【赤城真理子の聖地巡礼】「まさに天国から地獄。日本に帰ってくるまでのことは記憶が飛んでいて、思い出そうとしても何にも覚えていないんだ」(梅田調教師)

 オーストラリアのコーフィールドCを制し、梅田厩舎初のGI馬となったアドマイヤラクティ。しかし、次走のメルボルンCのレース中に急性心不全を発症。命の火が消えてしまいました。

「バッタリ止まったラクティを見て、絶対に何かあったとすぐに思った。でも“どうか何もないでくれ”って祈りながらラクティのもとへと向かったんだ」

 しかし、駆けつけたときにはもう馬房の前に幕が下ろされ、中からは張り裂けるような古味助手の叫びが聞こえ…。「このままじゃ死んでしまうと思った」というほど、古味助手の憔悴ぶりは見ていられないものだったそう。ラクティのお墓参りには「まだ一度しか行けていない」と口にした古味助手。その心の傷はいまもなお、血がにじんでいるような状態なのかもしれません。

 昨年の11月、再び梅田厩舎に悲劇が襲ってしまいました。ファンタジストの死。それ(京阪杯)は私もリアルタイムで見ていて、翌週から仕事に行くのがつらいと思うほど、この世界に入ってから一番のショックを受けた事故だったんです。

 彼が倒れた4コーナーまで駆けつけた前原助手と永田助手。梅田調教師も調教師席からすぐに電話をかけたそうですが、ケータイの向こう側から聞こえてきたのは「胸を鈍器で潰されたような玲奈ちゃん(前原助手)の嗚咽だけ。それですべてがわかった」と。ファンタジストのことを「人間みたい。大事な相棒」と語っていた担当のとぎ屋助手はゲート裏に行っていたため、少し遅れての対面に。言葉で言い表せるものではない、“相棒”との最後の時間でした。

 ファンタジストの事故に、インターネット上では関係者の皆さんを批判するような言葉も多々見られたと聞きました。写真でも文字でもいいから、ファンタジストに会いたい。その一心で検索した厩舎の方々がそれを目にしてしまった…と。

 私は偉そうなことを言える立場じゃないってわかっています。でも、これだけは言わせてください。厩舎の皆さんにとって、彼は本当に、本当に大切な存在でした。レースで勝った日も、負けた日も、見ているだけでなぜか涙が出てしまうくらい、温かな愛情を注がれていたんです。

 そして彼自身もとぎ屋助手や玲奈さん(前原助手)が大好きだということを、いつも馬房の中から全身で表現していました。2人の前では競走馬のよろいを脱げるのか、まるで赤ちゃんみたいだったんですよ。

「ファンタね、もう息をしていないのに右目だけパッチリ開けたままで、どうやっても閉じないの。ほら、右の目だけ白目が出ていて、ひょうきんだったでしょ? 私たち、そこがかわいいねっていつも褒めてたから…。そっち側の表情を忘れてほしくないのかなあって。だから最後に“ファンタ、大丈夫だよ。そんなことしなくても、絶対に一生忘れない。また会おうね”って言いながら、ゆっくり目を閉じさせたんだ」と前原助手。言葉を涙でつまらせながらも、彼の最後の瞬間を教えてくれました。

 年が明け、春が近づき、普段はニコニコと元気に仕事をされているとぎ屋助手。でもある時、馬房の前に飾ってあるファンタジストの手綱を握りしめながら、泣いている姿を見てしまいました。

「とぎ(とぎ屋助手のあだ名)の心は馬たちが癒やしてくれるよ。それにウチの厩舎にはとぎの気持ちが自分のことみたいにわかるスタッフがたくさんいるから」と梅田調教師。その目にはアドマイヤラクティをはじめ、ショウナンマイティ、アスクジュビリーなど、現在は天国にいる厩舎の愛馬たちの姿が映っているのでしょう。

 競走馬の生と死。競馬歴の浅い私にはまだ重すぎるテーマですが、今回は担当記者として近くで見た“リアル”を伝えたかったんです。牧場巡りがメインのコラムからは少し離れてしまった? だけど競走馬の故郷である北海道に行き、ラクティのお墓を見て、トレセンの日常の裏にいつもある、忘れてはならないものに触れた気がして…。書かずにはいられませんでした。

 聖地巡礼――。このコラムタイトルは私にとって深い意味を持つものになりそうです。