連絡はろくに返してもらえず、相手の好きな時にだけ呼び出され、用が済んだら追い返されるー。

そんな「都合のイイ関係」に苦しむ男女たち。

好きになった方が負け。結局そのままズルズルと振り回され、泣きを見る者が大半だろう。だけどもし、そこから形勢逆転する“虎の巻”があったなら…?

坂本なつめ(28)は、幼馴染の宮本蓮が大好き。でも彼はある女性の「都合のイイ男」にされていた。

なつめは好きな男のために、一肌脱ぐことを決意する。

諦めないで。私が本命になる方法を伝授しましょう。

◆これまでのあらすじ

蓮は、マイコに「付き合う気はない」と告げられ、泣く泣く“都合のいい男”になることを選んでしまった。一方なつめは、蓮から「話がある」と高級レストランのディナーに誘われ…。

▶前回:今夜そのまま泊まろうと思ったら…年上の美女が男に差し出した、信じられないモノ



「どしたん、なつめちゃん」

開口一番、マイコさんが言った。このリアクションをされるのは午前中だけで5人目だ。

「変ですかね」

はは、と私は乾いた笑いを添えるしかない。

今日の服装は、ゆったりとしたシルエットで柔らかな雰囲気を演出できるミントグリーンのニットワンピ。「絵に描いたようなデート服だね」と希美ちゃんにはつっこまれた。

だって、今夜はデートだ。好きな人に「話がある」とラグジュアリーなレストランにお誘いされたら、誰だってクローゼットからフェミニンなお洋服を選ぶでしょう。

「全然変じゃないよ、可愛いし似合ってる」

雰囲気違うからびっくりしちゃっただけ、と誉められ、私は胸を撫でおろす。確かにいつもモノトーンコーデでシンプルな服を好んでいたから、こんなふんわりした色を身に着けることなんて今まで一度もなかった。

照れる私をじっと見て、マイコさんは「でも」と言葉を続けた。

「いつものなつめちゃんはもっと好きやなー。格好いいし、芯がある感じで」

そう言って、にっこり微笑むマイコさん。これは、どう返すのが正解なんだろう。

「あ、ありがとうございます…?」

首を傾げながら礼を述べてみる。マイコさんは小さく笑い、私の肩を軽く叩いた。


浮足立つなつめと、温度差のある蓮。彼は何を語るのか…

「…なんか今日おしゃれだね」

丸の内にあるホテル内のレストランでTheoryのコートを脱いで預ける私に、蓮が言った。

やっぱりいつもと同じ感じにしてくればよかったかな、と少し後悔するがもう遅い。

「こんな素敵なお店に誘ってもらったから、おしゃれしちゃった」

卑屈に着られたら服だってかわいそうだ。えへへと笑うと、蓮も「いいじゃん」と口角を上げてくれた。

通された席は、夜景が一望できるコーナー席だった。東京駅から発着する列車の灯りが、夜景に浮かび上がる。

窓一枚を隔てて現実と切り離されたような空間に、思わず感嘆の息が漏れた。

蓮との食事はいつも気楽なお店ばかりだったから、夢みたいだ。

華奢なグラスで琥珀色の泡を弾けさせるシャンパンが、特別な雰囲気をこれでもかと演出する。蓮の服はいつもと変わらないが、男の子なんてそんなもんだろう。

帰りには私たち、違う関係になっているんだ。どきどきと胸が高鳴る。



席に着いてから1時間半。メインの肉料理も食べ終え、あとはデザートのモンブランを残すのみ。だが蓮は仕事がどうとか実家のネコがどうとか、当たり障りのない話しかしない。

「…あの、そういえばなんか、話があるって言ってたよね」

痺れを切らした私は、シャンディーガフを一口飲んで言った。考えてみれば、蓮はとっても緊張しているはずだ。

男子校出身男子校育ち、職場も男子だらけの蓮が告白を切り出すのはものすごくハードルが高い。ここは私がアシストしてあげるべきだろう。

「あー…うん」

蓮は声のトーンを下げ、手にしていたモヒートのグラスを置いた。深呼吸。一度窓の外を見て、もう一度深く息を吸って吐く。

めちゃくちゃ緊張しているその様子に、私まで手に汗をかいてきた。

「実は、す…好きな人ができて」

どきどき。心臓が痛いほどに脈打つ。「それは君なんだけど」的なパターンか。

「付き合いたいんだけど、付き合う気はないって言われて…」

あれ…?

「でもどうしても付き合いたいから、アドバイスが欲しい」

お願いしますと頭を下げられるが、こちらは思考がついていかない。私は蓮と付き合う気しかないわけだけど、そういう話じゃないようだ。

相手が、私じゃない?

