コロナ禍で、先行き不安な社会情勢。それは私たちの結婚観にも確かに影響を与えた。

孤独や不安感から「結婚したい!」という気持ちが増す女たちと、「もっと安定してからじゃないと...」と慎重になりがちな男たち。

明らかにこれまでとは様子が変わった、婚活市場。令和の東京におけるリアルな婚活事情を、ご覧あれ。

◆これまでのあらすじ

ミナトの部屋で一晩過ごした日奈子。しかし、ミナトからはすぐに結婚ができないから、付き合えないと言われてしまった…

▶前回:「あなたを連れて帰りたい」。2人で飲んだ帰りに男からそう言われ、女が取ったまさかの行動



シアに指定された場所は、六本木にあるレストラン。

真冬なのにテラス席だと聞いて一瞬怯んだが、屋外用の電気ストーブのそばは、顔が焼けるんじゃないかと思うくらい暑かった。

テーブルには、キャンドルがバランスよく配置され、数本のドン・ペリニヨンが冷やされている。

シアとその友達が先に飲み始めていたが、上質だと一目でわかるコート姿の二人からは、経営者らしく堂々としたオーラが放たれていた。

「なにこの人たち...かっこいい!」

一緒に来た後輩の絵美里が、ため息をつくように呟いた。

シアの友達もマスクをしているため、目から下は正直どんな顔をしているのかわからない。でもそれでいいのだ。今日は婚活目的でここに来たわけではない。

それに、自分が経営者などの男性とは釣り合わない女だということも、婚活を繰り返すうちに気づき始めている。

気分転換...いや、自分の気持ちを確かめたかったのかもしれない。

ここ数日、ミナトのことばかり考えているけれど、その気持ちは他の男性に目移りしてしまう程度なのか、それとも誰かが入り込む余地もないくらいの存在になっているのかを。

でも、結論はすでに出ていた。

「日奈子ちゃん」

シアがこちらを向き、私の思考が一旦ストップする。

「お友達も来てくれてありがとう。適当に座って。あ、ブランケット使ってね」

「はい、ありがとうございます」

私が二人分のブランケットを受け取り、ちらりと横を見ると、絵美里は分かりやすく目を輝かせていた。


経営者の集まりに、なんと日奈子が好きなあの人が現れて…

「ちょっと先輩...彼、かっこよすぎません?背高いし、ガタイもいいのに童顔って..ヤバっ」

「ねー。かっこいいよね」

シアに相手にされなかった身としては、思わず棒読みになってしまう。

絵美里はもちろん顔は可愛いし、愛嬌もある。ただシアのタイプではないだろう。私は寒がりの絵美里をストーブに近い場所に座らせ、一息ついた。その時...

「山ちゃん!遅いよ。こっちこっち」

誰かが声を上げたのと同時に視線を向けると、よく知る顔がそこにあった。

ー!!ミナト?どうして...

「えっ、うそ!山ノ内さんだ!!」

絵美里が立ち上がり、可愛らしい声でキャッキャと喜ぶ。しかし、私はすぐに状況を把握できずにいた。

深呼吸をして、乱れた鼓動を落ち着かせる。

四六時中、私の頭の中を支配している張本人が、なぜかそこにいる現実を受け入れなければ。

「遅くなってすみません。前の予定が長引いてしまって」

ミナトがさらりと答える。

シアは経営者仲間を呼ぶと言っていたが、そういえばミナトも、以前はイベント会社を経営していた...ならば、二人が知り合いでも何もおかしくない。

しかし、彼は今サラリーマンだ。私と同じ会社にいる。そのことを皆は知らないのではないだろうか。

それに、その事実は男のプライド的には、隠しておきたいかもしれない。

私は、絵美里にそっと耳打ちをした。



「ミナト、いや..山ノ内さんのことだけど。今、私たちの会社で働いてるってことは、ここでは言わないでおこう。その方がいいと思うの」

「え?あ、はい。わかりました」

絵美里は不思議そうな顔をしていたが、素直に了承してくれた。

全ては、ミナトの顔を立てるためだ。グラスに残ったシャンパンを一気に飲み干すと、笑顔を作った。

「あれ?日奈子さん!?」

ミナトが私を見て驚き、その声にシアも反応する。

「なんだ、山ちゃんと日奈子ちゃん、知り合いなの?偶然だねぇ」

仲間同士が知り合いなのが嬉しいのか、シアはかなり楽しそうだ。満足気な笑顔のまま、シャンパン片手に絵美里に話しかける。

「絵美里ちゃんだっけ?日奈子ちゃんとは、どういう知り合いなの」

「日奈子さんは、会社の先輩です」

絵美里は私より年下だということを強調したいのか、"先輩"のところをハッキリ発音する。

「そうなんだ。美人揃いの会社なんだね!羨ましいなぁ。じゃあ山ちゃんとはどこで?」

シアが絵美里に聞いているのが耳に入り、ドキッとする。どこで知り合ったかまでは、打ち合わせしていなかった...

