彼のことが、好きで好きでたまらない。…だから私は、どこまでも追いかけるの。

好きすぎるせいで、何度も連絡してしまう。愛しいから、絶対に別れたくない。彼を離したくない。

こんな愛し方は異常だろうか…?だけど恋する女なら、誰だってそうなる可能性がある。

「私の方を振り向いて。ちゃんとあなたの、そばにいるから」

前回・第9話からは、元カレの亮に捨てられた詩乃の物語。



相良亮「俺が、間違ってたんだ…」


―軽い気持ちで手を出したのが悪かったよな。

亮はレクサスの助手席に彼女の小早川美優を乗せ、首都高を走らせながらふと1年前のことを思い出していた。

会社を経営するようになって、美しい女には困らなくなった。だからこそ“素朴な女”もいいなと思い、食事会で出会った詩乃を口説いたのだ。

男慣れしていない彼女は他の女と違い、ちょっと優しくしただけで嬉しそうにする。それが面白くて、指輪を渡してみたりと反応を楽しんでいた。

…それが悪かったのだが。

詩乃はどんどん執着するようになり、最終的にはコントロールできなくなるほど狂ってしまったのだ。

そしてそんな彼女が、だんだん怖くなった。だから今では完全にシャットアウトし、なかったことにしている。

―なんか、イヤなこと思い出しちゃったな。

亮は助手席に座る美優を、チラリと見た。すると彼女もそれに気づいたみたいで、視線を合わせるとニッコリ微笑みかけてくる。

「前、見てないと危ないよ?」

そう言う美優の可愛さに思わず見とれてしまったが、運転中だということを思い出し、慌てて前を向く。

―もう忘れよう。詩乃には悪いけど、俺は今、幸せだから。

しかし“恐怖”が一歩一歩近づいてきていることを、このときの亮はまだ知らなかったのだ。


忍び寄る詩乃の影に、亮は…?

その翌日。

「なあ。秀は今、彼女とかいるの?」

亮は“経営者仲間”の秀と、打ち合わせを兼ねてカフェに来ていた。

ちょうど半年ほど前に起業したばかりだという彼とは、経営者たちが集まるワイン会で知り合った。年齢が近かったこともあってすぐに打ち解け、たまにこうしてお茶がてら情報交換をしている。

「その話題、今はちょっと…」

打ち合わせの合間に雑談でもしようと、恋愛の話題を振った瞬間。秀の表情は、途端に暗くなった。

詳しく聞こうとも思ったが、あまり触れて欲しくなさそうな顔をしているので、聞かないでおくことにする。

少し前、詩乃のことで頭を悩ませていたとき、自分も同じような表情をしていたのだろう。そう思うと、深い同情の気持ちが湧いてくる。

「な、なんか大変そうだな。まあ頑張ろうな、お互い」

すると彼は、暗い表情のまま何度もうなずいた。

「本当、女ってめちゃくちゃ怖いから。“軽い気持ち”が悲劇を生むよな…」

「わかった、わかったから。ごめんな。変な話して」

秀はそれから一気に元気をなくし、口数も少なくなってしまった。少なからず責任を感じた亮は、自宅まで彼を送り届けることにしたのだった。



―さすがに、もう大丈夫だよな…?

