コロナ禍で、先行き不安な社会情勢。それは私たちの結婚観にも確かに影響を与えた。

孤独や不安感から「結婚したい!」という気持ちが増す女たちと、「もっと安定してからじゃないと...」と慎重になりがちな男たち。

明らかにこれまでとは様子が変わった、婚活市場。令和の東京におけるリアルな婚活事情を、ご覧あれ。

◆これまでのあらすじ

友人美緒の紹介で、中国人実業家シアに出会った日奈子。自分と釣り合わないと分かっているのに、惹かれる心を止められなくて…

▶前回:「今までの男は単なるハズレくじ!?」フツーの32歳女が、超イケメンに一夜で見初められたワケ



婚活を始めて1ヶ月。ようやく気になる人が出現した。

とはいえ両思いというわけではないし、まだ一度もデートすらしていない。

それなのに、普段よりも丁寧にスキンケアをしたり、恋愛ソングを口ずさみながら家事をしてしまう自分がいる。

私が心をときめかせている相手は、中国人実業家のシア。出会いは、美緒が開催してくれた食事会だった。

“日奈子ちゃんみたいな子がタイプ”。そう言ってくれたシアを疑うわけではないけれど、彼がなぜ私を?と不思議でならない。

だって、シアは東京にいる男性の中でも、上位数%にいるような人物だから。

一方、私はどうだろう?普通以上の見た目以外に、特に武器はない。

そこそこ綺麗な32歳。それは、婚活市場で誰にでも勝てるスペックとは言えない。見た目がイマイチな27歳と戦えば、おそらく負けるだろう。

あの時シアが私をタイプだと言ったのだって、その場の雰囲気で言っただけかもしれない。浮かれて期待するのは、かなり危険だ。

だからマッチングアプリも、無論同時進行。今日も、右に左に指でスワイプしていく。人を瞬時にジャッジするこの作業も、最初は戸惑っていたがすぐに慣れた。

以前より悩む時間が減ったと思う。その証拠に顔写真でアウトな人は、0.5秒で×にできるようになった。


憂鬱な気分をひっくり返す、嬉しい連絡が…

ーはぁ。

いつからだろう。年々弱くなっていく心がこれ以上傷つかないように、リスク回避をするようになったのは。

ホットシナモンの甘いお茶でも飲もうと立ち上がった瞬間、スマホが鳴った。

『仔空(シア):こんばんは。来週の木曜日空いてるかな?』

ーシアさん...!

心が一瞬で、パッと明るくなるのを自分でも感じる。頭で考えるより先に指が動き、私はすかさず返信をした。

『日奈子:はい。空いてます。来週ならいつでも大丈夫です! 』

だが送ってからすぐに後悔した。シアはきっと、私のことを暇な女だと思ったに違いない。

でも、忙しいフリをしてチャンスを逃す方がもっと嫌だと自分に言い聞かせた。



11月中旬のある木曜日。待ちに待ったデート当日だ。

仕事終わりに髪を巻き直し、メイク直しも丁寧に行い、念入りに準備する。すると彼からLINEが届いた。

『仔空(シア):日奈子ちゃん、ごめん。18時半の待ち合わせだったけど遅れます。恵比寿にいるよね?すぐに運転手を向かわせるから』

ショックだったが、仕事なら仕方ない。でも、運転手さんだけを向かわせるとはどういうことだろう?

恵比寿駅の西口で待っていると、「日奈子さんですか?」と男性に声をかけられた。挨拶もそこそこに、黒いアルファードに乗るように促される。

「社長行きつけのスパを、120分コースで予約しています。お支払いは先に済ませているので、終わりましたら中のソファでお待ち下さい」

「え?あ、はい。わかりました...」

ーシアさんが私のために、スパを予約してくれた?

わけがわからないまま頷いたが、これは普通のことなのだろうか。それともかなり気に入られているのか?

着いた場所は、一人でも何度か来たことのあるスパだった。ここなら使い勝手がわかっている。ほっとしながら案内された個室に入ると、驚くほど広い部屋だった。

「お飲み物はご自由にお飲みください。ビールも冷えているので、ぜひ」

「はい、すみません。ありがとうございます」

スタッフがいなくなってから、私は部屋をぐるりと見渡す。まるでアジアリゾートのスイートルームだ。



施術用のベッドが二つ並び、プールのようなお風呂に、岩盤浴のスペースも広い。

ーすごい...

