—理性と本能—

どちらが信頼に値するのだろうか
理性に従いすぎるとつまらない、本能に振り回されれば破綻する…

順風満帆な人生を歩んできた一人の男が対照的な二人の女性の間で揺れ動く

男が抱える複雑な感情や様々な葛藤に答えは出るのだろうか…

◆これまでのあらすじ

商社マン・誠一は、婚約者・可奈子が仕向けた刺客だということを知らずに、魔性の女・真珠(マシロ)に夢中になる。二人は恋に落ちて一線を越えてしまうが、可奈子の策略で引き離され…

▶前回:「今、誰といるの?」他の女とお楽しみ中、婚約者から“恐怖の着信”。追い詰められた男の驚きの行動



誠一「釈迦の掌」


思い焦がれていた真珠と遂に身体を重ね、婚約者の可奈子に呼び出されたあの日、裏切りを犯したはずの僕を、可奈子は大きな愛で包み込んだ。

真珠と出会い「本当の恋」を知った気でいたが、結局は可奈子の掌の上で右往左往していただけだったのだ。

「本当の愛」を知らしめるために、可奈子は僕に真珠という刺客を差し向けたのではないかとすら思う。

狐につままれたような気分のまま、あれから何かと理由をつけて毎日六本木周辺で飲んでいる。

結婚直前にやさぐれている僕を見て、周りはマリッジブルーだと笑うが、真珠とまたバッタリ出会えるのではないかと微かな望みは捨てきれないでいた。

真珠との思い出深い場所を巡り、彼女の影を探して酒に溺れる日々。そして、真珠の住む六本木ヒルズレジデンスを見上げながら、イルミネーションが点火されたけやき坂を一人寂しく歩くことしか出来ない哀れな自分。

ー僕を踏み留まらせたのは、“理性”なのか?

結局僕には“恋に溺れる勇気”も“レールを踏み外す度胸”もなかっただけではないか。この選択が正しかったのかは、わからない。

僕は確実に真珠を引きずっているが、心に靄を抱えていようと、現実は無情にも淡々と過ぎていく。

因果なもので、婚約者・可奈子たっての希望で、僕たちの結婚式はグランドハイアットで執り行うことになった。


夫の浮気相手を結婚式に招いた女の恐ろしい本音とは…?

可奈子「真実の愛」


あれから数ヶ月が経ち、今日という日を無事に迎えられたことにほっと胸をなで下ろしている。

なんの取り柄もない地味な女である私が、王子様を体現したかのような誠一さんと結婚できるなんて奇跡だと思う。

それもこれも真珠のおかげ。

誠一さんの女性関係を心配した父が、予定通り身辺調査を実行していたら結婚は破談になっていただろうし、食事会など華やかなお付き合いが尽きない誠一さんを野放しにしたまま結婚しても、その後苦労していたと思う。

誠一さんと真珠を引き離してから、誠一さんは牙を抜かれたように落ち着き、浮ついた交遊を遮断して一人で飲むようになった。

縁談がきっかけでお付き合いを始めた私たちの関係は淡々としたものだったけれど、真珠という障害物を差し向けたことで、それを乗り終え、絆を深めることができたのだ。

「真珠のような魅力的な女性を前にしても、結局私を選んでくれた」という事実は、私に自信をつけさせたのと同時に、誠一さんに真実の愛を認識させるイニシエーションとなった。

そして、純粋無垢だとしか思われていなかった私の恐ろしさをちょっぴり知らしめることができた。前にも増して大切に扱われていることを実感しているし、誠一さんを“尻に敷く”未来はそう遠くないだろう。



あんなに魅力的な女性を差し向けて不安じゃなかったかって?

