コロナ禍で、先行き不安な社会情勢。それは私たちの結婚観にも確かに影響を与えた。

孤独や不安感から「結婚したい!」という気持ちが増す女たちと、「もっと安定してからじゃないと...」と慎重になりがちな男たち。

明らかにこれまでとは様子が変わった、婚活市場。令和の東京におけるリアルな婚活事情を、ご覧あれ。

◆これまでのあらすじ

後輩の絵美里もミナトを狙っていることが判明し、戸惑う日奈子。ミナトとの恋の行方は…?

▶前回:食事の最中、化粧室に姿を消した同僚の女。その隙に彼女が仕掛けていたコトとは…



二日酔いでも風邪でもないのに、会社へ向かう足取りが重い。

週の始まりに相応しくない憂鬱な気分のまま、会社のエレベーターホールでイヤホンを耳から外した。

理由は、ちゃんとわかっている。

一つ目は、可愛がっていた後輩の絵美里が何の前触れもなく、恋敵になってしまったこと。

宣戦布告された直後、私はあろうことか「頑張ってね」と言い残し、逃げるように帰ってきてしまった。

絵美里の26歳という若さからくる自信、ハリのある艶々な肌。それに"どう見ても私の方が、山ノ内さんとお似合いでしょ"という無言の圧力に、耐えられなかったのだ。

二つ目は、ミナトに対して余計な気を使い、結果、傷つけてしまったこと。

会社員であることを皆に隠したいだろう、という決めつけから生まれた私の行動は、失礼極まりなかったし、己の嫌な部分が露呈した結果だと思う。

あの後、本当に絵美里はミナトに送ってもらったのだろうか。だとしたら、帰り道は二人で私の悪口のオンパレードだったに違いない。

ーはぁ...

マイナスな方に考え始めると、ズンと気分が沈み、暗いところから抜け出せなくなる。

動揺せず先輩らしく、何事もなかったかのように振る舞わなくてはと思うのに、自席に向かうのが怖い。

ー私、なにやってるんだろう。

結局、オフィスがある階の化粧室で、始業時間ギリギリまで過ごしてしまった。

誰とも極力顔を合わせないようにして入室したため、絵美里が休みだと気づいたのは、仕事を始めてしばらく経ってからだった。


ミナトからのランチの誘い。そこでついに明かされた“日奈子と付き合えない”理由

ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、ミナトにフォローを入れなければいけないことを思い出す。

―早く謝って、弁解しないと。

しかし同時に、このままでいいかも、という感情も出現する。

ミナトには付き合えないと言われており、それを承知の上で関係を持った。だとしたら、どんなに頑張ってもこの先は、せいぜい都合の良い女どまりだろう。

いっそ嫌われた方が楽なのかもしれない。

いつからだろう。恋愛にエネルギーを費やせなくなり、気づけば傷つかないことだけを優先するようになってしまった。

テレビやネットニュースが知らせる感染者数に一喜一憂し、不規則な業務シフトにストレスが溜まる。

もし結婚していたら、こんな気持ちにならずに、愛する人がいるということだけで毎日楽しかったりするのだろうか。



ー私も早く結婚したい...

今すぐにそれが叶わないのなら、せめて、心を掻き乱す出来事は起こって欲しくない。

埼玉のビール男を最後に、しばらく放置しているマッチングアプリ。スマホの画面上でどこかの誰かに「いいね」されても、今はきっと喜べない。

潔く退会できればどんなに良いだろう。でもそれをしないのは、まだ希望を残しておきたいから。

小さくため息をつき、仕事に集中しようと背筋を伸ばした瞬間、デスクの上のスマホが振動する。

『今日、会社来てます?』

ーミナトだ!!

好きな人の名前が、いきなりスマホの画面に表示され、鼓動が速くなる。

心をかき乱して欲しくないと願ったばかりなのに、こんなにドキドキしてしまうなんて、恋は本当に厄介だ。

私がその場で背伸びし、"ここにいるよ"と、ひょこっと顔を上げると、続けて連絡がきた。

『コンビニ飯飽きた...外食べに行こ』



「それにしても、日奈子さんひどいよなぁ」

ーえっ...!

