―絶対に、してはならない。

禁じられるほどしたくなるのが人間の性。それを犯した人間に、待ち受けているものとは…?

▶前回:広尾在住の優雅な専業主婦。彼女を一瞬で転落させた、一通のメッセージ…。



―大きくなったら、パパと結婚する!

お父さん子だった私は、幼い頃、そんなことを口癖のように言っていた。

大人になり、人並みに恋愛経験を積んでからも、男性に求める理想像は揺るがなかった。父のように誠実で、まっすぐに母だけを愛する人と結婚したい、ずっとそう願っていた。

そして、あのとき。

隆司さんと初めて出会ったとき、「ようやく出会えた…」そう思えたのだ。陳腐な表現だけど、ビビッとくる何かを感じたような気がした。

流行りのマッチングアプリで出会った税理士の隆司さんは、私の2つ上で29歳。父のように背が高く逞しく、けれど、どこか優し気な雰囲気が漂う。

何度かデートを重ねるうちに、彼のまっすぐ過ぎるほどに真面目な性格や、誠実さにも惹かれていった。

そして、徐々に直感が確信へと変わっていったのだ。彼が運命の男性だ、と。

両親に紹介したら、きっと喜ぶだろうな。まだお付き合いすらスタートしていないのに、そんな妄想が膨らんでしまうほどだった。

けれど、あるとき。

私は、彼の発言にある違和感を覚えてしまった。些細なことだったかもしれないけれど、誠実だと思っていた男性には、似つかわしくない言葉。

そして、隆司さんと共通の友人に彼の過去を聞いてみると、とんでもない事実が発覚してしまったのだ…。


27歳の女が、運命を感じた男性。しかし、男はあることを隠していた…

あれは、3回目のデートのこと。

―そろそろ、付き合うみたいな話になったりするのかな…。

そんな淡い期待を持ちながら、彼から指定された恵比寿のビストロに時間ぴったりに到着すると、彼はすでに席につき、メニューをながめていた。

賑わう店内で、彼の背筋がピンと伸びた姿はひと際目を引く。

毎回そう。私が時間ちょうどに着いて、彼がすでに待っている。きっと5分前行動が基本なのだろう、律儀な人。

「お待たせしました〜」
「僕もちょうど今ついたとこだよ、お仕事、お疲れさま」

爽やかな笑顔に見つめられ、ドキッとするもどこか安心感を覚える。とても不思議な感覚。

「飲み物、どうする?ここ、結構ナチュールワインの種類も豊富そうだよ」

私の好きなものを覚えていてくれている優しさにも、とても好感が持てた。

それから、他愛ないことから真剣な話まで、会話は途切れることなく弾んだ。

そして、ひょんなことから私が行ってみたい場所の話になったとき。

「これです、ここここ。白川郷!一度行ってみたいんですけど、アクセス悪いらしくて、車も運転できないし、中々チャンスないんですよね〜」
「あぁ、そこ行ったことあるよ。昔彼女と」
「…そうなんですね」

誰と行ったかなんて、わざわざ言わなくていいのに。隆司さんは元カノの存在をあえてチラつかせてきたのだ。

そして、それはその1回だけではなかった。

「昔付き合ってた子で、こんな口論になっちゃったことがあってさ…」
「その時の彼女がさ…」

隆司さんに全く女性経験がないとは思わない。私が気にし過ぎているだけなのかもしれない。

けれど、誠実だと思っていた人が、積極的に元カノの話をデートで持ち出す意図がわからなかった。

それに、話を聞いている限り、なかなか女性経験が豊富そうに受け取れる。

―もしかして、意外と遊び人…?

