人は見た目より中身が大事。そんなこと、誰だってわかっている。

だけど美しいものに心奪われてしまうのは、人間の本能なのだ。

美人女医・菜摘もしかり。彼女が男に求めるのは、お金でも性格でも価値観でもない。

−イケメンは正義。

そう言い張り、イケメンに夢中になる女の人生は、次第に狂い始めていく…?



−なんて美しい顔なんだろう…。

目を覚ました菜摘は、隣で眠る涼介の顔をうっとりと見つめる。

毎朝5分間の幸福タイム。彼の美しい寝顔を見るためだけに、目覚まし時計を5分早くセットしているのだ。

すっきりしたフェイスラインにスッと通った鼻筋。ハリのあるきれいな肌や長いまつ毛に、ほんのり赤い肉厚の唇。

彼の横顔を見つめていると、今日も頑張ろうというエネルギーが湧いてくる。

朝起きるのは苦手だったはずだが、俳優顔負けのイケメン彼氏・涼介と一緒に眠り始めてからは、寝起きもすこぶる良い。

「…よく眠れた?」

目を開けた涼介は、おもむろに菜摘を抱き寄せた。彼の胸に顔をうずめると、爽やかながらもトロンと甘い香りが鼻腔をくすぐる。

油断すると理性が吹っ飛びそうだ。だが自分は仕事に行かなければならない。菜摘は、一生このまま抱かれていたいという欲望をぐっと堪えて、彼の腕から離れた。

「じゃあ、行ってくるね」

出勤の準備を終えて玄関に向かうと、涼介がそこに立っていて、行く手を阻んだ。そして、菜摘の顎を指でクイッと持ち上げてキスをする。

「行ってらっしゃい」

ああ、幸せな朝。菜摘は、弾むような足取りでオフィスへと向かった。


イケメン彼氏と幸せな日々を過ごす菜摘。仕事も恋も順調な彼女だったが…?

完璧な美女の弱点


「良い調子ですね。前回と同じお薬でいきましょう」

花村菜摘(はなむら なつみ)、33歳。表参道にある美容クリニックで、皮膚科医として働いている。

菜摘は、平日の10時〜19時の診察を担当していて、休日出勤はない。激務だった研修医時代とは比較にならないほどワークライフバランスを保った生活を送っているが、それでも年収は2,000万を超える。

最近は、以前に比べて比較的安価に美容医療を受けることが出来るため、クリニックは毎日大盛況だ。

いまや、美意識の高い女性の間で美容医療は当たり前。女性は若い頃からケアしているし、男性も脱毛や皮膚のお手入れをしている。

もちろん菜摘自身も、美容には熱心だ。美容クリニックで働く以上、自分自身が美しくいなければいけないと思っている。

今年で33歳になるが、入念に手入れされた肌はきめ細やかで、シミ一つない。元CAの母親譲りの整った顔で、雑誌に掲載されることもある美貌なのだ。

美貌に経済力、そして社会的地位。それだけでも圧倒的に恵まれているのに、超イケメンの年下彼氏までいる。完璧すぎる彼女の人生だが、菜摘にはある弱点があった。



−うわっ、すごいタイプ…。

菜摘は、診察室に入ってきた男性にドキッとした。

現れたのは、身長はそれほど大きくないものの、クリっとした目が可愛らしい童顔の男性。どこかのアイドルグループに所属していてもおかしくないルックスだ。

患者の容姿にいちいち気を取られている場合ではないと分かっているのだが、菜摘は研修医の時代から、格好いい男性患者が訪ねてくるたびに気分が高揚する。

研修医の頃、当時の指導教官に「露骨すぎ」と注意されてから気をつけてはいるのだが、反射的に反応してしまうのだ。

目の前に座った彼は、美容レーザーを希望しているという。菜摘は診察を進めていき、赤みを消したいとのことだったので、それに合うレーザーを処置することになった。

診察している間も、油断すると「ああ、かっこいい」などと本音が漏れてしまいそうだ。気を引き締めて、診察にあたる。

そう。彼女の弱点は、“イケメン”に弱すぎるところなのだ。小さい頃からとにかく面食いで、イケメンが大好き。

診察を終えた菜摘は、電子カルテに書き込みながら、つい先ほどの患者の名前を確認してしまう。

−りょうすけっていうんだ。

患者の名前が、自分の恋人と同じだということに気づき、今朝見たばかりの寝顔を思い出してにやけてしまった。彼が家で待っているかと思うと、早く家に帰りたくてたまらない。

