【メジャー回顧録(6)】現在ヤンキースGM特別アドバイザーとして米国で若手指導に励む松井秀喜氏(46)。現役引退後も多くのファンに愛され、今なお監督待望論が巻き起こるのも自身の持つ人柄ゆえだろう。その中でも彼の一番の魅力は何か。取材経験から真っ先に脳裏に浮かぶのは「どんな局面でも相手に敬意を示し、喜怒哀楽の感情を表に出さないこと」である。

 普段から温厚な松井氏。日々熱戦を繰り広げるグラウンド内でもその姿勢は不変だった。2003年、ヤンキース本拠地デビュー戦で満塁弾を放った時も淡々とダイヤモンドを一周。大観衆のカーテンコールに応えたものの、派手なパフォーマンスは一切なかった。

 相手投手の厳しい内角攻めに遭っても、打席内からにらんだり挑発したことは皆無。不振が続き「ゴロキング」と米メディアから揶揄された時期でも報道陣に怒りをぶつけたことはない。むしろ「打てない自分が悪い」と割り切り、何事もなかったように翌日の試合に臨む。内心で怒りが込み上げても、決して人前で悪態はつかない。個性的な人物が集うヤンキースという名門チームで長年一人の敵もつくらなかったのも当然だろう。

 そんな松井氏もメジャー時代、一度だけ試合で感情を爆発させたことがある。03年10月に行われたリーグ優勝決定シリーズ第7戦(対レッドソックス)8回裏一死二、三塁。ポサダの中前打で二塁走者だった松井氏が同点のホームを踏むと、そのままジャンプ、直後に両手でガッツポーズを見せた場面だ。

 この試合は「勝った方がワールドシリーズ進出」という究極の一戦。8回表終了時点でヤンキースが2点劣勢だったこともあり、松井氏もホームイン後、興奮を抑えきれなかった。

「あの松井がガッツポーズなんて…。星稜高時代から知ってるけど、一度も見たことがない。相当な気持ちなんだろうな」

 球場の隣席でベテラン記者がポツリと漏らしたこの言葉を今も忘れない。松井氏もこの日の試合後、「(ガッツポーズは)思わず出てしまいました」と反省した様子で語っていた。人前で感情をむき出しにしない紳士が見せた稀有な姿。目前でその光景を見られたのは幸運だったのかもしれない。

 後日、松井氏に「感情」について聞いたことがある。「日常生活でイラ立ったり怒ったりすることはないのか」と。

 本人は「そりゃ、ありますよ」と笑みを浮かべながらも真顔で続けた。

「でも、怒ったりしたところで、それは相手の気持ちの問題。自分がコントロールできるわけではない。そうやって割り切った方が何事もいい方向に進む。僕はそう考えるようにしています」

 ブレない信念は容易にまねできることではない一方、彼の思考や振る舞いには学ぶべきことが多い。だからこそ何年後でもいい。松井氏がチームを指揮する雄姿を見てみたい。