運命の人とは、いつだって、どこだって出逢う可能性がある。

恋の舞台は、東京だけじゃない。

思いがけず、旅先で恋に落ちてしまうことだって、あるかもしれない……。

9話〜12話の舞台は、ローマ。

◆これまでのあらすじ
元彼、弘也とローマを観光することになった真莉。突然、弘也からプロポーズされて激しく動揺するが、最後に彼女が選ぶのはどっち…?

▶前回:彼氏に秘密で、他の男と旅行した29歳女。彼女が結婚前に、確かめたかったこと



ローマ/DAY2 2019年10月29日 24時


―弘也…今更どういうつもりなんだろ。

ホテルに帰り、シャワーを浴びて寝ようと思ったが、なかなか寝付けなかった。眠れないならと開き直り、SNSを眺めたりしてみるが頭に何も入ってこない。

弘也からのプロポーズ。

それは、かつての真莉が渇望してやまないものだった。これが付き合っている時だったら、どれだけ嬉しかったことだろう。

でも…敬太という婚約者がいる今となっては、困るだけだ。

敬太との交際はとても順調だし、トントン拍子で婚約も決まった。それをぶち壊す勇気は今の自分にはない。

『これからの結婚準備や新生活にかかりそうな費用とか、一式洗いだしてみたんだ。エクセルで表を作ったから真莉が帰国したら見せるね』

敬太からのLINEのポップアップが上がってきた。

―こういう几帳面でしっかりしてるところ、ホント好き。

自分との将来を真剣に考え、そして自ら率先して行動してくれる。彼となら、安定していて穏やかな結婚生活が送れるだろう。

『ありがとう!帰国したらぜひ見せて』

真莉が返信すると、すぐにLINEが返ってきた。

『うん。早く新居も決めて入籍したいね、楽しみだなぁ』


一晩考えて、真莉が出した結論は?

ここまで積み重ねてきた敬太との時間や思い出、信頼関係を壊してまで弘也と結婚したいかと問われると…そこまでの覚悟も勇気もない。

それに、敬太は自分との未来をとても楽しみにしてくれている。彼のことを裏切ることはできない。

弘也との再会はたしかに運命的だけど、ある意味遅すぎるとも言える。

―やっぱり、弘也からのプロポーズは断ろう。

そう決めると、少しだけ楽になった。そして、ようやく眠りについた…。



ローマ/DAY3 18時


「ここ、私が行ってみたいと思ってたとこだ…」

「ホント?なら良かった。真莉が好きそうな店だと思って」

“ワインが美味しいお店で夜ご飯でも一緒にどう?“と弘也誘われてやってきたのは、ナヴォーナ広場近くにあるレストラン『イル・コンヴィーヴィオ』。

昼間は、別々にローマ市内を観光し、彼とは店の前で合流した。

お洒落で美味しい創作イタリアンやワインを味わいながら、“いつ話を切り出そう、いや今は間が悪いから後で…”などと二の足を踏んでいるうちに、時間だけがどんどん過ぎていく。

一緒にいる時間が楽しくて、ついつい話すタイミングを失ってしまった、というのもあるかもしれない。

「せっかくだし2軒目どう?もうちょっと飲もうよ」

結局食事中は何も切り出せず、弘也に誘われるがままに2軒目に行くことになった。

彼に連れられてきたのは、『イル・ピッコロ』というエノテカのワインバーだった。

新酒解禁日ということもあって、店内は多くのお客さんで賑わっている。



―うわぁ、ノヴェッロと焼き栗、めっちゃ合う…美味しい。

イタリアでは、新酒ノヴェッロと焼き栗を一緒に楽しむのが定番らしく、2人もそれに倣う。

焼き栗の甘くまったりした味わいが、フレッシュな酸味のある新酒とよく合う。

―敬太はあんまりお酒飲まないし、こういう感じって久しぶりかも。

ワイングラスを持つ弘也の長い指、グラスに口をつけたとき、男らしく浮き出る喉仏…ついつい目がいってしまう。慌てて目を逸らし、真莉もワイングラスに手を伸ばした。

少しだけ、2人の間に無言の時間が訪れる。切り出すなら今しかないと思い口を開く。

「あのさ、弘也」
「ん…なに」

しかし…彼と目が合った途端、なぜか何も言えなくなってしまった。「ごめんなさい」と口を動かせばよいだけなのに、どうしてもそれができない。

「……や、何でもない」

やっとの思いで口から出てきたのは、情けないくらい小さくか細い声。

敬太に対する罪悪感と、弘也のことも好き、という自分ではどうにもコントロールできない複雑な感情が入り混じり、頭の中はぐちゃぐちゃだった。

そして帰り道。

「真莉」

隣を歩いていた弘也が立ち止まり、名前を呼ばれた。

それは、ほんの一瞬の出来事だった。

グッと引き寄せられたと思ったら、彼の柔らかくて温かい唇が、真莉の唇にそっと触れたのだ。

驚いて顔を上げると、熱を帯びた目で自分を見つめる彼と目が合った…。


元彼か婚約者。真莉が最後に選ぶのはどっち…?

