―長谷川七瀬(30歳/独身/彼氏ナシ)

「来年には絶対結婚する!」

そう宣言した女が企てたのは、ニューノーマル時代の新しい婚活のカタチ。

必要なものは「過去の男たちの記憶」、以上。

◆これまでのあらすじ

友達からの誘いで、棚卸しリスト3番目の男・康平に再会したが、彼はバツイチになっていたうえ、20キロ以上太って変わり果てた姿に。

しかし現実を見て婚活をすると決心した七瀬は、康平とドライブデートをすることになり…。

▶前回:「す、すごく雰囲気変わったね?」かつて最も愛した元彼に再会したら、変わり果てた姿で…。



「康平お待たせ、コーヒーもよかったら…」

ワクワクしながら助手席に乗り込むや否や、七瀬は思わず固まってしまった。

ツーンと鼻につくタバコの匂い。

もう秋だというのに、履き古されたサンダルに季節外れのTシャツを身につけている康平。

一方の七瀬は、今日おろしたばかりの新作のワンピース。これでは全くつり合いがとれない。

― だ、だ、だめよ…!批判的な目で人を見ちゃ。私は30歳、現実を見るの…。

男友達・卓也からの忠告通り、今回ばかりは高飛車にならないように気をつけようと、七瀬は自分に言い聞かせた。

いざ車を走らせると、心地よい秋の風が吹いてくる。久しぶりのドライブは気持ちいい。

前回の集まりで会ったとはいえ、2人で話すのは数年ぶり。互いの近況で話は尽きず、相性の良さを再認識する。

― そういえば、康平って30歳を過ぎたらお父様の会社を継ぐって言ってたはず…。

七瀬はふと、数年前に康平から聞いたことを思い出した。

婚活にあたって、相手のキャリアプランや家族のことなど、早めに把握しておくに越したことはない。

会話が弾んで、七瀬はすっかり気を取り直していた。

このまま順調にいけば、次のデートくらいで正式に付き合うことになるかもしれない。

そして康平が会社を継いで社長になった暁には…。

― 待てよ…?社長夫人ともなれば会食への同席も多そうね。上質なワンピースを買い足さなくちゃ。

得意の妄想に拍車がかかる。卓也からの忠告など、このときにはすっかり忘れてしまっていた。

「康平は最近、仕事のほうはどう?お父様の会社、そろそろ継ぐの?」

るんるん気分で聞くと、康平はぼそりと「ああ」と言いながら、サングラスを外す。

「…それが最近、不景気だろ?父親の会社、倒産したんだ。だから俺、今フリーターだよ」

― ……え!?


康平の口から出てきた衝撃の発言。追い打ちをかけるように、まさかのアクシデントが起こって…

七瀬は反応に戸惑いながらも、場の空気が悪くならないように相槌をうつ。

「そっか…。大変だったのね。じゃあ今後のことはこれからって感じ?」
「うーん、でも誰かの下で働くのも嫌だから、しばらくはこのままでいいかなあ、と」

― 30歳過ぎて、しばらくはフリーター…?

康平は、ヘラヘラと笑いながら答える。

― 仕事がなくなってしまったことはしょうがないわ、この状況だもの。

だけど誰かの下で働くのが嫌だから、フリーターなんて…。

七瀬は自分の気持ちが冷めていくのを感じ、窓の外を見ながら取り繕うように愛想笑いをする。



その時だった。

バンっという鈍い音が車の後方でしたあと、後ろの車からクラクションが鳴らされた。

「え…?待って康平、今の何?」

七瀬が慌てて問いかけると、康平は頭をかきながらこちらを見る。

「坂道の信号待ちで、微妙に後ろに下がった。ちょっとぶつけたっぽいな?」
「…どうしよう。とりあえず、どこかに車を寄せて状況確認しなきゃね…」

大した事故じゃないといいけど…、と思いながら七瀬が康平を促す。

「でも、俺ら急いでるしなぁ」

康平はそう言いながら、そのままアクセルを踏もうとする。

「え……?それは絶対ダメよ。降りて話さなきゃ」

七瀬が説得すると、ようやく康平はブレーキを踏んだ。



クラクションを鳴らした運転手に幸い怪我はなく、相手の車に傷もなかったようで事なきを得た。

「…怪我もなかったみたいで良かったね、康平」

お詫びをしながら車に乗り込み、七瀬がホッとしたように康平を見る。

「俺の新車に傷がついてなくて良かったよ」

頭をかきながら、面倒臭そうにボソリと呟く康平。

― 何この人…?この状況で自分の車の心配?