「話って…それ?」

握りしめた手から力が抜けていく。お腹いっぱい食べて幸せだった満腹感が、急にずっしりと胃に石を入れられたような重さに変わった。

「いや…その、相手が…」

そこまで言ってごにょごにょする蓮に、私はピンとひらめいた。

ラグジュアリーなレストランでフルコース。“デートディナー”じゃなくて、“ごめんなさいディナー”だとしたら。

私も知ってて、お詫びが必要で、蓮が魅了されるような相手。



「…マイコさん?」

ぴくり、と蓮の肩が揺れた。

私ってば、おめでたい勘違いするくせに、こんな時ばっかり勘が冴えちゃうんだよなあ。

「なにそれー、知らなかったよ。クライアントに手出すのやめてよー」

明るく言ってみるが、顔が強張ってうまく笑えず。諦めて感情に身を任せ、はあとため息をついた。

「本当に申し訳ない、ごめん」

うなだれた蓮に謝られ、更にみじめな気持ちになる。来たときはキラキラ輝いて見えた東京駅の夜景、トラウマになりそうだ。

「デートとかして、付き合う気ないって言われちゃったの?」
「いや…」

今日多いな、その否定の仕方。こっちだってこんな話、聞きたくて聞いているわけじゃないんだけど。

「はっきり教えてくれないとアドバイスできないよ…」

呟くように言うと、そこでようやく蓮はきちんと説明を始めた。


蓮の幸せを願い、なつめが伝授する本命になるための作戦とは

大学生の時に歯医者で手にしたビジネス誌に、会社を創業したばかりのマイコさんのインタビューが載っていたこと。誌面で見たマイコさんが本当にタイプで忘れられなかったこと。

色白でぱっちりと大きな瞳、バラ色の小さな唇、黒くてウェーブのかかった長い髪、泣きぼくろのある人…つまりマイコさんみたいな年上の女性にしか興味を持てなくなったが、そんな人は大学のキャンパスにもバイト先にも職場にもいなかったそうだ。そりゃそうだ。

要するに蓮にずっと彼女がいなかったのは、理想が高すぎたからなのだ。私が女の子扱いされていたのは、蓮が実姉に厳しくレディーファーストを躾けられていたから。

そこから今日に至るまでの経緯を聞き、私は両手で顔を覆った。

ーマイコさん、怖すぎない?

私が蓮とご飯に行くとウキウキで報告した夜に、蓮をマンションに呼び出してた。ていうか、キューピッドするって言ったディナーですでに呼び出してた。

「どう考えてもマイコさん、やばすぎるからやめたほうがいいと思うんだけど」

こめかみを引きつらせながら言うが、蓮はまた「いや…」と口ごもる。こりゃやめる気ないな。

「あのね。今の君は、ただの都合のいい男だから」

私はぐっと残りのシャンディーガフを一気に飲み干した。

わかるんだ、今の蓮がどれだけつらい思いをしているか。誰に何と言われようがその恋を自分から終わらせられないのも、私にはわかる。

大切な幼馴染が傷ついて搾取されて終わるのを、傍観しているわけにはいかない。

「私が蓮に、『本命昇格・虎の巻』を伝授してあげる」

隣に来るよう、ぽんぽんとソファーを叩いた。向かいに座っていた蓮が戸惑いながら立ち上がり、促されるまま腰を下ろす。

私は座りなおしてぐっと密着し、彼の手をとった。

「好きだよ」

まっすぐに切れ長の瞳を見つめ、言った。



「本当に好き。ほかの人にとられたくない」

蓮の瞳が、動揺に激しく泳ぐ。

「えっ」
「……っていう風に、ストレートに愛を伝えるの。作戦その1ね」

笑いながら、私はぱっと手を離した。

「人って、自分に好意を寄せる人のこと悪く思わないから。関係もったってことは生理的にNGではないわけだし、どんどん好意を伝えて褒めて称えて気持ち良くさせる」

なるほど、と冷静な様相で頷いた蓮は、離された手をテーブルに置こうとしてフォークを床に落とした。動揺しすぎなのである。

「あえてLINE返さないとか、そういう駆け引きは今後おいおい。あと脈絡なく真剣に愛を伝えすぎても重くて怖いから、しかるべきタイミングでその都度細かく褒めまくる」
「難しいな」

蓮が腕を組むのと同時に、芸術品のように美しいモンブランが運ばれてきた。

「私がマイコさんにどう向き合ったらいいか考えるほうが難しくない?」

躊躇なくフォークを差し入れながら言うと、蓮は再びごめんと頭を下げた。口に運んだモンブランは、とろけるように深く甘い。

「大丈夫だよ」

こつん、とわざと強めに膝を蓮にぶつける。顔を上げると、視線が絡んだ。

「蓮はイケメンだし頭もいいし、私が大好きになるくらい本当に優しいんだから、絶対に大丈夫」

「ダメだったら慰めてあげる」と言うと、ようやく蓮も小さく笑った。


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なつめの「作戦その1」を実行に移す蓮。マイコの反応は?