それは…靴擦れしちゃったから肩を貸してもらってたのよ。変な誤解しないでよ…」

真由子は顔を隠すようにうつむき、しきりに腕をさすりながら言う。自信なさげな声は、周囲の音に紛れて聞こえづらい。

将人は、意図的に声を張る。

「ごまかすなよ。あの距離はただのお客と係員の距離じゃない」

「どうしたの?今日の将人、雰囲気が違う。なんだか怖い」

真由子は必死に話題を変えようとする。だが将人は、めげずに言った。

「怖いのは真由子だよ。…不倫してたんだな」

次の瞬間、真由子の目から涙が溢れた。両手で口元を押さえながら話し始める。

「ごめんなさい!将人との別居が寂しくて、さっきの人とデートをしていたの。このワンピースも、失礼な話だけど、さっきの人を将人だと思いたくて着てきたの」

はらはらと涙をこぼしながら弁明しているが、将人の心には届かない。その声は、ただ音として耳を通り抜けるだけだった。

「でもね、将人と先週話し合ってヨリを戻すことにしたから、さっきの人には、もうあなたとは会えないって話してたの。本当よ。ウソじゃない」

「それにしては、ずいぶん楽しそうに見えたけど」

将人の口調は完全に真由子を追い詰め、煽るようなものだった。

急に、それまで困ったように下がっていた彼女の眉がつり上がる。豹変とはこういうことか、と将人はどこまでも冷静に妻を観察していた。

「…っ、何よ!急に出て行ったあなたが悪いんじゃない!」

追い詰められた者は、最後には逆ギレするものだ。

なおも将人は冷静だった。しかし次に真由子が発した言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けたのだ。

「15年間私はずっと、あんなに完璧なカノジョとして、完璧な妻として、頑張ってやってきたのに」



―完璧な妻として、頑張ってやってきた。

真由子はそう言った。“妻”とは、“頑張ってやるもの”なのだろうか。いや、真由子にとってはそうだったのだろう。

金切声とともに発せられた言葉は、15年一緒にいて、やっと聞けた真由子の本心だったのかもしれない。

将人は、心の底から申し訳なく思った。15年も一緒にいて、こんな形でしか彼女の本音を聞けなかったことが悲しかった。

もうこれ以上、一緒にいることはできない。

長いまつ毛を濡らして、真由子はまっすぐにこちらを見ている。そのまつ毛の奥を見返しながら、将人は静かに言った。

「そうだよね、ごめんね。もう頑張らなくて良いから」

だんだんと周りの音が聞こえなくなり、この場に二人しかいないような感覚に陥る。

「俺たち、離婚しよう」

そう言った時、周りの音は完全に聞こえなくなった。


▶前回:「私の旦那を、たぶらかしたでしょ?」男と2回食事したら、彼の妻が職場に殴り込んできて…

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ついに離婚を決意した将人に対し、先輩バツイチ・友梨は何と言う?