「大好きだから、あなたみたいになりたい」

そんな言葉とともに、

なんでも話せる女友達に、姿形も、仕事も、恋人も、全てコピーされ、人生を乗っ取られてしまったら…。

恋も仕事も順風満帆。充実した毎日を送っていた夏絵(33)と同じ会社に、恵理(28)が入社してくる。

それは、女の日常に潜む地獄の始まりだったー

◆これまでのあらすじ◆

懲罰人事を受けて、プロジェクトを外された夏絵。智樹との結婚の日取りも決まらず、イライラは溜まるばかり。そんなある日、急に恵理が夏絵の隣の部屋に引っ越してくる。

挨拶にきた恵理に対し夏絵は、恐怖と驚きのあまり「出てって!私の目の前から消えて!!」と、強い言葉で追い返してしまうのだった。

▶前回:突然鳴ったインターホン。ドアの前に立っていたのは…恋人との時間をブチ壊すまさかの人物



「両親の希望としては、しっかりと結納をして、きちんとした形で披露宴をしてほしいって。とはいえ、この時期でそうもいかないよね。だけど、籍を入れるのと式の時期があまりずれるのは、夏絵さんのご両親も好ましく思わないんじゃないかって…」

恵理が引っ越して来たあの日以来、少しずつ歯車が狂い始めていた。

「智樹、それって、どういう意味?」

「どういう意味って?うちの親がこう言ってるけど、夏絵さんはどう思うって意見を聞きたかったんだ」

「結婚を取りやめにしたいって、はっきり言えばいいのに。私、ご両親によく思われてないんでしょ?それを、私の親に気遣ってるふりをして責任押し付けるなんて、卑怯だよ」

電話の向こうで、智樹のため息が聞こえた気がする。そして、少しの間をおいて、智樹は言った。

「なんでそんな風に取るの?こんなんじゃ、結婚したくないのは夏絵さんの方だって、俺だって勘繰るよ」

智樹は「夏絵さん。この頃おかしい」とポツリと言い、気まずいまま通話が終わった。

電話を切った途端、猛烈な自己嫌悪に襲われ、たまらない気持ちになる。

―私、どうしちゃったんだろう。このままじゃ智樹に愛想つかされる。

夏絵はベッドに潜り込み、枕に顔を埋める。家にいても心が休まらない日々が続いた。

隣室に引っ越して来た恵理は、今やプロジェクトをひっぱり、社内の信用を得るようになった。“まるでかつての夏絵のように”皆に慕われ、信頼されている。

一方の夏絵は、疑心暗鬼と自己嫌悪の泥沼に足を取られ、この現状から抜け出せないどころか深みにはまる一方だった。

―でも、智樹に手を出されなくてよかった…。

一番心配していたことは、回避できた。とは言え、気持ちの良い展開ではない。恵理が住む部屋には、ある男の存在があったのだ。


恵理が連れ込むあの男…?

恵理の部屋を出入りしている男。それは、社長の大島だった。

―これじゃ、結果、怪文書通りって言われてもしかたないよ…。

恵理が大島に対して“特別な接待”をしているのか、純粋に恋愛に発展したのか、夏絵には知るよしもない。ただ、どちらにせよ不倫関係だ。

一度は自分も足を取られかけたからこそ、目撃者としてでも関わりたくない。そう強く感じた夏絵は、隣人として状況を把握していたものの、会社でも家でも何も気づいていないフリをして過ごすことを決め込んでいた。

しかし、事件は予想外の形で起きる。



再び「社長の大島と笹野恵理は男女の関係にある」と怪文書メールが社内に出回ったのだ。しかもそのメールには写真が添付され、大島がマンションに出入りする様子が盗撮されていた。

社内は、当然ざわついた。前回の怪文書はデマだということで片付いたが、今度は証拠写真付きだ。

「夏絵さん。どうしよう」

社内には異様な空気が流れていた。入社初日と同じように、恵理が夏絵に泣きついてくる。

「どうしようもなにも、何をしてしまったのか、自分の胸に聞いてみたら?」

「私、犯人探しします。こんなのでっち上げです!」

「そうするべきだと思うけど、でっち上げではないでしょう」

恵理は、上目遣いで夏絵の顔を覗き込むと、ポツリと言った。

「社長が、うちのマンションに出入りしていることを知ってる人って…」

「…まさか私を疑ってるの!?」

フロアにいる社員みんなの視線が一気に二人に集まる。

「ちがいますよ。夏絵さんが盗撮したって言ってるんじゃないんです。そうじゃなくて…」

恵理は、潤んだ瞳で夏絵のことをじっと見つめる。髪型も、メイクも服装も、ほぼ夏絵と同じだ。まるで鏡を見ているような錯覚に陥り、頭がクラクラする。

思えば、元の顔立ちも似ているのかもしれない。身長も同じで、体型も似ている。服のサイズも一緒。身につけているものを全て揃えれば、もはやコピーだ。

―だから恵理ちゃんは、私をターゲットにしたの?

