「くだらない」の語源にも? 江戸っ子が愛した“関西品質”

東京の魅力を再発見するTOKYO MX(地上波9ch)の情報生番組「週末ハッピーライフ!お江戸に恋して」(毎週土曜11:00〜)。11月10日(土)放送の「朝比奈彩の進め!江戸小町」のコーナーでは、中央区霊岸島(れいがんじま)界隈の歴史スポットを巡りました。

◆霊岸島の地名の由来となった“霊巌寺”

霊岸島は、江戸時代に埋め立てられてできた人工の島で、現在は新川という地名になっています。中央区の隅田川沿いにある四方を川や水路で囲まれた島のような場所です。

まず訪れたのは、1624(寛永元)年創建の霊巌寺。境内には、老中・松平定信のお墓や数々の大名家のお墓があります。1657(明暦3)年、江戸の町の60%が焼失したとされる明暦の大火では、霊岸島界隈でもおよそ1万人が亡くなったと言われています。この大火事による復興計画で大きな寺などは郊外に移転することとなり、当時は新川にあった霊巌寺も、現在地の清澄白河に移されました。その際、寺の名前“れいがん”が地名として残されたことが、霊岸島の由来とされています。


◆船による全国的な流通網を確立した河村瑞賢

続いては、霊岸島のおよそ半分を占めていたと言われている河村瑞賢(かわむらずいけん)屋敷跡へ。
瑞賢は、明暦の大火で焼け野原になった江戸の町を復興するには材木が必要と考え、材木を買い集めて財を成しました。幕府は、年貢米の運搬を安全かつスムーズにおこなおうと考えていました。そこで白羽の矢を立てたのが、土木工事なども手がけていた瑞賢でした。

当時、東北から年貢米を運搬する船は難破してしまうことが多く、江戸に着くまで1年もかかってしまうことがあったそうです。瑞賢は徹底した調査をおこない、東北から江戸へ向かう際の難所が現在の千葉県房総沖であることを突き止めました。そこで難所を避けて伊豆まで行き、江戸まで戻る東廻り航路を確立。これにより、安全な年貢米の運搬が可能になりました。その後、瑞賢は日本海側を回る西廻り航路も確立させ、全国的な流通網を誕生させました。


◆酒問屋が軒を連ねていた霊岸島

最後に訪れたのは、1625(寛永2)年創建の新川大神宮です。江戸時代、霊岸島にあった堀の「新川」沿いには多くの酒問屋が軒を連ね、お酒を乗せた船が行き交うなどお酒が集まる地として賑わっていました。新川大神宮は、この界隈で商いをする人々にとっての守り神として親しまれ、今なお、お酒にかかわる業者から篤く信仰されています。

江戸時代初期、江戸の町の大半は“低湿地帯”だったため良質な水が得られず、美味しいお酒を作ることができませんでした。そのため上方(関西)から美味しいお酒を取り寄せ、江戸に下ってきたお酒を“下り酒”と呼んで、江戸っ子たちの間で評判となっていました。
このように当時は、上方で作られた“下り物”が上質であるのに対し、江戸など関東で作られたものは「下らない物」と呼んでいたそうです。そして、これが、“くだらない”という言葉の語源になったと伝えられています。


次回の「週末ハッピーライフ!お江戸に恋して」は、11月17日(土)にお届けします。お楽しみに。

<番組概要>
番組名:週末ハッピーライフ!お江戸に恋して
放送日時:毎週土曜 11:00〜11:55
レギュラー:朝比奈彩、松尾雄治、堀口茉純、田中雅美
番組Webサイト:http://s.mxtv.jp/variety/edokoi/
番組Twitter:@edokoi9ch


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