11日に亡くなった野村克也さんの教え子でもある阪神・矢野燿大監督(51)は1997年オフに中日からトレードで阪神へ移籍し、99年から就任した野村監督の指導のもとで捕手として才能を開花させた。「うまい者だけがレギュラーになれる、結果を残せるわけじゃない。頭で考えてやっていけばそういう選手たちに追いつけると教えていただいた。そのおかげで自分が思っているよりいい野球人生を送れたし、今の自分が監督という立場にいるのも野村さんの教えがあってこそ」と感謝する。

 現役時代に褒められることはほとんどなかったそうだが「唯一、長崎で試合があった時に『お前よく頑張っているな』と打撃練習中に声をかけてもらい、古田敦也さんを引き合いに『古田も(若いころは)あまりいい投手陣に恵まれていなかったけど、だからこそ成長できたんだぞ』と言ってくださったことを覚えている」と懐かしむ。

「野村さんに教えていただいたことを選手たちに伝えたい。野球で恩返しできれば」。15年ぶりのリーグ制覇が最高の恩返しだ。

 一方、2003年から3年間監督を務めた社会人野球・シダックス時代の教え子で日本ハムの武田勝投手コーチ(41)は、1月25日にシダックス野球部のOB会で野村さんから「選手を育てる上で一番大切なのは愛だ。愛なくして人は育たない」とエールを送られたばかり。「お会いしてすぐのことだったので、まだ気持ちの整理はついてない状態です…」とショックを隠せなかった。

 野村さんには「お前はプロでは通用しない」とも言われたが、プロ初勝利は入団1年目だった06年3月26日の楽天戦。相手の指揮官は同年からプロ野球に復帰した野村さんで「本当に恩返しできたと思いますし、プラスになって11年できたと思います」と振り返った。引退後、指導者に転身すると「指導者になったら『気づかせ屋になりなさい』と言われました。一から十まで教えるのではなく、一教えて九気づかせるというのを社会人時代に教わったので、それを継続しますとお伝えしました」と最後に会った日に野村イズムの継承を約束したという。