エリートと結婚して優秀な遺伝子を残したい。

そう願う婚活女子は多い。そのなかでも、日本が誇る最高学府にこだわる女がいた。

― 結婚相手は、最高でも東大。最低でも東大。

彼女の名は、竜崎桜子(26)。これは『ミス・東大生ハンター』と呼ばれる女の物語である。

◆これまでのあらすじ

東大男と結婚することを夢見る桜子。お食事会で“イカ東”の男に出会い、動物園デートを楽しんだが、彼から次の誘いはなかった。そんな時マッチングアプリで『いいね!』をくれた、東大卒男とデートに出かけることにしたが…。

▶前回:“イカ東”との初デートで強烈パンチ。楽勝だと思っていた婚活女が振り回され…



理想の男性とのデートは、果たして?


金曜、19時20分。

KITTE丸の内にある『アルカナ東京』の個室で、桜子は先日アプリでマッチングした東大卒外資系コンサル勤務の男“シゲ”を待っていた。

シゲは、打ち合わせが長引き10分遅刻すると言っていたが、既にそこから10分経過している。

しかし、彼は、事前のLINEのやりとりで「おいしい野菜が食べたい」という桜子のために、旬菜にこだわったこのフレンチレストランを予約してくれたのだ。多少の遅刻には目をつぶろうと、桜子は心に決める。

― ええ、そうよ。モテる東大卒との結婚、私はまだ諦めちゃいないわ。

“イカ東”の加藤と動物園に行った日。

次の期待を一切におわせないLINEにショックを受け、勢いでシゲと会うことにした。慶一郎からあれほど「モテる男を狙うな」と言われたのに、また同じ轍を踏もうとしている。だが、「今回こそはうまくいく」と桜子は信じているのだ。

「桜子さん!すみません、お待たせしてしまって」

ほどなくして、個室の扉が開いた。

塩顔の整った顔立ちに、180cmはある高身長の男性。ストライプの上品な紺のスーツにネクタイを合わせている。ヴィトンのロゴが控えめに入ったタイピンが、きらりと輝いた。

― ちょっと待って、写真通り…っていうか、むしろ写真よりもステキなんですけど。

ボーッと見惚れていると、怪訝な表情のシゲに「桜子さん?」と声を掛けられ、桜子はハッとする。

「い、いえ…!全然待ってないです。シゲさんですよね。今日はよろしくお願いします!」

「それじゃ、まずは飲み物を頼みましょうか」

ふっと頬を緩ませたシゲ。その表情を見て桜子もまた、ときめきに胸が高鳴る。今日のディナーはきっと特別な時間になる――そんな予感がした。


幕を開けたシゲとのディナータイム。今度こそうまくいく…?

シャンパンで乾杯し、桜子とシゲは簡単な自己紹介を交わす。

最初はお互い探り合いでぎこちなかった会話も、根菜や旬のきのこがふんだんに使われた料理を楽しむにつれ、弾んでいった。

シゲは、相当お酒が強いらしく、グラスシャンパンで乾杯したあと、白ワインに続いて赤ワインのボトルを頼んでいる。顔色こそあまり変わらないものの、コースディナーの後半でさつまいものガレットが来るころには、序盤よりかなり饒舌になっていた。



「じゃあ、シゲさんもテニサーに入ってたんですか?」

学生時代の話になると、意外な共通点が発覚した。シゲも、東大のインカレテニスサークルに入っていたのだ。

「うん。俺は1、2年のときだけ、“駒場系”のサークルに入ってたよ。3年生以降は勉強に集中したかったから、“本郷系”には入らなかったけど」

東大では1、2年生の間は駒場キャンパスで学び、3年生になると拠点が本郷キャンパスに移る。それもあって、テニスサークルは一部を除いて1、2年生が主に所属する“駒場系”サークルと、3、4年生が主に所属する“本郷系”サークルに二分されるのだ。

シゲが所属していたサークルは、美人が多いことで有名なインカレサークルだ。入会時のセレクション試験も非常に厳しく、美男美女でなければ容赦なく落とされると聞いたことがある。

「どうしてあのサークルにしたんですか?」

興味本位で質問すると、シゲは視線を落としてガレットを丁寧に切りながら、こともなげに答えた。

「ああ、女子大の先輩たちが抜群にかわいかったからね。学生生活の後半では勉強と就活に力を入れるって決めてたから、せめて駒場での2年間は、綺麗な女の子と遊んで、羽を伸ばしたくて。インカレだったらサクッと出会えるしね。だからあそこを選んだんだ」

