修羅場。

それは血みどろの激しい戦いや争いの行われる場所、またその場面のことを指す。

恋人との別れ話や、夫婦関係のいざこざ。

両者の主張がもつれたとき、それは恐ろしいほどの修羅場にまで発展してしまうのだ…。

これは東京に生きる男女の間で、実際に起きた修羅場の物語である。

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Vol.5 毒親に苦しんできた女


名前:山野美咲(仮名)
年齢:27歳
職業:モデル


「姉ちゃん久しぶり!元気?」

リビングテーブルに置かれている美咲のPCに、無邪気な笑顔が映っている。

2歳下の弟・聡太が暮らすニューヨークは、現在朝の9時を回ったところだ。1年半近く会えていないが、社会人3年目になった彼は、ニューヨークの証券会社でなんとかやっているという。

「あ、姉ちゃん見たよ。本格的なモデルじゃんこれ。すげーよ」

聡太は自分のスマホ画面をカメラに近づけ、はしゃぐように言った。

そこには、純白のウェディングドレスに身を包んだ美咲の姿が映っている。モデル業をしている美咲の、今までで一番大きい仕事。それが昨日、ようやく世に出たのである。

「ありがとう。でもこの仕事のこと、お母さんたちには言わないでよね」

「え、まずかった?」

「もしかして、もう話しちゃったの…?」

美咲は自分が今どんな仕事をしているのか、どうしても両親に知られたくないのだ。

―だって、知られたらすぐに否定されるもの。

両親はいつも、美咲を否定する。弟のことはいつだって甘やかして何でもしてあげるくせに。

どんなことでも両親に報告する無邪気な聡太を、ずっと羨ましく思ってきた。同じ両親と、こうも違う幸せな関係を築いているのだから。

そのあと15分ほど話してからビデオ通話の終了ボタンを押した瞬間、LINEの通知音が鳴った。…それは、母親からのメッセージだった。


スマホに届いた、母からのメッセージとは…?

『ドレスの写真見たわよ。悪いこと言わないから、もっと頭を使う仕事をしなさい。見た目だけで食べていくなんて、そのうち難しくなるよ』

―ほら、やっぱりこうなる。

美咲は頭に血がのぼる感覚がした。当たり前だが、モデルの仕事だって存分に頭を使うし、スタイルや顔が良いからって誰でもこなせるわけじゃない。

ここまで来るために、血の滲むような努力を絶えずしてきたのに。

でも、昔からこうなのだ。褒められたり肯定されたりしたことなどない。…そういえば、今でも思い出すと怒りがふつふつと湧いてくる出来事がある。

それは、7年前。美咲が大学2年生だった頃。

「アナウンススクールに通いたいの」

アナウンサーを目指したいという夢を、恐る恐る両親に切り出した。同じ夢を持つ友人たちが、こぞってスクールに通い始めたからだ。

しかし母親の第一声に、美咲は失望した。

「あなたにそんなこと、できるわけがないでしょう?あれって倍率すごいのよ」

そこから母親は、いかにその夢が無謀であるかを語り、最後には「本当に行きたいなら自分で稼いで通いなさい」と締めくくった。

しかもその間、父親はいつものように興味も示さずテレビを見ていたのだ。

家庭が経済的に厳しいならば、仕方ないと思えただろう。しかし実際はかなり余裕があった。その証拠に、両親は聡太にかなりのお金をかけていたのだ。

英会話教室やプログラミング教室、それからダイビングスクールにだって通わせ、3か国に短期留学もさせていたから。

「なんで聡太のことは色々応援するのに、私はだめなの?」

美咲が勇気を振り絞ってそう聞くと、母親は呆れたように笑ってから、さも当然という顔で言ったのだ。

「あの子は違うもの。絶対すごい大人になるもの」





母親から、嫌味なLINEが送られてきた数日後。美咲は1年ぶりに実家のドアを開けた。

家にはなるべく近づかないようにしていたが、役所手続きで必要なものを取りに行かなければならず、仕方なく訪れたのだ。

連絡なしの訪問に両親は驚いたようだったが、娘の姿を見ても、特に何かを言うわけではない。そんな反応の薄さを見て、必要なものを取ったらすぐに家を出ようとした。

その時、母親が口を開いたのだ。

「いつまでもボーッとした仕事してないで、少しは聡太のこと見習ったら?」

「…ボーッとした仕事?」

「美咲の仕事って、服着せられて写真撮られてるだけでしょう?聡太はね、世界の中心で経済を動かしてるのよ」

―なんて薄っぺらい発言なの?