帰り道。車を運転しながら、亮はなんだか嫌な予感でいっぱいになっていた。秀の怯えたような表情を見て、詩乃のことが急に気になり始めたのだ。

自然とハンドルを握る手が強くなり、手のひらにじんわりと汗が滲んでいくのがわかる。

詩乃と連絡を取らなくなって、もう1年近く経つ。

でも正確には、彼女の電話番号を着信拒否にし、LINEもブロックして一方的に遮断しているだけだ。

最初の頃は、詩乃が自宅前で待ち伏せしていたのを知っている。

正面玄関を使わずに駐車場の方から外へ出るようにしていたし、極力車を使って移動するようにしていたから、鉢合わせることはなかった。

しかし半日以上、そこから一歩も動かずにいることを知って、さすがに恐ろしくなった。それで管理人に通報したのだ。

以来、マンション前で見かけることはなくなったが、美優と付き合い始めてから、念のため恵比寿の方に引っ越した。

一度だけ詩乃を連れ込んでしまった渋谷の職場にも、押しかけて来ていたことは知っている。

会社のスタッフたちに知られてしまえば、亮自身の信頼は地に落ちる。“女に付き纏われている社長”だなんて、絶対に気持ち悪いだろう。

ちょうどリモートワークも定着してきたタイミングだったので、渋谷の事務所は解約した。今はシェアオフィスの一角を借りている。

―これで詩乃が知っている俺の情報は、全部なくなったはず。

「大丈夫。大丈夫だ」

亮は自分自身に言い聞かせるようにして、ブンブンと頭を振る。次々と湧いてくる最悪のシナリオを追い出し、運転に集中しようとした。

そうしてなんとか自宅に着いたが、なぜだか悪寒がする。…急激に寒くなったせいなのか、それとも何かの気配を感じるからだろうか。

重たい足取りでエントランスのドアををくぐり、オートロックを解除する。自宅へ戻るついでに郵便ポストを確認しようとした亮は、思わず小さな叫び声をあげた。

…そこには、宛先も差出人も書かれていない封筒が入っていたからだ。


封筒の中には何が…?

「なんだ、これ?」

亮は震える手で封筒を手に取った。それに触れた瞬間、首筋にヒンヤリとした何かが当たったかのようにゾクゾクとする。

怖くなって思わず、封筒を床に落としてしまった。

「うわっ…!」

そしてそのとき、背中に視線を感じた。…ような気がしたのだ。慌てて振り返ってみたが、そこには誰もいなかった。

―ただの考えすぎだよな。

秀と会って、詩乃のことを思い出したから、敏感になっているだけなんだ。

それに差出人が誰だかわからない手紙なんて、たまにあることだし、別に不思議なことでもなんでもない。

一刻も早くその場から立ち去りたい亮は、自身にそう言い聞かせると、急いでエレベーターに飛び乗る。そして23階にある自分の部屋へと急いだ。



玄関ドアの鍵をしっかりかけたところで、ようやくホッとすることができた。

―俺は、何にビビってるんだ?

自宅に無事着いた安心感からか、これまでの行動を振り返り「ハハハッ」と声を出して笑った。

しかし、手に持っている真っ白な封筒が目に入った瞬間、サッと体温が下がるのを感じる。亮は、意を決して封筒を開けた。

中に入っていたのは10枚ほどの写真。しかし、それを見て雷に打たれたような衝撃を受けた。

「ど、どうして…」

なぜなら、写真には詩乃と美優が楽しそうに笑い合っている姿が写っていたから。

写真を握る手が、怒りと恐怖でブルブルと震え始める。思わず手が滑って、それらをリビングにバラまいてしまった。

すると散らばった写真の裏に、何かが書き込まれているのを見つけた。亮はその場に膝をついて、写真の裏の文字を読む。

2020年12月22日
『クリスマスパーティー♡「クリスマスイブは亮と過ごすんだ」って楽しみにしてたなあ。美優が用意したボールペンのプレゼント、気に入った?』

確かに去年のクリスマス、美優からは立派なボールペンをもらった。今もスーツのポケットに挿している。

2021年1月5日
『新年会♡今年は初詣には行かずに、おうちでゆっくり過ごしたんだってね。早く私も、亮の新しいおうちに行ってみたいな』

全ての写真の裏に、美優と亮にしか知りえないようなエピソードが書き込まれている。

「おい、いつの間に友達になってたんだよ…」

そして最後の1枚には、亮に宛てたメッセージが書かれていた。

『美優はなんにも知らずに、私と友達になったんだよ。彼女のこと傷つけたくなかったら早く別れて。私とやり直しましょうよ』

詩乃がどこかでこちらを見つめ、笑っているような気がする。恐ろしくなった亮は、その場でうずくまることしかできなかった。


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次回、最終回。美優と友達になった詩乃は…?