Vol.2 35歳の女たち


名前:リカコ(35)
職業:専業主婦


私のInstagramのプロフィール欄には、「美しいものが好き」なんて書いてある。

だけど、やっていることといえば、夜な夜なタブレットでファッション誌を眺めているだけ。2歳の娘を寝かしつけた後、化粧を落として、お気に入りのスパークリングワインを片手に、思いっきりダラダラする。

あっという間に2、3時間が過ぎる。この時間が究極に幸せだ。夫だって仕事さえ終わっていれば、その時間はテレビの前から動かないから、似た者夫婦だ。

私だって20代の頃は向上心があった。例えば、終業後にやみくもに英会話に通った時期もある。

そう、「自分磨き」だ。

英語がうまく話せたら「いい女っぽい」と始めたけれど、英単語を覚えたって、モテるわけではない。

英会話だけじゃない。

日本文化の嗜みがあるとモテるかもなんて考えて、歌舞伎を観に行ったがうたた寝をして帰ってきたこともあった。意外性がある女は魅力的に映るかも、と思って、中山競馬場でもみくちゃにされながら、有馬記念を見た年末もあったっけ。

2つ年上の商社マンである夫と30代で結婚し子どもが生まれて、その手の努力をやめると、人生はぐっと楽しくなった。

仕事に対してそんなに情熱が持てず、独身生活や自分磨きに飽き飽きしていた私は、何の迷いもなく仕事を辞めて専業主婦になった。「誰かの妻」「誰かの母」になって、私はようやく「何者かにならなくては」という漠然とした焦りを手放すことができたのだ。

もちろん家事や育児は忙しい。

だけど、やるべきことが細々と膨大にある分、「この先自分はどう生きるべきなのか」的なことは考えなくて済む。私は結局、ファッションと食べることくらいにしか興味が持てない浅い女なのだ。

さて、先日ネットのニュースで知ったのだが、日本で幸福感を抱いている人の割合が一番高いのは、35〜44歳の女性らしい。

35歳になったばかりの私だが、とてもよくわかる。

若いときが一番楽しいだなんて、大嘘だ。


アラフォー女性たちが、幸せを感じている理由とは?



「似合ってる!」

私がMIKIMOTOのピアスを耳に当てると、友人のハナは歓声を上げた。18金が曲線を描いた先に小ぶりな真珠がついているピアスは、かわいらしさの中にも上品さが漂う。

日曜日、ハナと待ち合わせて銀座にやってきた。

大学時代の同級生であるハナとは20代のころは、お食事会だ、習い事だとしょっちゅう顔を合わせていたが、私の出産を機にあまり会わなくなっていた。

しかし、娘が2歳になり、夫にたまには任せられるようになると、こうしてお茶やお買い物をするようになった。

こういうときの女友達って、友人の買い物を絶対に否定しない。

それどころか、「おしゃれ!」「かわいい!」と褒めまくって勢いづけて、その気にさせてくれる。まるでボディービルの大会だ。

このピアスは、6万500円。すごく高いわけでもないが、ワンシーズンで飽きていいような値段でもない。30代の女が散財したくなったときにちょうどいい金額だ。

夫の顔がチラリと浮かんだが、このくらいならばそう渋い顔はされないだろう。「よーし」と決心してカードを出す。

私がお会計を済ませると、ハナがデパートに行きたいと言い出した。私の買い物に触発され、ジュエリーや靴など、色々見たくなったらしい。

三越に移動して、店内を回遊する。

ホワイトデー前だからか、アクセサリー売り場はカップルの姿が目についた。ハナが熱心にショーケースをのぞき込んでいるので、言ってみた。

「彼氏に買ってもらえばいいじゃない」

なんとハナの彼氏は、今をときめくITベンチャーのCEO。長く付き合っているが、近いうちに結婚する予定だ。幸福を感じている人の割合が多い35〜44歳の女の中でも、ハナは間違いなく最も幸せな部類の女だろう。

彼女自身も大手IT企業で新卒から働いている。彼氏はもともと同期で、3年前に独立したんだとか。就活に失敗してパッとしないOL生活を送った末、平凡な専業主婦に収まった私からすると、まぶしすぎるカップルだ。



「…もちろん彼氏にリクエストはしてるんだけど」

さすがちゃっかりしてる。

「何を買ってもらうの?」

バングルを見ていたハナは顔を上げると、いたずらっぽく笑いながらスマホを取り出し、老舗ジュエリーブランドのInstagramを開く。

大きなダイヤがのったリングの商品画像。その値段を見て私は飛び上がった。

― 高級車が買える!

