【多事蹴論(2)】「サッカーの神様」と呼ばれた元ブラジル代表MFジーコ氏(67=現J1鹿島テクニカルアドバイザー)は、現役時代に世界的なスーパースター選手として大活躍し、その名を知らしめた。

 ブラジル代表の10番を背負ってソクラテス、トニーニョ・セレーゾ、パウロ・ロベルト・ファルカンとともに形成した中盤は「黄金のカルテット」としてサッカー界を席巻。イタリア1部ウディネーゼ時代にはフランス代表エースのFWミシェル・プラティニと激しい得点王争いを繰り広げた。1989年に引退するも91年に現役復帰。Jリーグ入りを目指す住友金属(現鹿島)入りし、世界を驚かせた。

 そんなジーコ氏は主にブラジル1部フラメンゴで活躍した。推定3500万人ものサポーターがいるという同国最大の人気クラブだが、ジーコ氏は引退した今でもファン全員にサインを書くことが目標なのだという。だからこそ、どんな場面でも求められれば、ほぼ断らない。あるとき、サンドラ夫人とともにショッピングセンターに買い物へ出掛けたときに“事件”は起きた。

 熱心なフラメンゴファンからサインを求められると、周囲にいた買い物客もジーコ氏の元へ殺到し、あっという間に黒山の人だかり。パニック寸前となると「みんなに書くから、邪魔にならないようにきちんと並んで」と、ジーコ氏は一人ひとりに“神対応”。そのまま1時間が経過したが、取り残されたサンドラ夫人はあきれ果てて1人で帰宅したという。結局、約2時間半もサインに費やしたところで夫人の不在に気付き、家に帰って平謝りしたそうだ。

 ジーコ氏は2002年の日韓W杯後、日本代表監督に就任。中田英寿や中村俊輔、小野伸二、稲本潤一とスター選手をチームの中心に置き、人気を集めたが、その中でも指揮官の存在感は別格。当時世界的スーパースター、イングランド代表デービッド・ベッカムがジーコ氏にサインをもらいに来たほどだ。

 日本代表の海外遠征でも、選手を差し置いて地元ファンからサインを求められることも珍しくなかったが、04年の英マンチェスター遠征でのこと。現地に在住する日本人の子供たちが大挙して練習を見学に訪れ、引き揚げる際、監督を務めるジーコ氏にサインを求めていた。ひと通り書き終えて待ち受ける報道陣の前で足を止めると、記者のノートとペンを取り上げて「1009」と数字を書いた。

 意味不明な数字に考え込んでいる記者たちを見て、ジーコ氏は不敵な笑みを浮かべながら「日本人は何でセンキューと言うんだ?」とひと言。子供たちが発した言葉が気になっていたそうで「ありがとう」ではなかったことが疑問だったそうだ。ちなみに「1009」はジーコ氏ならではのブラジリアンジョークだったわけだが“サッカーの神様”のおやじギャグにメディアも戸惑うばかりだった。