私たちは、歓迎会をしたレストランと同じ店に来ていた。本日のおすすめランチを注文したところで、ミナトがぽつりと言う。

「本当に、本当にごめんなさい。私、シアさんたちがミナトの仕事のこと知っているなんて知らなくて、すごく失礼なことしちゃった...」

「ん?違うよ。そんなこと、どうでもいいんだけど」

ミナトは、論点はそこじゃないという顔をする。

「でも、絵美里に聞いたでしょ?」

「聞いたけど、本当になんとも思ってないよ。今イベント業では稼げないから、一旦会社員をしてる。それだけのことだから」

「じゃあ...私の何が気にいらなかったの?」

「だって、あの日偶然会えたのに、全然話せなかったし、先に帰っちゃったでしょ。もしかして...日奈子さんて、相当遊んでる?」

「遊んでないよ!そもそも、ミナトが私とは付き合えないって言ったんでしょ」

思わず少し大きい声が出てしまい、店員さんが振り返ったので「すみません」と会釈した。


絵美里のPCで見つけてしまった、とんでもないものとは…?

「あー、そっか。ごめんね。付き合えないって言ったのは、僕が今準備している事業が、実家の山口に帰らないとできない仕事だからなんだよ。結構大きなプロジェクトで、たぶんだけど...もう東京には戻らないと思うんだ」

既婚者でも彼女がいたわけでもなかった。そのことにまずはホッとした。だがすぐにその安心感はどこかへ消え、予想外の告白に頭が真っ白になる。

山口県...東京から近くはない。それに、私は縁もゆかりもない。もちろん知り合いもゼロだ。



「日奈子さんは今すぐにでも結婚したいって言っていたし、田舎には住めないよね」

「そんなことない...」

自分に言い聞かせるように、小さな声で呟いた。

「えっ?何?ごめん。聞こえなかった」

「そんなことないよ。山口、行けるよ。今の仕事だって、いつでも辞められる。私、この会社にいなきゃいけない理由なんてないんだから」

ーじゃあ、付き合おうか。

その言葉を私は期待した。私達が付き合えない理由だった障害はクリアしたし、私も東京をいつでも離れられる。なんの問題もない。

だけど、ミナトは切なそうに微笑むだけだった。

「今のそれ、本当にそう思ってる?」

「うん。思ってるよ...」

「そっか、よかった!でも簡単に決められることじゃないから、じっくり考えて」

いつの間にか、私たちは仕事以外ではお互いに敬語ではなくなっていた。

BARでの出会いから、運命を感じる再会。デートも楽しかったし、身体の相性だって悪くなかったと思う。

私たちの気持ちは同じところへ向かっていて、真剣に付き合うなら、その先には結婚が待っている。

ようやくゴールが見えたことに、深い安堵を覚えた。それに加えて絵美里に対する優越感も合わさると、胸がじわじわと満たされていくのを感じる。

「とりあえず時間だし、戻ろうか」

ミナトの一言で我に返ると、冷めきったコーヒーを最後に一口飲み、レストランを出た。

『日奈子先輩、すみません!営業部に頼まれていた資料、共有ファイルに保存するの忘れて、私のPCのデスクトップにあるんです。渡してもらえますか?』

絵美里からLINEが来たのは、午後の作業が落ち着いた頃だった。

ーもう〜。共有に入れといてって、いつも言ってるのに。

教えてもらったパスワードで、絵美里のPCを開き、資料を共有ファイルに保存してからPCを閉じようとしたその時。Slackのアイコンが目に止まった。

ー絵美里、ごめん!

ダメだとわかっているのに、次の瞬間にはそれをクリックしていた。

なぜだろう、嫌な予感がしたのだ。

私たち営業アシスタントは、Slackをほとんど使わない。それなのにデスクトップのど真ん中に配置させている違和感。

業務以外に、ある人と個別にやり取りしている形跡があった。

見覚えのある、犬のアイコンに釘付けになる。

トイプードルかと尋ねたら、ビション・フリーゼだと教えられたのは、ついこのあいだのこと。

間違いない、絵美里がチャットをしていた相手は…。ミナトだ。

ようやくミナトと結ばれそうなところに、現れた邪魔な存在... 私は絵美里にバレることを覚悟で、二人のチャット内容をごっそり削除した。


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日奈子とミナトは、結婚前提に付き合い始めるのか…?