19日の新日本プロレス後楽園大会で引退するタイガー服部レフェリー(74)が、東京・江東区の東京スポーツ新聞社に引退のあいさつに訪れた。

 米国・フロリダでレスリングの指導をしていた1977年から、実に約43年間にわたりマットを叩いてきた。服部レフェリーは「やり切った感があってさ。一番感謝してるのは長州(力)。ベストフレンドであり、恩師だよね。長州とマサ(斎藤)さん(故人)が、このユニークな業界で生きさせてくれた」と晴れやかな表情でキャリアを振り返った。

 渉外としても活躍し、多くの名外国人レスラーと親密な関係を築いた。「昔は飲みに行ったレスラー同士でケンカしてさ。六本木の警察にしょっちゅう行ってたよ」。強い個性がぶつかり合うプロレス界では、もめ事は日常茶飯事だった。99年1月4日東京ドーム大会では、橋本真也VS小川直也の伝説の大暴走ファイトを裁いた。「どうしようもないじゃん。7〜8人、リングサイドでもめてるし。『どうすんですか』って(アントニオ)猪木さんに聞いたら『勝手にやれ』って。もうなるようになるだろうと。そういうこともあるよ」

 あらゆる修羅場を見た服部レフェリーが最もケンカが強かったと証言するのが、フロリダ時代にマネジャーを務めた故ケンドー・ナガサキ(桜田一男)さんだ。「ビックリしたのは桜田さん。バーで暴れたの、4〜5回あったよ。強かったな〜あの人は。ナンバーワンだよ。あと外人ではエディ・ゲレロ(故人)も強かった」と語った。

 引退後も今年いっぱいは新日プロとエージェント契約を結んでおり、海外事業に協力するという。服部レフェリーの最後の雄姿に注目だ。