冷静になった途端、七瀬の中でフツフツと怒りが込み上げてくる。

「それ、本気で言ってるの?ごめん、私帰るね。そんな人と一緒にいられない」

― 男として以前に、人としてありえない。

適当な場所に車を止めてもらうと、家まで送るという康平を無視し、七瀬はひとり下車して歩き始めた。

― 少しでも浮かれてた自分が、バカみたい…。

年内に彼氏を作って、来年には結婚したい。そんな思いが先走って、男を見る目が鈍っているのかもしれない。

少なくとも数年前付き合っていた頃の康平は、常識的な人間だった。

変わってしまったのは、外見だけではなかったようだ。

― 一度付き合って別れた人をあたるのは、もうやめよう…。

その時、七瀬のスマホがブルッと振動した。


最悪の結末となったドライブデート。それを見越したように連絡してきたのは、誰?

『卓也:今日、康平とドライブだっけ?』

― 卓也って本当、いつもすごいタイミング。

『七瀬:最悪のドライブから抜けだしてきたところ…。今一人で歩いてる』

そう返信すると、すぐに返信がきた。

『卓也:大丈夫?夜予定なければ、会わない?』





「過去の男の棚卸しを始めてから、失敗続きよ…」

数時間後、七瀬はお気に入りのバーで、卓也に愚痴をこぼしていた。

「元彼と別れて以来、光司さんと寛人にひどい振られ方をしたでしょ。心機一転、高飛車にならずに頑張ろうって思ったのにこのありさま…」

卓也はいつものように、笑いながら頷いている。

― 悶々としてたけど、口に出したら少し気持ちが軽くなったわ…。

グラスを傾けながら七瀬が笑い返すと、卓也が突然、見たことのない表情に変わった。

「七瀬」
「…何よ、どうしたの?」
「棚卸しって言ってるけどさ、忘れてる人…いない?」

ーえ……?まさかそれって、俺も視野に入れてとか、そういうこと…?


卓也の胸の内


ー俺、結構勇気出したんだけど…。

卓也は、何かを考えている様子の七瀬の横顔を見つめる。

七瀬は昔から、気が強くて見栄っ張りだ。あまり人に弱みを見せないからか、たまに敵を作ることもある。

でも、卓也は知っている。

そんな彼女も本当は心優しくて、脆い部分があることを。

卓也が仕事で失敗して悩んでいた時、元カノに振られて落ち込んでいた時、そばにいていつも前向きな言葉をかけてくれた。

それが友情なのだと信じて疑わなかった。だけどー。

なぜだろう、今、恋愛がうまくいかず目の前で落ち込んでいる七瀬を、見ていられない。

― 俺ならそんな顔させないのに…。

七瀬を悩ませる男に対し、敵対心に似た感情が湧いてくるのに気づいてしまったのだった。



一方の七瀬は…


卓也に「聞いてる?」と言われ、七瀬ははっと我に返る。

ー いけない。卓也が私のこと…なんてそんなわけないじゃない。

「忘れてる人…いたっけ?でもあとの人たちは結婚したりしてたはず…」

七瀬がそう返事をすると、卓也は首を横にふった。

「俺にしとけば?」
「…え?」

心なしか、いつもより卓也の距離が近い気がする。

― え、私ちょっと今、ドキっとしたかも…。

七瀬は深呼吸してこれまでの失敗を振り返ると、卓也から少し距離をとるようにおどけてみせた。

「…やだ、へんな冗談やめてよ」

卓也は一瞬、少し寂しそうな表情になったあと、いつもの笑顔に変わった。

「…そろそろ、出よっか?」

気まずい空気をかき消すように放たれた卓也のセリフ。頷きながら七瀬がスマホを取り出すと、1件のメッセージが届いている。

『上田蓮:七瀬ちゃん、久々だね!今度また会おうよ!』

「上田連…」
「え、上田蓮ってまさか、あいつ…?」

こちらを覗き込むように、卓也が問いかける。

七瀬はスマホの画面を隠しながら、小さくうなずいた。


▶前回:「す、すごく雰囲気変わったね?」かつて最も愛した元彼に再会したら、変わり果てた姿で…。

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リスト4の男、上田蓮。七瀬が動揺した理由とは…?