職場は、戦場だ。

出世争い、泥沼不倫、女同士の戦い…。

繰り広げられる日常は、嘘や打算にまみれているかもしれない。

そんな戦場でしたたかに生きる「デキる人」たち。

彼らが強い理由は、十人十色の“勝ち残り戦略”だった。

大手IT会社に勤務する25歳の花山 樹里は、そんな上司・同僚・後輩と関わりながら、それぞれの戦略を学んでいく…。

▶前回:月々30万円、彼氏からのお小遣い。社内の悪評をものともしない32歳女のやり方とは



「広報部には10年程いて、その前は数年間ヨーロッパに駐在してまして、色んなイベントも担当してました。当時の部長が今は執行役員になってて、今でも交流があって気にかけてもらってるんですが…」

会議室で目の前に座る推定40歳くらいの男性・間宮 祐樹が、いわゆる「どや顔」で、自身の経歴を誇らしげに語り続けている。

ーこの人初対面なのに、ものすごい勢いで自慢話してくるわね…。

樹里の耳には、途中から彼の話が入ってこなくなった。終わりの見えない自慢話をBGMに、彼の冬っぽいチェックの上品なスーツや、横に置かれた上質な手帳等をまじまじと観察しながら、退屈な時間をやりすごす。

「花山さんは慶應女子っぽい気もしますけど、違いますか?」

「…え?あ、いえ私は違います」

「そうですか、私はけっこう母校愛が強くて三田会にも入ってまして…」

いい歳になってまで出身大学の話をしはじめる間宮に、樹里はもはや胸焼け寸前だ。

このミーティングに出席する予定の紗栄子から「5分程遅れる」と連絡がきたせいで、間宮の自己紹介はいつのまにかこうした空虚な自画自賛に成り下がっているのだった。

ー紗栄子さん、早くこないかしら…。

そう樹里が思った瞬間、明るい声とともに会議室のドアが開き、ワインレッドのブラウスを来た紗栄子が駆け込んでくる。

「お待たせしました!間宮さん、ご無沙汰してます」

「おー、紗栄子さん久々。元気そうで」

間宮が自慢話を止めたことで、ようやく打ち合わせが始まりそうだ。ふぅ、とため息をつきながら樹里がメモを取り始めると、ラップトップの画面に紗栄子からチャットが届いた。

『間宮さんは話を大きくしちゃいがちで要注意だから、その辺気をつけながらミーティング進められれば!』

隣の紗栄子を見ると、こちらを見つめながら目を細めて頷いている。

ー要注意…?どういうことだろう?


突如告げられた「要注意人物」のレッテル。その真相とは?

「紗栄子さん、さっきのチャットって…」

打ち合わせが終わり間宮を残して会議室から出ると、樹里はすぐに紗栄子に聞いてみた。紗栄子は引き続き意味ありげに眼を細めると、ヒソヒソと小さな声で樹里に耳打ちをする。