ここは別料金が発生する部屋だということは私でもわかる。

『日奈子:シアさん、びっくりしました。ありがとうございます♡』

『仔空(シア):いえいえ。待たせちゃってごめんね。また後で』

お礼のLINEを済ませ、岩盤浴を30分間。その後シャワーを浴びて湯船に浸かり、90分間のトリートメント。

海外旅行ができない今、自分を癒す時間を作ることの重要さを再確認した。

シアと付き合えたら、一緒に来ることもあるのだろうか。彼氏とのスパデート...最高すぎる。そんなことを考えていたら、心も身体も気持ちよくほぐれた。

スパが終わって店を出ると、行きと同じ車が待っている。そしてそこにはブラウンのスーツ姿のシアが立っていて、私のためにドアを開けてくれた。

「日奈子ちゃん、ごめんね!急なミーティングが入って2時間も遅刻しちゃって」

ふわりと漂うシアの香水の匂いに、思わずドキッとした。


ついに、シアと二人きりでデート…だと思ったのだが

レストランで待ち合わせかと思っていたから、いきなりの展開に緊張してしまう。

「いえいえ全然です。むしろ、気を遣わせてしまってすみません。アロマトリートメントすごく気持ちよかったです」

「よかった。オイル何にした?」

「ええっと…リラックス効果がある精油のブレンドだったかな。いい香りでした。とても!」

「俺もそれが一番好き。気が合うね」

他愛もないやり取りだが、私はまさに天にも昇る心地だった。

ーあぁ、神様。ありがとうございます。

やっぱり私は客単価3千円のお店でいいやと思われる女性じゃなく、こっち側の女だ。

この後どこへ行くのかは教えてもらってないけれど、きっと素敵なお店だろう。これから始まろうとしている特別な夜を想像するだけで、胸が高鳴る。

そのうちに車は、繁華街の雑居ビルの前に止まった。

1階にはチェーン店の居酒屋がある。一瞬嫌な予感がするが、顔色を変えないように努力してシアの後を追った。すると、そんな私の心を見透かしたかのように、彼が微笑みながら振り返る。

「日奈子ちゃん、ここじゃないから、安心してね」

私は慌てて首を横に振った。

「…えっ、ここでも全然いいですよ。シアさんとならどこでも!」

「あはは」

エレベーターで5階に上がり、看板のない重い扉をシアが開ける。秘密基地のような場所に、私のテンションは上がりっぱなしだった。

薄暗いワンフロアの店内。その中央にはキッチンがあり、それをぐるりと囲むようにカウンターが設置されている。和食のお店なのか、ガラス張りの冷蔵庫の中には珍しい日本酒が並んでいた。

きっとここは、会員制か紹介制のお店だ。

その時、てっきり他の客かと思っていた二人組の男女が、突然こちらを向いた。そして若い女の方が、甲高い声でこう言ったのだ。

「シア〜!遅いじゃん。待ってたよー!何飲むぅ?」



ーえ...

「ごめんごめん。どうしても俺が出なきゃいけないミーティングがあってさ。お鍋これから?」

戸惑う私を気にする素振りもなく、シアは彼らと話し出す。

「それと、この子は日奈子ちゃん」

シアは名前だけ紹介すると、椅子を引いて私を座らせた。状況が把握できないまま流されるように一杯目のお酒を頼み、乾杯する。

「僕は川浦。この店のオーナーなんだ。この子はユカリ、24歳。一応モデルやってるみたい。雑誌で見たことないけど」

「ひどーい。たまに出てるもん!」

「あ...どうも。初めまして」

モデルの女の子もシア狙いなのだろうか、とにかく圧がすごくて、目を見られない。

それにしても、デートじゃないなんて聞いてない。確かにシアは二人きりだとは言っていないし、私も聞かなかった。でも、誘われたらデートだと思うのが普通だ。

「遅くなっちゃったから、あそこのスパ行っててもらってたの。星野さん上手いから。」

「あー、あの人上手いよね。私もまた連れてってよー♡」

あぁ、そうか。シアにとっては、スパで待たせるのも、断りもなく仲間との食事に連れて行くのも、普通のことなのだ。

特別扱いされたと勘違いしてしまうなんて、顔から火が出そうなほど恥ずかしい。

「早くしゃぶしゃぶ食べようよ。良い牛肉入ったんでしょ?」

俯く私をよそに、シアたちは楽しそうに盛り上がっている。

私はここで何を話したら良いのだろう。完全にアウェイだし、そもそも合う話題が見つからない。東京の上位数%にいる人種との違いを、まざまざと見せつけられたような気がした。

でも、私はここで爪跡を残して、シアに気に入られたい。化粧室に立ち、バッグから赤のリップを取り出して引き直した。

大丈夫。私だって、伊達に32年生きてきてない。それなりに大人の女の魅力で、シアの気を引くことくらいできるはずだ。



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シアをデートに誘うことを決意するが…