時計は17時を回ったところ。帰りに、涼介の大好きなクロワッサンを買って帰ろう。明日の朝、嬉しそうに頬張る彼の顔を思い浮かべながら、次の患者を呼んだ。


自慢の彼氏・涼介の待つ家へと急ぐ菜摘。そんな彼女に悲劇が襲う…。

顔以外、知らない


クロワッサンを購入した菜摘は、タクシーに乗り込んだ。自宅のある青山一丁目までは歩いても帰れる距離だが、一刻も早く涼介に会いたい。

信号が変わるのを待っている間、ふと窓の外に目をやると、ビルの広告に今を時めく俳優が大きく掲載されていた。

巷では演技が下手などと叩かれているし、実際ドラマを見ているとそう思う部分もあるのだが、正直イケメンなら何でも良い。見ているだけで癒してくれるのだから。

お金なんて自分で稼げば良いから求めない。ただ、イケメンが良いのだ。

この極端な恋愛観のせいで、これまでも散々な目に遭っているが、それでもイケメン好きはやめられない。

−でも…。今私が一番大事なのは、涼介だけ。

付き合って3か月になる恋人・涼介は、現在は、IT企業の広告営業をしている、28歳。

友人主催のホームパーティーで知り合って一目ぼれした。猛アタックの末付き合うことになり、この3か月の間あれこれプレゼントしてしまったが、後悔などしていない。

ダンヒルのスーツに、マッキントッシュのコート。何を身に着けても、にくいほどキラキラと輝いてくれるのだから。

タクシーから降りると、菜摘は彼の待つ部屋へと急いだ。



「ただいま…!?」

部屋の扉を開けた瞬間、何だかよく分からないが、嫌な胸騒ぎがした。

廊下を抜けて部屋を見ると、いつもあるはずのものがない。机の上の涼介のパソコン、ベッド脇の文庫本、クローゼットにかかった服。

代わりに、大きなRIMOWAのスーツケースを持った涼介が部屋の中央に立っている。

「ちょっと何してるの…」

そういえばあのRIMOWAのスーツケースも自分がプレゼントしたものだなと、どうでも良いことを考える。すると涼介が、不可解なことを言ってきた。

「菜摘さん。いや、花村さん。僕の苗字、分かりますか」

「えっ?」

予想外の質問に、間抜けな声が漏れる。

そんなの簡単…と答えようとするが、まさかのことが起きた。あろうことか、自分は恋人の苗字を思い出すことが出来なかったのだ。

頭が真っ白になる。だが涼介は、そんな菜摘の様子は予想していたかのようだった。表情ひとつ変えず、スーツケースをゴロゴロと引っ張りながら去っていく。

「付き合って3か月、あなたは何も質問してこなかった。

初めて会った時、僕が、“涼介です。IT企業の広告営業をしています”と言った以外、あなたは僕のことを何も知らない。知ろうともしなかった。

つまり、僕がどんな人間かなんて、全く興味がないんですよね」

妙に距離感を感じさせる丁寧な言葉に、彼の怒りを察する。謝罪しようと背中を追いかけたが、振り返った涼介は不敵な笑みを浮かべながらこう言った。

「さようなら。あ、最後に。僕の苗字は、遠藤です」

プレゼントしたマッキントッシュのコートを格好よく着こなした彼は、颯爽と部屋を出て行った。

−嘘でしょ…!?

一人取り残された菜摘は、ショックでその場に立ち尽くすことしか出来なかった。


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ショックで立ち直れない菜摘。今度こそ男を中身で選ぼうと決意したものの…?