私も誠一さんも、お育ちが似ているので全て織り込み済みだ。

私たちは物心がつく前から厳格なルールを叩き込まれてきた。小学校受験の後は競争社会に晒されることなく、無駄な争いを避け、平穏な世界にどっぷり浸かっていた温室育ち。

幼い頃から人の顔色を伺い、期待通りの立ち振る舞いをし、社会規範に則って、親の敷いたレールの上に乗ってずっと生きてきたから、今更道を踏みはずす度胸などない。

本能に振り回されて人生を破綻させるのは、お育ちの悪い方々の所業だろう。

“育ちの良さ”というのは、“理性の強さ”にあらわれるのではないかと思う。

人間、一時の気の迷いや突発的な衝動はあって当然。所謂“浮気”というものは“性欲処理”でしかない。そんなことにいちいち目くじらを立てず、大きな愛で包みこむ方が得策だ。

良いところだけでなく、欠点や限界をも含めて愛することが「本当の愛」なのではないだろうか。

私の壮大な愛と覚悟と恐ろしさを知った誠一さんは、今後、私を傷つけるようマネは絶対にしないだろう。

そして今日、誠一さんと真実の愛を誓う姿を、真珠に見せつけることができることを、何よりも嬉しく思う。

私にないものを持っている憧れの女性。初めてコンプレックスを感じた女性。そんな女性に勝てたような気がして、10代の頃から心の中にあった酷い感情をやっと昇華できた気がする。


結婚式に、真珠があらわれ、可奈子がまた無謀なお願いをする!?

誠一「人生は選択の連続」


チャペルの扉が開き会場に足を踏み入れた瞬間、僕は目を疑った。

真珠が、いたのだ。

真珠は今日も相変わらず美しくて、それどころか輝きが増していて、僕のことなんて全く忘れているかのように凛としていた。

真珠との思い出が走馬灯のように鮮明に映し出され、あらゆる感情が一気に押し寄せて、耐えがたくなった僕は強く目を瞑った。

挙式に呼ぶ程の仲である友人と情事を交わしてしまったことの罪深さを、神の前で改めて叩きつけられたような気がしたのだ。

そんな僕を愛おしそうに見つめ、バージンロードを僕に向かって父親と腕を組み直進してくる可奈子が誇らしげな顔で真珠に微笑みかけた姿を目撃した瞬間、点と点が繋がり僕は全てを察した。



挙式後のささやかなパーティー。乾杯だけしてそそくさと帰ろうとしていた真珠を、遠目から見ていた可奈子がマイクで呼び止めた。

「真珠ちゃんっ、友人代表として一言頂けないかしら。真珠ちゃんは大学からの友人で、宝石商として世界中で活躍している私の憧れの女性です。今日は来てくれて本当にありがとう♪」

スポットライトで照らされた真珠があまりにも美しくて会場が騒めく。真珠は一瞬戸惑ったものの、マイクを手に取り真っ直ぐこちらを見つめて口を開いた。

真珠が身につけていた煌びやかな宝石も、六本木にそびえ立つあのタワーマンションも、彼女が自力で手に入れたものだと知り、自分の愚かさを軽蔑した。

「……可奈子さん、誠一さん、ご結婚おめでとうございます。お二人に、“人生は選択の連続だ”というシェイクスピアの名言を贈りたいと思います。

お二人が今日という日を迎えるまで、沢山の選択を経てきたということを私は知っています。これまでも、これからも、生きていれば様々な葛藤があるかと思いますが、人生に正しい選択などないのです。選んだ道を正解にするのが人生です。聡明な可奈子さん、理性的な誠一さん、お二人の幸せを心から願っています」

真珠はそう言って、僕たちの前から永遠に消えた。

本当の恋を知らなかった僕に、“恋”を教えてくれた真珠。

本当の愛を知らなかった僕に、“愛”を教えてくれた可奈子。

2人のどちらを選べば正解だったのか今でもわからず、釈然としない気持ちを抱えたまま流されるように結婚式を迎えてしまった僕に、真珠の言葉は深く響いた。

恋でもなく、愛でもなく、僕は今の今まで自分の愚かさに溺れていたのだろう。



嵐のような結婚式を終え、放心状態だった僕を可奈子は半ば強引に引っ張り、エレベーターに連れ込んだ。

可奈子は恍惚とした表情を浮かべながらカードキーを差し込み、21階を押した。

「最上階…プレジデンシャルスイート…」

既視感のある光景を見て、真珠との思い出が否が応でもフラッシュバックしてしまう。冷や汗をかく僕を見て、可奈子は不敵な笑みを浮かべた。

「うふふ、もう引き返せないよ♡」

Fin.


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