ローマ/DAY4 14時


3泊5日の旅はあっという間だ。最終日は、ホテルで朝食をとり市内を少し散策したら帰る時間になっていた。

弘也とロビーで待ち合わせて、一緒に空港へ向かう。お互いの口数はいつもより少ない。

復路の座席は、さすがに弘也と離れていたが、眠るにも眠れず、映画を観る気にも音楽を聞く気にもなれず、ぼんやりと本を読みながら時間が過ぎるのを待った…。



成田/DAY5 2019年11月1日 12時


帰りはあっという間に成田についてしまった。一通りの手続きを終え、出口付近。

「彼氏が有給とって成田に迎えに来るんだろ?とりあえず、ここでバイバイだな。プロポーズの返事、待ってるから」

弘也はそう言って手を振ると、あっさり真莉の元から去っていった。

出発する時と帰国する時で、こんなにも自分の気持ちが変わっているなんて驚きだった。

—どんな顔して、敬太に会えばいいんだろう。

そんなことを考えながら、重い足取りで出口に向かった。

「真莉、おかえり」

敬太は、満面の笑みで出迎えてくれた。

その笑顔を見ると、胸が張り裂けそうな気持ちになる。

「荷物、重かったでしょ。送るよ」

そして、率先してスーツケースを引き取ってくれた。スカイライナーで日暮里までいき、山手線で真莉の自宅の最寄りである目白に向かう。

とりあえず、目白駅周辺の和食レストランで、遅めの昼ご飯を食べることになったが…。

敬太と一緒にいるのに、弘也のことが頭から離れない。彼の声や仕草、あの夜真莉に触れた柔らかい唇の感触…。

それが後ろめたくて、屈託のない笑顔を自分に向けてくる彼の目を直視することが出来ない。

ただ1つ分かったのは、“こんなに迷った状態のまま結婚するべきではない”ということ。

「1人旅は楽しかった?」
「う、うん…」

歯切れ悪く答える真莉の様子がおかしい、と気づいたのだろう。

「フライト長かったし疲れてるよね。サッと食べて家に帰ろう」

心配そうに顔を覗き込んでくる敬太の顔を見ていたら、涙が溢れてきた。

「え…ちょっと何。どうしたの?」
「…ごめん、本当にごめん…」

周りの席の人達がチラチラとこちらに視線を送る気配を感じたが、涙は止まらなかった。

彼はオロオロ動揺しながらも、ハンカチを差し出してくれる。

「ごめんなさい…」
「どした?」
「敬太と、結婚できない…」
「……え!?どういうこと?」

予想外の言葉に、衝撃を受けた様子の彼。

「婚約破棄するってこと?どうして…僕が直した方が良いところがあるとか?」

「違う…違うの。敬太は何にも悪くない…私の問題なの…」

実は元彼とローマでたまたま再会し、心が揺らいでしまったことを説明する。

嗚咽混じりに話す真莉に、「今は帰ってきたばかりだから、正常な判断じゃないと思う。落ち着いて考え直して欲しい」と説得された。

確かに、自分自身も混乱していたし、一度ゆっくり考える時間も欲しかったからその場は一旦保留になった。



ローマから帰国して2週間が過ぎた。

その間、敬太とも弘也とも連絡をとらないようにした。友達にも相談せずに、自分と向き合った。それでも自分の気持ちに全く変化はなかったし、むしろ揺るぎないものになっていた。

―やっぱり、敬太とは結婚できない。

会社帰りに敬太をカフェに呼び出した。話し合うこと1時間。

「分かったよ…真莉がその人と幸せになりたいって思うなら、僕にはどうすることもできないね」

今までありがとう、と寂しそうに微笑む敬太。優しい彼にそんな表情をさせてしまったことが申し訳なくて、涙がこぼれる。

「真莉が幸せなら、それで良いよ」

―本当にごめんなさい。

何度も何度も心の中で敬太に謝った。彼は最後まで優しく、そして自分のことを大切に考えてくれていたのに、本当に最低なことをしてしまった。

でも…

『真莉に早く会いたい』

敬太と別れたあと、『話したいことがある』と弘也にLINEしたら返ってきたメッセージ。

たった9文字の短文メッセージに、こんなにも心突き動かされるなんて、嬉しいと感じるなんて…ローマで弘也と再会しなければ永遠に気づくことはなかっただろう。

『わたしも!』

目を閉じて、息を大きく吐く。そしてゆっくりとLINEの送信ボタンを押した…。

Fin.



▶前回:彼氏に秘密で、他の男と旅行した29歳女。彼女が結婚前に、どうしても確認したかったこと