あなたはパートナーを、異性として意識し続けられる自信はあるだろうか?

男と女の賞味期限3年説。

それが真実なら、夫婦が永遠に“男女”でいることは難しいだろう。

居心地は良いけど、トキメキがない。

夫婦ってこんなもの?男と女に戻りたい?

男女としての関係が終わりかけた夫婦はその時、どんな決断をするのだろうか。



「あの、良かったら連絡ください。あまりにもお綺麗でつい…」

15時の南青山。かつての同僚・春子とお茶を楽しんでいると、一人の男性がテーブルに近づきヒラリと紙を置いた。

顔を上げると、優しく微笑む男性が立っている。ラテンの血が流れていそうな彫りの深い顔。白シャツにストールを巻いた彼は、某男性雑誌の表紙を飾りそうなルックスで、いかにも遊び人という風貌だ。

−やだ、ナンパなんて久しぶり。私も捨てたもんじゃないわ。

笑ってやり過ごすつもりだった真希だが、彼と目が合った瞬間、心臓が大きく音を立てた。彼に強く見つめられるほど、ドキドキと心拍数が上がり、しまいには息苦しさを感じてしまった。

ああこれ、男と女が始まる時の…。

久しぶりの感覚だった。ここのところ使われていなかった自分のスイッチが、ゆっくりとONになる。脳内でドーパミンがドバドバ分泌されるような、あの感覚。

うっかり恋愛ホルモンに支配されそうになったが、どうにか理性を呼び起こしてスイッチをOFFに切り替えた。

「ごめんなさい。私、結婚しているんです」


美貌の妻・真希。何不自由なく生活していたはずの彼女だが…?

美貌の妻の成功と誤算


「真希は、本当にモテるねえ。あんな格好良い人に声かけられるなんて。独身の私に一人や二人譲ってよぉ!」

彼が立ち去った後で、一部始終を目の当たりにしていた春子は嘆いた。なんで私じゃなくて真希なのよと、ぶうぶう文句を言っている。

「私もびっくりした…」

少しばかり荒くなった呼吸を整えようと、店員に頼んで水を持ってきてもらう。こういう時は、洒落た飲み物よりも水に限ると思った。冷たい水を一気にゴクリと飲み干す。

そんな真希の動揺をよそに、彼女は茶化すように続けた。

「真希なら、ドラマみたいな人生を送れそうだよね。裕福な夫と、若き青年との恋に揺れる人妻。ほら、少し前に流行ったドラマみたいな感じの」

「ちょっとやめてよ…」

だが、元来ミーハーで妄想好きの春子のおしゃべりは止まらない。

「私、あのドラマ、やっぱり理解出来ないんだよねえ。裕福な夫と結婚して何が不満なんだろう。セレブ妻の暇つぶしなのかなあ。

ねえねえ、裕福な夫を持つ立場の真希は、もしかして共感しちゃったりするの?」

「するわけないでしょ」

好奇の視線を向ける春子から、そっと逃げる。そんなバカなことと、突き放すように答えつつも、心の内は違っていた。



真希、31歳。品川区在住の専業主婦だ。

6歳年上の夫・翔一は、都内の大学病院で内科医をしている。医局の中でも出世コースに乗っている彼を捕まえられたのは、人生最大の成功だ。

真希は、彼が働く病院でもともと医療事務をしていたから内部事情も分かる。

職場で彼を狙う女たちを蹴散らして翔一を手に入れられたのは、何といってもこの美貌のおかげだろう。

小さな顔に、横幅の広い大きな瞳とつんとした鼻、ぽってりした唇が行儀よく配置されている。頬は少しぷっくりとしていて、ギスギスと痩せた印象を与えない。身長160cmのスリムな体形だが、程よい肉付きをしていて、Eカップの豊満なバスト。