興味本位で聞いてみた。

「ねえ、こういう値段のものって、どうやっておねだりするわけ?」

「おねだりの仕方…」

ハナは小首をかしげた。

彼女にとってはそんなこと覚えていないほど、こういう金額のものを買ってもらうのは自然なことなのかもしれない…。

「ごめんごめん。そんなことは置いておいて、それ、エンゲージリングでしょ。本当におめでとう!」

ハナは照れ隠しなのか、うつむいて「ふふふ」と笑った。結婚前だからか、少し痩せてますます綺麗になった彼女は、女の私でもドキッとするほど色っぽかった。

― やっぱり女の幸せって、男の経済力によるのかしら…。

だらだらと店内を歩いているうちに、靴売り場にたどり着いた。

「あ、これ試してみようかな」

ハナは不意にしゃがみ込んでパンプスを手に取った。春らしいピンクベージュで、セルジオ ロッシのものだ。隣に置かれたプレートをチラリと確認すると、10万4,500円とあった。

「男にプレゼントされるのもいいけど、女友達とちまちまお金を使うのも楽しいわねぇ♡」

そう言いながら、ハナは店員に試し履きをお願いしている。


幸せ絶頂のハナの状況一変!?幸せの基準って一体なに?

―2ヶ月後―

初めに違和感を覚えたのは、たしかゴールデンウィークに入る少し前だった。

ハナから最近全然連絡がないことに気が付いたのだ。

LINEをたどってみると、4月の初めに私から春ドラマの感想を送っているものの、既読はついているが返信はない。律儀なハナにしては珍しいな、と思ったのだ。

もっとも、若い頃のように日常の小さな出来事を逐一報告し合っているわけではない。昔は、それこそ意中の相手からメッセージが来るだけで、お互いに即相談していたものだが。

だから、返信がないことについても、結婚の準備でドラマどころじゃなかったかもなぁとちょっと反省した。

とりあえず、「連休どうする?独身最後だから、帰省かな?」と送ったが、またも返信はなし。なんとなく気にはなったが、そのままゴールデンウィークに突入した。

体力を持て余している娘と公園に通っているうちに連休は終わり、ふと気が付くと、5月も半ば。

胸騒ぎがした。

― 何かあったのかしら…。

ハナにLINEしてみた。「元気?」とだけ打ち、適当にゆるキャラのスタンプを押す。なかなか既読がつかずにヤキモキしたが、いつものようにリビングでダラダラしていた深夜、スマホが光った。

「遅くにごめん。ちょっと話せる?」

そんなメッセージがハナから返ってきた。テレビを見ていた夫に「電話してくる」と声をかけてキッチンに行く。私はすぐに通話ボタンを押した。

「ごめん、リカコ。結婚…だめになった」

開口一番、ハナが言った。

私は一瞬、このご時世で披露宴を中止したのかと思い、「あ、そうなの」と間抜けな相槌を打った。

聡明なハナは私の勘違いにすぐに気づいた。そして、丁寧に再度言わせてしまったのだ。

「違うの、リカコ。披露宴がなくなったんじゃない。私、彼と別れたの」



ハナの彼氏は、会社が軌道にのるにつれ、お金の使い方が派手になっていったらしい。経営者仲間とホテルのジム会員になり、高級車のカタログを取り寄せた。

ついでに、長年付き合ったハナにプロポーズしておいて、モデル上がりの女性に入れあげていた。女性の存在を、隠そうともしなかった彼に愛想をつかし、最終的に別れを切り出したのは、ハナの方からだった。

私と銀座で会った頃は、まさに修羅場の時期だったそうだ。

「まあ、いかにもというか…ありそうな話だよね」

ハナが笑いながら言う。

「エンゲージリング、覚えてる?」

もちろん覚えている。車くらいの値段がする、ゴージャスなリング。

「あれね、本当に私と結婚する気があるなら正直このくらいしてくれてもいいんじゃない?って…、彼に要求してたの。最低だよね…」

「そんな男、別れて正解だよ」

ようやく、それだけ言った。月並みな言葉だけど、ほかに何と言っていいのかわからなかったのだ。

いくらひどい男であったとしても、成功しているITベンチャーのCEOときっぱり別れられる35歳の女が、日本に何人いるだろうか。

「リカコ、言ったよね?日本の女は35〜44歳が一番幸せなんだって」

そういえば、銀座でそんな話もした。

「うん」とうなずいたが、ハナが何を言い出すのか不安になった。婚約者と別れたばかりの女が「幸せ」の何を語るのだろう?

「それはさ、等身大の自分を愛せるようになったからだと思わない?婚約者に裏切られたけど、こんなダメダメな自分も悪くないって思ってる。それに、今が幸せだと思わないと、これから先の人生やりきれないし」

彼女の言葉にハッとした。

確かに、20代のころは、”自分の人生に足りないもの”ばかりに目がいっていた。もっと自分はいい男と釣り合う気がしたし、もっと自分は仕事で認められるべきだと思っていた。

― あの頃、幸せを感じられなかったのは、等身大の自分を受け入れられなかったからなのかも…。

だからさ、とハナは付け足した。

「私、今幸せだよ。変な男とは別れられた。仕事は好き。友達もいる。この選択は間違ってない。そう思うことにする。だから、きっとこれから、もっと私幸せになる予感がする」

キッチンでスマホを握りながら、私は目の前の水切りカゴを眺めた。洗い終わった娘の小さなマグカップや夫のグラスがふせられている。

これが私の人生。妻であり母であるこの人生を、私は愛してる。

「うん。私たち、幸せだよね」

私は、大きくうなずきながら言った。


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