「えっ…」

淡々としたその回答に、桜子は言葉を失ってしまった。

― 『サクッと出会える』かぁ…。言いたいことはわかるけど、なんだか嫌な言い方。

微妙な表情で口をつぐんでしまった桜子に気がついたのか、シゲが顔を上げる。「ごめん。なんかまずかった?」と首をかしげる。

「でも、女の子だって一緒でしょ?“東大生の彼氏が欲しいから”とか、“東大の男を捕まえて結婚したいから”インカレに入るんでしょ?それと何が違うの?」

「…そう、そうですね」

なんとか言葉を絞り出して笑顔をつくると、シゲは「やっぱり。インカレの女の子は、そうだよね」と笑う。

― 『やっぱり』って、なによ。『インカレの女の子は』って、なによ。勝手に決めつけないで。

インカレ女子全体を雑に一般化するようなシゲの発言に、妙にイライラしてしまう。

シゲの言っていることは、少なくとも自分においては正しい。なのになぜ、こんなに腹が立つのか――自分でもよくわからない。

その後も食事は続いたが、桜子はずっと、モヤモヤした気分をぬぐえなかった。




― ああ、なんでこんなにイライラするんだろう。

金曜夜の少し混み合う山手線で、桜子はまだ不愉快な気持ちを引きずっていた。



帰り際、シゲに「家で飲み直さないか」と誘われたが、丁重にお断りした。桜子が断ったことに対してシゲが心底驚いたことも、桜子の気持ちを逆なでしたのだ。

ため息をついてスマホを取り出すと、慶一郎からLINEが来ていた。

『慶一郎:突然だけど、こういうセミナー、興味ない?』

送付されてきたURLをクリックして、電車の中なのに思わず「え」という声が漏れた。

― このセミナーに、私が…?だ、大丈夫かな…。


慶一郎からあるイベントを勧められた桜子。その内容とは…?

慶一郎に勧められ、向かった先は…


その週末、日曜日。

品川にある高層ビル。22階で止まったエレベーターから、桜子はおそるおそる足を踏み出した。目的地である会社の受付まで来て、桜子はきょろきょろと周りを見渡す。



― こ、ここで合ってるのよね…?

不安になっていると、受付奥の扉が開いた。出てきた男性から「こんにちは」と声をかけられた。

「今日の『SDGsと企業CSRを考える意見交換会』に参加される方ですか?」

ひょろりと背の高い、チェックシャツに眼鏡といういで立ちの青年。見た目は加藤とよく似ているが、雰囲気はもう少し柔らかく、親しみやすいオーラを放っている。

「そ…そうです。ただ…あの、意見交換というか、ほとんど聞きに来ただけなんですけど」

「全然、ウェルカムですよ!」

にこやかな青年の様子に少しほっとし、受付を済ませると、セミナー室に通された。等間隔に並べられた椅子の1つを選んで腰掛け、セミナーが始まるのを待つ。

― 慶一郎には『誰でも参加して大丈夫なやつだから』って勧められたけど、私のレベルで本当に理解できるのかな…。

シゲとの食事の帰り道、慶一郎からLINEで勧められたこのセミナー。東大のある研究室と、気鋭のベンチャー企業の共同プロジェクトの一環で行われているものであり、定期的に開催しているらしい。今日は慶一郎が参加するつもりで以前から予約していたそうなのだが、急な休日出勤が決まってしまい、桜子にお鉢が回ってきたというわけだ。

「前半は東大の研究員や外部登壇者の話を聞いて、後半は立食パーティーっていう構成。参加対象も20代の学生から30代前半の若手社会人をターゲットにしてるから、堅苦しいテーマのわりにはカジュアルな集まりだよ。よかったら行ってみれば?」

そんな説明に背中を押された。

何より、慶一郎の友人で2組、このセミナーが出会いで交際に発展したカップルがいると言うのだ。

― 今日のセミナーが、何かの出会いにつながるかも…?

そわそわと周りを見回すと、たしかに20代から30代程度の若い男女が多い。皆、席に着いてすぐに手帳やPCを取り出し、セミナーへの準備は万端という構えだ。



― そうよね。まずはセミナーに集中しなきゃ。

熱心なその様子に、桜子も刺激される。ペンとノートを取り出すためにごそごそとバッグの中を探っていると、開始時間になったのか、司会者がマイクを手に話し始めた。

「皆さま、大変長らくお待たせいたしました。このセミナーは、東京大学の研究室と株式会社Atsuageの共同プロジェクトで…」

司会者の話によると、現地参加者のほかに、Zoomでも生配信しているのだそうだ。そちらではリアルタイムで全国から数百人が視聴しているのだと聞いて、桜子は驚いた。

― 結構、人気のセミナーなのね…。

そんなことを考えていると、司会者が熱のこもった声を張り上げた。

「それでは、記念すべき第10回目となる本日のゲストスピーカーをご紹介いたします。株式会社Atsuage代表取締役社長、澤田アキナ氏です!」

拍手で迎えられて登場した女の姿を見て、桜子はあっと声を上げた。

― あの人って…宏太の…。

元カレの宏太が、桜子と別れた後に付き合った、東大卒の女性。宏太が立ち上げた株式会社Konjacにも社員として入社し、彼を支え続けてきたという女。宏太のInstagramに登場するたびに、桜子が勝手に胸をざわつかせていた相手だ。

「ご紹介にあずかりました、澤田です。本日はどうぞよろしくお願いいたします」

お腹のあたりで手を重ね、丁寧にお辞儀をした瞬間。

左手の薬指に、キラリと大きなダイヤが輝くのが見えた。


▶前回:“イカ東”との初デートで強烈パンチ。楽勝だと思っていた婚活女が振り回され…

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元カレ・宏太が選んだ女、アキナに遭遇した桜子。セミナーの行く末は…?