スラリと長い美脚は小さい頃からの自慢で、ヒップも筋トレで鍛えてきたからツンと上を向いている。

よく男は、顔派、バスト派、ヒップ派、脚派の4つに分かれると聞く。真希の場合、どのタイプにも当てはまるから男に苦労したことはない。

夫の翔一は、私立の医大卒の裕福な家庭育ち。いずれは彼の実家の御殿山の一軒家を譲ってもらえるという特典付きだ。

保守的で少々口うるさい義母は厄介だが、「翔一さんが忙しくて…」と、体よく断っているから、たまに顔を合わせる程度で済んでいる。

経済的にも精神的にもゆとりのある、満たされた生活。のはずだった。



店を出た真希は、表参道の街をぶらぶらと歩いていた。ロエベの新作などをチラリと覗く。

「夕食の準備とかあるでしょ。つい楽しくて。引き留めちゃってごめんね」

春子は申し訳なさそうに言ったが、急いで帰る理由は特にない。

翔一の帰りは夜遅くになるだろうし、夕食だって適当にひとりでとる。だからと言ってこれ以上彼女と一緒にいようとも思わなかった。

「じゃあ、また会おうね」

忙しい主婦の振りをして、そそくさと帰路につく。実はまだ、さっき放出されたホルモンが落ち着いてくれていなかったのだ。


通りすがりのナンパ男にドキドキしてしまった。その理由を探り始めると…?

女として見られたい


−どうしちゃったんだろう、私…。

部屋のソファでハーブティーを飲みながら、真希は昼の出来事を思い出していた。実はあの後、春子と話していても上の空だった。

正直、彼自体に惹かれているわけでは全くなかった。派手なルックスも、いかにも遊び人風の振る舞いも好きではない。

「あまりにもお綺麗で…」なんていう、何のひねりもない安っぽいセリフが心に響くはずもない。あんな言葉、百万回と言われてきたのだから。

昔なら、虫でも追い払うようにぞんざいに扱った男だろう。そんな男に、ドキドキしてしまった自分が不思議でならない。

人妻という安定した状態に慣れてしまって、刺激に弱くなったのだろうか。初めて抱く感情の正体を探っていた真希は、ハッと気付いた。

−私、女として扱われることに飢えているんだ。

「かわいいね」「きれいだよ」「愛してる」

恋人や新婚の時には毎日あった愛のささやきも、最近はほとんどなくなった。

欲望むき出しの不躾な視線を向けられることも、巧みな言葉でベッドに誘ってくることもない。考えてみれば、夫からベッドに誘ってきたのはいつが最後だろう。

夫が、女として扱ってくれないことへの虚しさや不満は真希自身感じていた。見てみぬふりをしてきたけれど。

「忙しい」で片付けられてしまっていたが、そろそろ限界だ。

−もう一度夫に、女として見て欲しい。

一度その欲求を認識してしまうと、簡単には抑えられなかった。

シャワーを浴びた真希は、ウッディーな香りのボディクリームを塗りこみ、タンスの奥底にしまっていた、凝ったデザインの下着を取り出した。



「ただいま」

21時。

ソファで本を読んでいると、玄関が開く音がした。

「今日はそんなに遅くならずに済んだよ。それにしても疲れたなあ」

翔一は、コートを脱ぎながら大きく伸びをする。だが彼は、すぐに視線を逸らした。いつもと違う雰囲気を感じ取ったらしい。

「今日は寒かったなあ。お風呂入って良い?疲れてるんだ」

逃げるように洗面台へと急ぐ彼を逃すまいと追う。

“疲れてるんだ”

最後にわざわざ言ったのは、彼が逃げようとしているサイン。そこだけ声のボリュームが大きくなったのを、真希は聞き逃さなかった。

−でもね、今日は逃がさない。

「ねえ、今晩…」

彼の耳元で、吐息交じりの甘ったるい声で話しかける。自分の中に潜む女が、徐々にエンジンをかけ出したその時。

翔一は、面倒そうに振り向いた。

「なに?子どもが欲しくなったの?」


▶他にも:“名門私立小”出身者が抱える闇。小学校受験を巡って繰り広げられる、ママ友同士の攻防戦

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夫の言葉に傷つく真希。周囲の夫婦事情を探ってみることにするが…?