都高野連顧問・高本晴夫の“夏の記憶”

【越智正典「ネット裏」】第99回全国大会が始まったが、清宮フィーバーの西東京大会決勝戦、東海大菅生対早実の朝はやく、東京都高野連顧問、前理事、高本晴夫は神宮球場の回廊を歩きながら早実がこの神宮球場での試合に勝ち上がってくるまで、ずうーっと挙行球場であった八王子市民球場の運営責任者前主任池添生法生(八王子高)と現主任石田高志(明大中野八王子高)に、しみじみと敬意を表していた。

「全員泊り込み。夜中にゴキブリが出てくるので大変だったなあー。その後の体調は大丈夫だろうか」。案じてもいた。

 一周後、高本がひょいと見ると東海大菅生の監督若林弘泰がゴミひろいをしていた。「菅生が勝つ」。彼は思った。改めて今度は菅生の事務長、八木澤哲に敬献の思いだった。「八木澤先生が頑張ったあー。菅生はいい高校になったあー。全校生徒(1446人。うち女子546人)の80%が部活をやっている。友情が育まれている…」

 私はそのとき、高本がかつてテレビ中継の解説をした日の朝を思い出していた。入院中の都高野連理事長(当時)山本政夫(攻玉社高)を見舞いに訪れてから神宮球場の放送席に。往還、高校野球の歴史が去来したであろう。自ずと見事な解説であった。

 数周ののち彼は1957年春、エースが王貞治で全国優勝したときの早実の監督宮井勝成(元中央大監督)を正面入口で出迎えた。「宮井先生は92歳におなりになるのにそれはお元気でうれしいです」

 高本晴夫。佐倉堀田藩に始まる順天堂大学、日大二高監督、部長。府中球場担務が長く、球場前で当番校の生徒と一緒に登録選手名簿、大会プログラムを“ファンの方の目をよく見ておすすめするんですよ”と、売ってきた。彼の姿勢は教育で貫かれている。

 都高野連の現偉いさんは“顧問はじっと見守っていてください”と“敬遠”気味に言っているが高本は人と会っている。国際武道大2年生、2年前の菅生のエース勝俣翔貴が千葉県勝浦からやってくると喜び「横山さん(幸子、都高野連事務局長)にご挨拶しなさいよというと“ハイ”。横山さんからお弁当を頂きました。夏休みのいい一日になったはずです」。東海大菅生6対2早実で、西東京大会が終わった翌朝、高本は大会を振り返って言うのであった。

「事務局長の横山幸子さんあっての東京都高野連です。横山さんは誰に対しても分け隔てなく、難題を持ち込まれても笑顔で尽くしています。それだけではありません。横山さんが決して公私混同しないで、いつもきちんとされているのは凄いです。さわやかです。おかげさまでわたしにもいい“夏”になりました」=敬称略=(スポーツジャーナリスト)

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