社員たちの視線が突き刺さっているのがわかる。しかもその視線は、恵理ではなく夏絵に向けられていた。

「ねえ、まさか、大島さんが私の部屋に来てるって言いたいの?」

助けを求めようと、智樹の姿を探すが、今日は終日外出でいない。

夏絵は、まさに今この瞬間、“恵理を陥れようと怪文書メールを広めた”または“大島と不倫関係にある”という2つの容疑を掛けられ、一瞬にして社内で吊るし上げにあっているのだ。

どちらも違う。それ以外の言葉はない。でも今や、社内で信頼を勝ち取っているのは恵理の方なのだ。ここで必死に身の潔白を晴らすことが悪手になる可能性もあるだろう。

夏絵は全身を襲う寒気に震えながら、声を潜めて言った。

「ねえ。恵理ちゃん。どうしてこんなことするの?最初の怪文書も、今日のメールも全部自作自演でしょ?私になんの恨みがあるの?」

すると、恵理は夏絵に一歩近づき、耳元で囁いた。


囁かれる恵理の怖すぎる言葉とは?

「あなたみたいになりたい。言ってるじゃないですか。憧れてるんです。大好きなんです。恨みなんてありませんよ」

そのときだった。急に恵理の体が夏絵から引き離される。

「きゃ!」という恵理の小さな悲鳴と同じタイミングで、ばちん!という音が響いた。

おもむろに現れたデスクスタッフの小林愛香が、恵理の頰を叩いたのだ。

「痛い!何するんですか?!」

「私の彼氏に手を出さないで!」

「彼氏?そんなの知りません。愛香さん、大島さんと不倫してるんですか?」

鬼の形相の愛香が恵理に摑みかかったのをきっかけに、知らないふりをしていた社員たちもさすがに立ち上がり仲裁に入った。

−恵理ちゃんだけじゃなくて、愛香さんも社長と不倫?もう、なにこれ。どうなってるのよ…。

夏絵は頭をかかえる。意識が遠のきそうなほど混乱し疲弊していた。

愛香があまりにも取り乱しているので、みんながそちらに気を取られている。その隙に夏絵は恵理の腕を掴み、そのままドアの方へ促した。

「少し話そう」

夏絵の言葉に恵理は小さく頷くと、思いのほか静かに従った。



ビルの外に恵理を連れ出し向かいあったものの、言葉が出ない。夏絵は懸命に頭を整理しようとするが、一体何を問い詰めれば良いのかわからないのだ。

耳元で囁かれた言葉が、ただただ夏絵の耳の奥でリフレインしている。

―あなたみたいになりたい。憧れてるんです。大好きなんです。

「夏絵さん」

先に口火を切ったのは、恵理の方だった。

「ご迷惑おかけしてごめんなさい」

「ご迷惑って…一体何について言ってるのよ。何から何まで真似してること?私に罪をなすりつけたこと?」

ここは、路上だ。声を荒げてはいけないと、必死に感情をコントロールするが、正気を保つだけで限界だった。

その間、ずっと夏絵のポケットの中でスマホが鳴っている。それどころではないので無視していたが「どうぞ、出てください」と恵理が言い出した。

嫌な予感に震えながらポケットからスマホを取り出しメールを1つ開くと、なじみのクライアントからだった。

【大島社長が複数人の女性社員と不倫関係にあると、弊社、関係各所に怪文書が回ってきたのですが、これはどういうことでしょうか?ご説明お願いいたします】

文面を読んで卒倒しそうになるのをこらえながら、夏絵は必死に声を絞り出した。

「これは…何?どうしてクライアントにまで広まってるの?ねえ、恵理ちゃん。あなた何をしようとしているの?お願い、答えて」

恵理は、小首を傾げ、急にとびきりかわいらしい表情を見せた。

「大島さんのこと、ちょっと懲らしめなきゃって思って」

「…どうして」

「だって、夏絵さんのことを騙してたんでしょう?既婚者だって騙して付き合っていただなんて、ひどくないですか?」

どうして恵理がその話を知っているのか疑問ではあったが、今はもうそれどころではない。

「もう、8年も前の話だよ?とっくに終わったことだし、誰にも話してないんだから、ぶり返さないで」

「ダメですよ。なかったことにするなんて。大島さんはいまだに複数人の女性と不倫を続けているし、罰を受けるべきです。夏絵さんは結婚するんだから、過去は全部精算しないと」

身の毛もよだつ嫌な予感に、ゾッとする。

「ねえ、智樹に、話したの?」

恵理は意味深な笑みを見せると、一人で会社に戻っていった。

夏絵は倒れそうなのをこらえながら、ただ、その場に立ちつくすことしかできなかった。


▶前回:突然鳴ったインターホン。ドアの前に立っていたのは…恋人との時間をブチ壊すまさかの人物

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恵理の暴走は止まらない。その理由に迫る?!