そう鼻で笑ってあしらおうとした。だがその瞬間、モデル業界で経験してきた日々の苦労が脳内を駆け巡り、感情が溢れてくる。

「あのさ…。もう、いちいち関わらないでくれる?」

フローリングを睨んでそう言った美咲に、母親は「本当に可愛げのない子」と吐き捨てるように言った。その横で、父親はやはり無関心そうにテレビを見ている。

美咲はもう、気持ちを抑えることが出来なかった。

「前から思ってたけどさ、私に恨みでもあるの?いつも聡太のことばっかりで、私のことは何ひとつ応援してくれなくてさ。聡太は確かに優秀よ。でも、あなたたち親としてどうかと思う」

何も聞こえないかのようにテレビを見続ける両親に、美咲は諦めたような気持ちになり、こう言った。

「…もっとマシな親の元に生まれたかったわ」


その瞬間、母親が取ったまさかの行動

そう言い放った美咲は、こんな場所から早く逃げようと、リビングのドアノブに手をかける。

するとその瞬間、自分の頭めがけて何かが飛んできた。振り返ると、先ほどまでテーブルの上に置かれていた布巾が、床に落ちている。

「あんたがそんな態度だからいけないのよ!ねぇ、親に感謝したことあるの!?」

「…感謝?できるわけないでしょう!?」

感謝を全くしていないと言ったらそれは嘘になる。こうやって自分が大人になるまで、色々な労力をかけてもらったことは間違いないから。

でも温かい言葉もかけられない両親に、どう感謝すればいいのだろう。

そう思うと、震える声で叫んでいた。

「態度が悪いのは、あなたたちのせいよ。いつも聡太ばっかりで、私のことは全部否定してきたじゃない。一体、何が気に入らなかったの?私、なんかした?」

すると少しの沈黙の後、母親は口を開いた。

「…あなたが綺麗だからよ」

「ハッ?」

「綺麗なだけで、中身もないのになんとなく上手く生きてるでしょう?そこが気に入らないの」

ギュッと唇を嚙みしめている母親を、美咲はポカンとした顔で見つめる。

「みんな努力してるの。母さんなんかは特にね。なのにあんたは何もしてないのに上手くいく。…見ていてなんかイライラするのよね」

「え、何を言ってるの?もしかして、実の娘に嫉妬してるってこと?…すごい、気持ち悪いんだけど」

衝撃的な告白に、思わず本音が漏れてしまう。もう美咲の口は止まらなかった。

「話してみてよかった。予想以上にヤバい母親だったわ。父さんもおんなじよ。いつも黙ってて、ほんと情けない人間ね」

そう言い捨てて、実家を飛び出した。

そして駅までの道を歩きながら、スマホを取り出してある人物に電話をかける。



「…あれ、姉ちゃん?どうしたの」

スマホから、聡太の眠たげな声が聞こえる。

「ごめん、起こしちゃった?ねえ、聡太は親に感謝してる?」

「…ん?してるよ」

そう言ったあと「でも」と続けた。美咲に何かがあったのを悟ったようだった。

「姉ちゃんの立場だったら、感謝できないかもな。俺はなんだかよくしてもらってきたから」

「私さ、もうしんどくて。両親と縁切ろうかな」

すると「いいと思うよ」と、彼は真剣な声で言う。

「だって、親だから感謝しなきゃいけないとか、仲良くして当たり前とか。そんなの幻想だよ。別の人間同士だし、相性の良し悪しはあるでしょ」

聡太の言葉は、心に柔らかく触れる。

「姉ちゃんは自分の人生を堂々と生きるべきだね。…なんかあったら、家族は俺がいるし」

そう言って明るく笑った。

―そうだ、弟がいる。

弟を産んでくれたこと。それに関しては、両親に深い感謝を感じた。

「じゃ、寝るよーん。またね姉ちゃん」

幼少期から何度も利用してきた成城学園前の駅が目の前にある。…もうこの街には、来ないのかもしれない。そう思った瞬間、身体が軽くなった。

親など気にしないで生きてきたつもりだったが、ずっと囚われていたことに今、ようやく気付いたのだ。

―もういい。思いっきり、好きに楽しんでやろう。

美咲は笑みを浮かべ、ホームへと続く階段を駆け上がった。


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