「間宮さんはここだけの話、プレゼンが凄く上手くて頼りになるんだけど…。事実にちょっと話を盛っちゃったりする癖のせいで、以前トラブルがあったのよ」

「なるほど…」

「だから彼との仕事は、常に事実確認をする必要があるって意味」

ー最初の自慢話もすごかったしね…。でもトラブルって何のことだろう。

そう思いながらも話を聞いていると、紗栄子は思い出したように付け加えた。

「あ、でもね。逆に、間宮さんをコントロールしながら味方につけられれば、うまく話が通るってことよ」

紗栄子はいたずらっぽくニコっと笑いながら長い髪を耳にかける。

ー紗栄子さん、間宮さんみたいなタイプまで手のひらで転がすのね、さすがだわ…。



【今回の登場人物】
名前:間宮 祐樹
年齢:41歳
所属:広報部
家族構成:既婚


ー紗栄子さんとの仕事は、やりづらいよな…。

間宮は、会議室で目の前に座る紗栄子と樹里を交互に見ながら、二人に気づかれないようにため息をついた。

そして、ミーティング中であるにもかかわらず、数年前の出来事を思い出す。

ー”あの時”以来、紗栄子さんには距離を取られてる気がするし…。



”あの時”。それは数年前、他社と共同のプレス発表案件を間宮が担当していた頃のことだ。

当時の間宮は社内でのネットワークを着実に作り、仕事も沢山こなしていた。さらに、話題の重要案件の担当になったことで、間宮は有能な出世頭として認められていたのだ。

そんな間宮が、毎日沢山の人と仕事をする中で意識していたこと。それは…

自分の名前を、“デキる男のイメージ”で覚えてもらうことだった。

言い方は悪いが、一番最初に”マウントを取る”。

相手の様子を見ながら、自分の方が相手より優れていそうなエピソードを小出しにする。

そうすると、話は広がり、良いイメージで自分を記憶してもらえるのだ。

「間宮さんって、あの案件も担当されてたんですってね」

「その期間にヨーロッパ駐在されてたってことは、僕の上司とかぶっているかもしれません」

たくさんの賛辞の中、順風満帆な日々を過ごしていたはずだった。しかし、ある日そんな間宮のポリシーが裏目に出る事件が起きる。

忘れもしない、あの日の午後。紗栄子からかけられた言葉はこんなものだった。

「間宮さん、あの、今度の他社と共同プレス発表の件、先方の会社さんからクレームのメールが入ってます…」

メールを見ると、そこには間宮宛てに、長々としたクレームの文章が綴られていた。

ーえ…、どういうことだ…。


間宮の、忘れられない「苦い思い出」の結末とは?

「間宮さんが先方とのミーティングで提案した内容と、実際のプランが違いすぎるって言われてます…」

紗栄子はそう言うと、眉を下げ困ったような表情でこちらを見つめる。

ーそういえば、この前のミーティングで話を大きくしすぎたかもしれない…。

心あたりがあるのは、前回のミーティングだ。プレス発表の実際のプランを話している時に、実現可能性を抜きにして少々理想的なプランをプレゼンしてしまった自覚があった。

「それで間宮さん、次回のミーティングから担当を外れるって聞いたんですけど本当ですか…?」

ーえ…?この俺が、担当をはずれる…?

後日、紗栄子のその言葉通り、間宮は上司から担当を外れることを告げられたのだった。



ーあの日から、俺の出世街道は行き止まりだよ…。

久しぶりに蘇った思い出に苦笑いしながらミーティングを終えると、間宮は立ち上がる紗栄子たちを見届けた。

ーそろそろ、戦う場所を変えるタイミングってことかな。

一人会議室に残された間宮は、思い立ったように、その場で転職サイトに登録した。



それから約3ヶ月後。

オフィスに出社した間宮は、目を細めながら小さく頷いていた。

ーやはり俺のキャリアは、イケてたんだな。

転職サイトに登録した直後から、間宮には様々な会社から連日オファーが届いた。

そして間宮は、その中で最も待遇がよく周囲にも自慢できそうな今話題のスタートアップに、来月から転職することを決めたのだ。

役職は、マネジメント職。

出世に行き詰まっていた間宮の口元が、思わず緩む。

ー自分のポリシーは決して間違っていない、戦う場所を変えればいいだけなんだ。

改めて、そう確信した。

そんなことを考えながら歩いていると、偶然すれ違ったのは樹里だ。

間宮は「あ、花山さん」と呼び止めると、小さく咳払いをして話し始める。

「花山さん、お久しぶり。実は僕、来月から最近有名なあのスタートアップに転職することになってね。マネジメントとして入るんだけど、最終出社の前に花山さんや紗栄子さんにも挨拶できればと思ってて…」

樹里はキョトンとした顔をしながら、こちらを見て頷いている。

長く勤めた会社を去るのはやはり寂しい。

しかし、そんな感傷以上に間宮を駆り立てるのは、これまで関わった人たちに最後のアピールをしてから去らなければ気が済まないという、自己顕示欲だった。

ー有能であることをアピールすることで、相手の心には有能な俺が残るんだ。

自慢話を聴き終えた樹里は、戸惑ったような表情を浮かべながら会釈をして去っていく。

ーこれからもポリシーを変えるつもりはない。

そんな樹里の後ろ姿を見ながら、間宮は心の中でそう呟いた。


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