誠実で真面目な人というイメージを抱いていた私は、このデートで彼に対する印象が少々歪んでしまった。



もうすぐ、クリスマス。

帰り道、私の少し動揺して落ち込んだ気分とは対照的に、街行く人は浮足立っているような気がした。

「まだ、ちょっと時間ある?」
「…あ、はい」
「散歩がてら、ガーデンプレイスの方までちょっと行ってみない?」
「いいですね」

私はその提案を言葉通り散歩のためと受け取ったのだが、どうも彼は何か言いたげな、緊張したような面持ち。

デートへ向かうまでの道のりは、彼との将来に期待を寄せていたのに、今は彼のことがよくわからない。

夜景に映える、きれいな電飾とクリスマスツリーのオーナメント。あたりはカップルばかりで、幻想的な雰囲気。

そんな空気感に酔いしれつつも、私はこのムードに飲み込まれないよう、何か言いたげにする彼を遮り、必死に昨日見たバラエティー番組の感想を面白おかしく話し続けた。


隆司さんを知る人物を必死で探し、そして…

彼はあのとき、私に告白しようとしていたんだと思う。

けれど、どうしても彼の元カノに関する発言が気になってしまい、必死に話題を逸らした。

そして帰り際、ふと気づくとSNSの検索ウィンドーに彼の名前を入力しはじめている自分がいる。

―…彼の過去が、どうしても気になる。

詮索したところで大した情報は得られないかもしれない。知りたくないことを知ってしまうかもしれない。

…けれど、知りたいという欲求にかられると、どうしても手を止めることができないのは、私の悪い癖。

そして、Facebookで発見した彼のページ。そこに、共通の友人を1人発見した。倉沢香奈。私の大学時代の親友だ。

『香奈久しぶり!良かったら今度ランチしない?…ちょっと相談したいこともあって…』

気が付くと、メッセンジャーにそう打ち込んでいた。こういう時の行動力とスピードには、自分でも驚かされるし、少し怖くなることすらある。

けれど、この衝動を止めることはできない。



「どう思う?普通、わざわざそんな話しなくない?なんでそんなこと言うのかな?!」

香奈をランチに誘い、一通りの近況報告を終え、相談したかったことをぶちまける。大学時代の親友で、多少ブランクがあっても何でも言い合える間柄。彼との共通の友人に彼女がいたことは、本当に幸運だったと思う。

「…ちょっと落ち着いてよ」
「…だって、知りたいんだもん」
「知りたいっていうことは、隆司のことかなり気になっているんだね?」
「…え、まあ」
「これ、私が言ってた…ていうか、知らなかったことにしてあげてね?」
「…うん」
「隆司さ、過去に1人の女性としか付き合ったことないのよ」
「え?でも、いろんな元カノについて話してたよ?」
「多分それ、全部同一人物」

確かに、言われてみればそうだ。話に出てきた女性たちを勝手に、過去の元カノたちと認識していたが、彼はそんなこと一言も言っていない。

「…そっか」
「隆司、恋愛経験が少ない事かなり気にしててね…。舐められたくないっていうか、引かれないように必死なんだと思う」

そのコンプレックスを隠すためか、その1人の元カノを拡張して話すことで、自分の経験値の低さを悟られないように、予防線を張っていたらしい。

「なるほどね」
「でも、誠実な人であることは間違いないと思うよ。浮気なんてできる技量ないと思うし」
「…そっか」

前のめりになるほど彼について知りたかったのに…。あははと笑い飛ばす彼女を目の前に、さっきまでの興奮がスーッと冷めていくことを感じる。

遊び人だったら嫌だな、そんな風に危惧していたのに、今度はあまりの経験値の低さに萎えている自分がいる。

経験値だけじゃない、見栄の張り方というか、背伸びの仕方に、熱が冷めていくことを感じる。

“誠実”と“モテない”は紙一重。

勝手に舞い上がってしまい、いい意味で色眼鏡でみてしまっていたけれど、ただ女性に縁がないだけの人だったらしい。

きっと彼は運命の男だという確信めいた思いがあったからからこそ、落胆の度合いも大きかった。

「それより、私の近況も聞いてよ!最近、いい感じの人がいてね…」

近況報告は香奈のターンになった。彼女の楽し気な話に、必死に相槌を打ち笑顔を作るも、その内側ではどんよりしたものを抱えていた。


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デート中の男性が、スマホを開きっぱなしのままお手洗いへ…。