「あ、えっと、山ノ内さんとは、共通の知り合いがいて...その集まりで何度か会っただけです」

ミナトが自分のお酒をオーダーしている間に、絵美里は声のボリュームを抑えて答えた。

「へ〜そうなんだ」

ー絵美里、ナイス!

適当な設定で切り抜くとは、さすが私の後輩である。ホッとして、前菜の鮪のカルパッチョを口に運んだ瞬間、ミナトと目が合った。


良かれと思った行動が仇となって…。後輩女子が仕掛けた信じられない行動

「日奈子ちゃん、山ちゃんのこと狙ってる?さっきからずっと見てるけど」

「え?ち、ちがいますよ」

シアに不意に聞かれ、とっさに否定してしまう。

でも、言われてから気づいた。目が合うのは、私がミナトを見ているからだと。

今否定した言葉を、ミナトは聞いてしまっただろうか。ちらりと彼の方を見ると、もうひとりの男性と何かの話題に夢中になっているように見える。

ホッと胸をなでおろす私に、シアはワインを飲みながら話を続けた。

「あ、そう?あいつが前やってたイベント系のビジネス、今ちょっと厳しくて、一時的に会社勤めしてるんだけど、次の事業に向けてまた動いてるみたいでさ。ここだけの話、かなりの優良株だよ」



ーえ...!サラリーマンしてること、知ってたの...?

「あ〜、そんなようなことも聞いたような。すごいですよねぇ」

そう答えたものの、顔は引きつっていただろう。私は、とんでもなく最低な余計なことをしてしまった。自責の念に苛まれ、変な汗まで出てくる。

「そうそう。それと、日奈子ちゃんが思うより、あいつモテるから。侮らないようにね」

ミナトを見ると、絵美里と楽しそうに話していた。それを見ると胸が鋭いナイフで刺されたようにズキッと痛む。

彼はここには出会い目的で来たのだろうか。それならば、どうして私を部屋に招いたのだろう。

ぐるぐると様々な思いが頭の中で錯綜する。

ーどうしよう...

とにかく、絵美里と口裏を合わせたことだけは、ミナトに知られたくない。

そう思った時だ。絵美里がいないことに気づいた。

ハッとして奥の席に目をやるが、いつの間にかミナトもいなかった。胸の中に不安の渦が広がる。

「そろそろ時間だから、皆お店出る準備してね」

シアが立ち上がって呼びかけたのと同じタイミングで、絵美里が店の奥から現れた。

ーなんだ...お化粧室だったのね。

安堵したのも束の間、絵美里の後ろからミナトが続いて歩いてくる。その表情は、どこか疲れているようで覇気がなかった。

私の隣に戻ってきた絵美里は、聞き取れないくらいの小さい声で言った。

「日奈子先輩、すみません...私、山ノ内さんに言っちゃいました。"山ノ内さんが今は会社員だっていうことは黙っておこう"って言われたこと」

胸がカッと熱くなり、慌てて聞き返した。

「ちょっと、なんで?」

「男性陣は知っていたみたいだし、嘘つきたくなくて...」

絵美里は申し訳なさそうに俯くが、これは正義に見えて、単なる意地悪だ。

私がミナトのためにした行為が、余計なお世話になってしまったことは間違いない。

彼が元経営者で、今はサラリーマンだという事実を知りながら、それを隠すべき恥ずかしいことのように扱ってしまったのだから。

ミナトの表情の理由はきっと、私への落胆だろう。

絵美里は、真剣な顔でさらにこう続けた。

「それから、私、山ノ内さん狙いなので、気を使ってもらえると助かります」

「え...?」

「今日も、このまま送ってもらおうって思ってるので」

絵美里のオリーブアッシュのサラサラとしたストレートの髪が、風になびく。

お酒で火照った彼女の顔は、可愛くて色っぽくて、そのことに私は酷く焦った。


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ミナトの気持ちを取り戻したい日奈子だが…