修羅場。

それは血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所、またその場面のことを指す。

恋人との別れ話や、夫婦関係のいざこざ。

両者の主張がもつれたとき、それは恐ろしいほどの修羅場にまで発展してしまうのだ…。

これは東京に生きる男女の間で、実際に起きた修羅場の物語である。

▶前回:金切り声をあげる女の前で、堂々と…。我慢の限界に達した妻が、咄嗟に取った行動



Vol.4 初めてのモテ期に浮かれた男


名前:吉野大輝(仮名)
年齢:27歳
職業:大手IT企業


「ねえ、茜ちゃん。今度2人で飲もうよ」

どうしてあの日、そう言って彼女を気軽に誘ってしまったんだろう。

大輝はオフィスの最上階にある喫煙ルームで、タバコをふかしながら考えていた。

こんな騒ぎに巻き込まれるなんて、想定外もいいところだ。すでに会社中に、自分の噂話が広まってしまっているのだから。

「お、吉野じゃん」

すると喫煙ルームの扉が開いて、久々に顔を合わせる同期がひとり入ってきた。

「お前、聞いたぜ。痛い目に遭ったな」

そう言うと同期はひどく楽しそうに笑って、タバコに火をつける。大輝はそんな彼を一瞥すると、眼下に広がる東京の景色を見ながら言った。

「ああ、もう懲りたよ。これからは誠実に生きるわ」

「ホントかよ?」

小馬鹿にしたように同期は笑い、スマホをいじり始める。

―こんなことになるなんて、思わなかった。

大輝は唇を噛みしめながら、最悪の女・茜との出会いを思い返していた。


モテ期を謳歌していた大輝に、降りかかった事件

茜と出会ったのは、昨年の秋口。とある恵比寿のダイニングバーでのこと。

大輝が同僚たちと飲んでいたとき、隣の席に彼女が座っていたのだ。

女友達数人に囲まれて座っていた茜は、その中でも一際目を引く美人だった。

大輝好みの清楚なファッションに身を包み、お酒が回り始めていたのか、ぷっくりとした頬をピンクに染めていた彼女。

「ねえ、みんなで一緒に飲まない?」

気づけば、そう声を掛けてしまっていた。

そして終電が近づき解散しようとなったとき「今度2人きりで飲もうよ」と声をかけたのだ。すると茜は驚いた顔をし、彼氏がいるから…と断ってきた。

こんな風に断られるなんて。すぐにホイホイとついてこられるよりずっと燃える。

大輝は学生時代のほとんどを勉強に費やした反動で、人生初の“モテ期”を謳歌していた。ルックスと大手企業勤めという肩書きで、今の自分に怖いものなんてなかったから。

「なんだよ俺、こんなにモテるんじゃん」と、調子に乗っていたのだ。

「えー、いいじゃん彼氏いたって」

「でも、私の彼氏厳しくって…」

「いいじゃん。1回だけ!ね?」

押し切るように連絡先を手に入れ、すぐにメッセージを送った。あんなに渋っていた割に茜からはすぐに返信がきて、1週間後には飲みに行く約束を取り付けたのだ。



そして迎えた、念願のデート当日。2人は表参道のレストランで食事をし、それから渋谷のホテルに移動した。

時刻は25時。茜はボーッとした表情で、天井を見つめている。

「このこと、彼氏にバレたら怒られちゃうね?」

思い詰めたようなその表情にいじらしさを感じた大輝は、からかうような口調でそう言うと、彼女はため息をついた。

「…うん。私、ちゃんとする。決めた」

そして、ぷるんとした唇で微笑んだ。

―ん?もしかして、勘違いされた?

彼氏持ちと伝えてきた上で誘いに乗ってくれたから、割り切って遊んでくれるものだと思っていた。

しかし、それから3日後。報告LINEが届いたのだ。

『大輝くん!彼氏と、別れられたよ!』

嬉々とした雰囲気が文面から伝わってくる。そして、再び通知音が鳴った。

『ねえ、いつ会えるの?』

―やっぱり、彼氏から俺に乗り換えようとしてる?

これはもう、会わない方がいいかもしれない。でも身体の相性は良かったし…と大輝はグルグル考える。そして結局、後者の感情に負けてしまった。

『明日、会おうか』



翌日の夜。指定した店に行くと、茜は早くも席に着いていた。

その日の彼女は饒舌で、急に心を許したようなその様子に気まずさを感じる。早々に店を出たはいいものの、茜は恵比寿通りを歩きながら、ルンルンと頬を染めていた。

「楽しかったね!次は休日デートしようよ」

そんな無邪気な声に、大輝は足を止めた。

「…ねえ、ひとつ聞いていい?なんで彼氏と別れたの?」

「え、なんでって?…喜んでくれないの?」

―やっぱり、な。

参ったなと思った。一体どこでこの子を本気にさせてしまったのだろうか。そんなに真剣な素振りは見せていないはずだ、と。

「ごめん。俺、全部軽い気持ちでさ…。付き合おうとか、そういうつもりはなくって」

―ああ。なんて言われるんだろう。

彼女が俯いたまま数秒間何も言葉を発さなかったので、大輝は畳みかけるようにもう一度謝った。

「茜ちゃん、ごめん。ほんと全部俺が悪いわ」

その瞬間、彼女は顔を上げた。…なぜだかニッコリと笑みを浮かべて。

「そっか。…いいから大輝くん、早くホテル行こうよ。ねっ?」


茜の吹っ切れた様子に、大輝は安心していたが…?

ホテルの部屋に入りドアを閉めた瞬間、茜は大輝の首に嬉しそうに手を回してきた。その姿を見てホッとする。

―ああ、良かった。割り切ってくれたか。

「ねえ。こんな最低な男で、怒ってる?」

念のためそう聞いてみると、彼女は微笑みながら首を横に振ったのだった。





翌朝。大輝が目を覚ますと、茜の姿はもうなかった。時計を確認すると朝の5時半を指している。

―こんな早くに出ていっちゃうなんて、やっぱり怒ってたのかな。

頭の中ではそうぼんやりと思いながらも、睡魔に襲われて再び目を閉じた。

そして異変に気付いたのは、出社してからだった。…カバンに入っていたはずの重要書類が、ごっそりなくなっていたのだ。

「おい、嘘だろ…」

気持ちを落ち着かせるために、大輝は1人で笑ってみせた。昨日は得意先をまわったあとに直帰している。だから、デスクに置いてあることはありえない。

そう分かっているのに、引き出しを何度も開け閉めしてしまう。何回確認しても、そこには見当たらないのだが。

―やられた。絶対に、茜の仕業だ。

諦めて彼女に電話をかけたが、応答はなかった。その代わりに、LINEのメッセージが届いていた。

たった一言「バイバイ」とだけ。

その直後、上から呼び出しを受けた。

「うちの部署名が入った書類が、電車に落ちてたって。社外の人からさっき連絡があったみたいなんだけど、心当たりないか?」

大輝は全てを諦め、事情を洗いざらい部長に話した。そのあと当然、人事からお達しがきて大輝本人と部長までもが懲戒処分されることになったのだ。

「勘弁してくれよ、ほんとに…」

部長からは、ただただ迷惑そうな表情でそう言われてしまった。

―27歳にもなって俺、何やってんだろ。

社内中で話題にされているこの一連の出来事を思い返しては、まさに穴があったら入りたいという気持ちになっている。


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